09.ポツンと

 きっかけははっきりと覚えている。
 期末試験初日を乗り切り、翌日に備えるため、友人とのお喋りも寄り道もせず、塾に向かっていたときだった。
 学校から塾に直接行くには、五階分の抜きぬけになっている、円形の吹き抜け広場(そのまんまのネーミングだ)を通り抜けるのが早い。広場の円周には等間隔にベンチが置いてあって、それはすべて、中心にある噴水の方を向いている。ベンチと噴水の間は十分に広く、小さな子供が元気に駆け回ったり、のんびり犬を散歩させたりしているが、平日の昼間は、休日と違って人の数は少なかった。
 休日ならほとんど埋まっているベンチにも空きが多い。だから、一人ポツンと座る若者の姿は、いやでも目に付いた。
 見知った顔だったせいでもあり、その知り合いが何をするでもなく、ぼんやりと座っているように見えたせいでもあった。
 クラスメイトの犬飼くんが、皆で遊ぼうと集まったある時連れてきた、彼の友人。わたしたちと同じ歳なのに、もう空調局で働いているという男の子。
 何度か一緒に遊んでいるが、特にこれといって目立つところはない。口数は多くはなく、おとなしいというよりは落ち着いていた。すでに社会人として働いているから、わたしたちより大人びているのかもしれなかった。
 でも、広場のベンチでぼんやりしているのは、落ち着いているを通り過ぎてしまっているだろう。仕事の都合で平日が休みになることもあるらしいけれど、それにしたって、学校に行っていれば中学生が、ただベンチに座っているだけはいかがなものか。
 このまま進むと、彼の前を通り過ぎる。先を急いでいるし、挨拶だけしてこのまま行こうと思った足は、彼に近付くに連れゆっくりとなり、やがて止まってしまった。
 数メートル先に、ベンチに座る彼の横顔があった。前を見ている彼は、わたしにはまだ気が付いていない。気が付きそうにもない表情だった。
 平日だけど、広場にはちらほら人の姿がある。小さな子供が数人、親に見守られながら遊んでいた。彼は、噴水を挟んだ向こう側にいる、その子供たちを見ているようだった。
 子供好きなのかと思ったけれど、なんだかそうとも思えない。横顔はわずかに微笑んでいるようにも見えるけれど、それ以上に、ひどく切なそうだった。
 楽しそうに遊ぶ子供たちを、どうしてあんな顔で見つめているのか、さっぱり分からなかった。ただ、通り過ぎざまに挨拶をして、世間話がてらその理由を聞き出すなど、とてもできそうにない雰囲気だった。
 あの横顔が忘れられず、どうしてあんな顔をしていたのか気になって仕方なくて、彼についてほとんど何も知らないことに気が付いて、知りたいと思ったのは、その時からだ。
 でも、まだ彼から何も聞けていない。

〈了〉

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