22.冬将軍

 カーテンは閉め切ってあるけど、外はまだ明るいから室内はほんのり薄暗いだけだ。
 外は――本当の『外』である地上は、今はもうすっかり寒いらしい。空は灰色でも、昼間は塵越しにわずかに日光が届くので、夜よりも寒さはましなんだとか。灰色の空が厚い布を被せたように真っ黒になると、体の芯まで凍えてしまう。
「あの夜は、冬将軍は本当にいたんだなってつくづく思ったよ」
 懐かしそうに、けれどちょっとうんざりとした和樹君の顔を間近で見ながら、わたしは相づちを打つ。
「凍えるほどの寒さなんて、想像できないや」
 地下都市の中は温度湿度とも調整されていて、地上の気温変化の影響をほとんど受けない。おかげで、地上には今でも残っているらしい四季を感じることはないけれど、こうして裸でくっつき合っていても、凍えることはない。夢中で動いていれば、むしろじっとりと汗をかく。
「〈青滝〉はここよりも空調機能が弱かったから、冬になると寒かったけどね」
「へえ、そうなんだ。寒い冬、ちょっと体験してみたいな」
「……地上なんて、行かない方がいいよ」
 室内よりもずっとほの暗い声で言われ、どきりとする。地上へ行くのは特別な許可が必要だと知っているし、ほんの軽い気持ちで言っただけだ。仕事で地上にたびたび赴く和樹君にとっては、そんなお気楽な言葉でも、聞き流せなかったのだろうか。
「あの、本気じゃないよ? 言って――」
 最後まで言わせてはもらえなかった。怒ったのかと思ったけれど、唇を塞がれ、何度もねぶられる。よかったと安堵して、彼の動きに応えようとしたら、いきなり解放された。拍子抜けである。
「地上には行かない方がいい。あそこにいるのは、冬将軍だけじゃない」
 ささやく声が耳に甘い。そのせいで、すぐには何も言えず、また唇を重ねられた。
 冬将軍以外に、ではいったい何があるのか。地上で彼は何を見ているのか。
 聞きたいことは、今でも山ほどある。知りたいことは、まだほとんど知らないままだ。〈広咲〉に来る前のことや、〈青滝〉という地下都市のことを尋ねても、いつもはぐらかされる。地上の話題にも触れたがらない。
 和樹君はどうして〈青滝〉を出て〈広咲〉に来たの。学校へ行かず、もう働いているのは何故? どうして、一人で暮らしているの。
 いつかわたしに教えてくれるだろうか。
 体を重ねるだけでは、熱い肌の下に隠された心に手は届かない。それでも、全身で感じる彼の熱にいつまでも包み込まれていたくて、離れてほしくなくて、その背中にしっかりと腕を回した。

〈了〉

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