06.当日券

 有休を取って気分転換でもしたらどうか、と言われた。疲れているとは思わないし、自分ではいつも通りに、程良い緊張感を持って勤務しているつもりだが、同僚や上司によると、そうでもないらしい。
 残業になることはあるが、過密に働いているわけではない。休日もちゃんとある。それでも、一度ゆっくりと休め、と言われた。「あの一件」があって色々と疲れただろうから、と。

 有給と休日をあわせて一週間休むことにしたが、別段予定はなかった。体を休めるだけなら、家でじっとしておけばいい。ただ、それでは気分転換にはならないので、何かないかと考えた末、映画を見に行くことにした。
 テレビをぼんやり見ていたら、彼女が見に行きたい、と言った映画のCMがあったのだ。
 彼女とはほとんど同棲しているようなものだったが、勤務はシフトせいだったので、休みはなかなか合わなかった。たまに休みが重なれば外でデートをした。ぶらぶらと街を歩くだけも多かったが、彼女の観たい映画があれば、それを見に行った。前もって観たいものがわかっていても、前売り券は買わなかった。
 今日は、当日券を一人分だけ買った。
 彼女がVRや3Dは酔うというので、いつも2D映画だった。今日もそうだ。
 2Dでは臨場感が物足りないという客が多いので、観客席は埋まっている席の方が圧倒的に少ない。
 照明が落とされ、スクリーンに映像が映し出される。彼女が観たいと言っていたのは覚えていたが、どんなあらすじなのか、まったく把握していなかった。いつもそうだった。観たい映画は彼女が決めていた。それで十分に楽しめたので、今回もきっと楽しめるだろう。
 小惑星衝突直後の時代を舞台にした映画だった。大混乱の中、たまたま出会った人々が力を合わせて困難を乗り越えていく、というストーリーのようだ。主役の男女二人は、協力するうち惹かれ合うが、他の仲間との関係や感情、思惑が絡み合い、簡単には結ばれない。
 彼女はハッピーエンドの映画が好きだった。作り物の世界くらい、せめて幸せであったほしい、と。ネタバレも気にしなかったので、口コミを事前に調べていた。
 厳しい時代を舞台にしているが、だから、この映画もきっとハッピーエンドになるのだろう。
 主人公たちの前に立ちふさがる困難は多い。仲間にも裏切られる。それが最も信じていた人によるものだったから、主役を演じる女優は言った。なんで、と。
 途端、頭の中に、彼女の声と表情が甦る。何度も繰り返される。なんで。なんで。なんで……。
 休めと言ったのに。辞めたらどうかと言ったのに。なんで、休まなかった。なんで、辞めなかった。なんで、最下層への移住を望んだ。なんで――。
 いつの間にか、スタッフロールになっていた。早々と席を立つ客もいる中、彼は館内が明るくなるまで、じっとスクリーンを見つめていた。頬に伝うものを拭いもせず。

〈了〉

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