05.トパーズ

 初めて「その人」を見た時、やはり俺は左遷されたのだ、と思った。
 だってどう考えたっていかれている。殺戮兵器が闊歩する地上で、どこからどう見ても目立って仕方がない真っ赤な防護服を着ていたのだから。

 中層生まれながら苦労して最下層の大学に入学した俺は、在学中も死ぬほど頑張って、幹部候補生として中央省庁に採用された。それと同時に最下層の移住権も手に入れて、両親兄弟を引き連れて最下層へめでたく移住。国土建設庁に配属され、これから出世街道を邁進するのだと意気込んでいた――はずなのに、俺は、なぜか今、内部部局の一つである空調局の、よりによって一番地上に近い支局にいる。
 上司には、色んな現場を経験するのはきっと君自身のためになる、と言われたものの、今回、同期で中層より上に異動したのは俺だけだ。
 その時点でも左遷されたのかと不安を覚えたのに、支局長付きという肩書きを与えられた俺は、人手が足りないので誰でもいいからほしいという部署へ、君そこでしばらく頑張ってよ、と送り出されたのである。
 そこは、所属している職員のほとんどが空調設備の整備士だった。そんな知識も技術も持っていない俺は全くの専門外だ。これでは猫の手にもならない、と追い返されるのを少しだけ期待していたが、俺の教育を任された堀川という整備士は、不満そうな顔をすることもなく、じゃあこれからよろしく、と淡々と言ったのである。
 冗談の一つも混じらない、業務内容についての堀川さんの説明は、淡々としているのもあって、かなりの緊張と苦痛を強いられた。なので、ともあれ地上に出てみよう、と言われたときは、退屈な話が終わるのなら何でもいいと喜んだものだ。
 自分の置かれた状況を一時忘れたのも束の間。地上に出るためには、体すべてを防護服とマスクで覆わなければならない。仰々しい格好になると、普段は意識していない「危険な地上」を嫌でも意識する羽目になった。最下層への移住を果たし、幹部候補としてこれから着実にキャリアを積み重ねて行くはずだったのに、俺はなぜ、今、防護服を着て地上にいるのか。
 しかも堀川さんは、淡々として退屈な説明をしていた人とは思えない、ど派手な赤の防護服を着ている。俺のは薄汚れた感のある白なのに。堀川さんは、地上に出ると、何かスイッチが切り替わってしまうのだろうか。というか、あんな鮮やかな赤の防護服があるんですね。
 それよりも、あんな真っ赤な防護服を着る人に任される俺は、やはり左遷されたのだろうか。このまま中央に戻れず、真っ赤な防護服の堀川さんと一緒に空調設備のメンテナンスをする日々は、あまり想像したくない。なにより地上に長居したくない。
 そんな俺の心中を知る由もない堀川さんは、見た目の派手さと裏腹に、先ほどと変わらず淡々としていた。
 大昔に小惑星が衝突したせいで、地球は塵に覆われ、大気は汚染された。地上の風景は、堀川さんの口調以上に淡々としていて味気なかった。大気が汚染されてなくても、長くいたいと思うような場所ではない。
 だからというわけではないだろうが、堀川さんは、地上の設備を簡単に説明しただけで、中へ戻ろう、とすぐに言ってくれた。
「整備の仕事は、少しずつ覚えていけばいいから」
 防護服を抜いてマスクを外し、抗議を受けていた会議室に戻ると、堀川さんはそう言った。やはり覚えるしかないのか、と密かにため息をこぼす。
「――それとも、使えない奴だ、と追い返す方がいい?」
 ぎょっとした。それは、ため息がばれたからでもあったが、控えめではあるものの、堀川さんが苦笑いしていたからでもあった。
「でも、優秀だと言われる方があなたのためになると思うし、現場に知り合いがいるのは、将来役に立つと思うよ」
 今度は、苦笑いではない、微笑だった。当たり前かもしれないが、淡々としていても、笑うのだな。
「……これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ。今日はお疲れさま。上がっていいよ」
 髪をかきあげ、堀川さんが言う。
 お疲れさまですと返した時、彼女がピアスを付けているのに気が付いた。透明な丸い石。トパーズだろうか。
 なんとなく、アクセサリーの類は付けない人かと思っていたので意外だった。トパーズが透明だったのも。てっきり、赤が好きなのかと思っていた。
 けれど、透明なトパーズは、淡々としている堀川さんに似合っている。防護服とマスクを付けていると見えないけれど、あの赤い防護服にも、案外合っているかもしれない。
 
 堀川さんが赤い防護服を着ている理由や、トパーズのピアスに贈り主がいることを、俺はこの時まだ知らなかった。

〈了〉

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