01.窓辺

その部屋に、窓は一つしかない。ただ、それは大きいので、こぢんまりとした部屋でも十分に開放感がある――はずだ。
 窓際の壁に背中を預け、ぼんやりと窓の外に視線を向けている彼の視界の半分ほどは、ベランダだった。そのせいで、窓から見える外の景色はかなり限定的だった。
 ただ、開放感がないのは、彼の気持ちの問題だろう。朝、目が覚めてから、朝食はレトルトでごく簡単に済ませ、それからずっとこうしている。立ち上がって、ベランダに出ることさえ億劫だったのだ。ガラス一枚で隔てられた外の空気を吸おう、そういう気持ちさえ沸いてこなかった。
 人工太陽から注ぐ光は刻々と変化し、部屋に延びるベランダの影は気が付けば移動している。白かった光はすっかり赤みを帯びていた。外からはかすかに、夕方のにぎやかさが聞こえてくる。
 立ち上がる気力さえ沸かない彼を置いて、時間は流れ、世間は日常を過ごしている。
 早くその流れの中に戻らなければならない。それはわかっている。わかっているけれど、彼がここで得たささやかな日常には二度と戻れないのだ。ただいま、と玄関をくぐる人はもうどこにもいない。
 それでも――大切なものが欠けてしまった日常に、戻らなければならない。
 和樹はようやく、重い腰を上げた。 

〈了〉

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