夜間飛行

 地面があっという間に遠ざかる。耳元で風がうなり、前髪が吹き飛ばされそうだ。
「もっとゆっくりの方がいいよ、ニア! 速すぎる!」
 ニアレアの腰にしがみついている黒猫が、悲鳴のような声を上げる。
「無理言わないで、ヘッダ! 初めて飛んだのに、そんな器用なことできないよ!」
 応えるニアレアも大声だ。ただ、ヘッダのような悲鳴ではなくて、むしろこの状況を楽しんでいる節のある声だった。
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あぶくは願う

 山が赤く色付く季節で、海は冷たかった。けれど、水の冷たさなど取るに足らない。
 豪奢で幾重もある衣は、海に落ちた瞬間から彼女の体にまとわりつき、水を吸ってますます重くなった。陸であっても動きづらい花嫁衣装は、もはや枷でしかない。その上、手足は縛られ、重石も付けられている。こんな有様でいくらもがいても、大量の泡が彼女を残して海面へ向かっていくばかりだった。
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アリューセリドの道守/後編

 女神の姿をようやく再び見ることはできたが、その時カイの胸をよぎった嫌な予感はこびりついてなかなか消えることはなかった。それを打ち消そうとするように、カイは今まで以上に念入りに神殿や道の掃除をした。そうすれば、もう一度アリューセリドが現れて、今度は涙を流していない顔を見せてくれるのではないかとも期待した。
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アリューセリドの道守/前編

 さわさわと、風が草原を渡っていく。
 夕刻が近づき少し赤くなった陽光に照らされる草原は、黄金色に見えた。
 季節は夏から秋へ移ろい、その秋も、もう間もなく終わる。この国の秋は短い。あと何日もすれば、今年最初の雪が空から舞い落ちてくるだろう。
 カイが『彼女』を見たのは、そんな秋の終わりだった。
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