森の奥深くに聳える巨木のうろには、娘が埋まっている。その娘が世界を辛うじて守っているのだ。
世界は緑に覆われていた。一晩目を離せば畑が緑に奪われるほどに。
だから、森のほとりに住む若者は成人の儀礼として、うろに眠る娘の目覚めを促すのだ。彼女が覚醒が、世界の調和を取り戻す鍵だという。
娘は彫刻のように巨木と一体化していた。髪も目も、木肌と同じ質感で色は分からない。果たして本当に人間なのかさえも疑わしい。
彫刻のような娘に口付けをし、彼女が目覚めれば世界はかつての姿を取り戻すという。
そんなものは伝説だ。
腹の底で馬鹿にしながら娘に口付けたのに、今、その娘の鮮やかな緑に睨まれている。
「何故、私を起こしたの」
※299字
※Twitter300字SS参加作品、第65回お題「鍵」
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