03.焼き芋

「わたしが子供の頃は、冬になると焼き芋屋さんがそこらを走り回ってたもんだよ。うんと昔には、人が運転する車だったらしいけどねえ」
「人が運転する車が走ってたなんて、危なっかしいなあ」
 まだうっすらと湯気が立ち上る芋にかじり付く。ほくほくとしていて、とても甘い。
 彼と彼の祖母は、公園のベンチで焼き芋を食べていた。
 この公園では、焼き芋や焼き栗を売る車が走行している。もちろん自動運転の無人販売車だ。車の安全装置はしっかりしているし、公園の管理者が遠隔で監視をしているはずだから、ベンチに座っている彼らに突っ込んできたりはしない。
 ただ、街中では販売車は見かけない。こういう車は、商業施設や公園で営業するものなのだ。
「それよりももっともっと昔は、落ち葉を集めて、その中に芋を入れて焼いていたらしいよ」
「落ち葉? そんなに葉っぱが落ちてるものなの?」
 もう一かじりしようと大きく開けた口から、そのまま疑問と驚きが転がり出る。隣に座る祖母が、ふふ、と楽しそうに笑った。
「落ちていたのよ、地球ではね。街中で物を燃やすのは禁止されていたから、落ち葉で焼き芋はできなかったけどね」
 色んな色や形の葉っぱを集めたものだわ、と祖母は懐かしそうに言って、目線をずっと上に向けた。
 遙か高い位置に、横長の窓があった。その向こうに広がるのは黒い空と、ぽっかりと浮かぶ灰色の惑星――地球だ。
 彼の祖母は子供の頃、あの灰色の惑星で暮らしていた。彼が物心付いた頃には地球はすでに灰色だったが、大人たちが言うには、昔は青いマーブル模様のそれはそれは美しい星だったという。
 彼の母が今の彼と同じくらいの歳の頃、祖母や母たちは家族旅行で月面都市を訪れていた。その旅行中、地球に小惑星が衝突したため、地球は塵に覆われて灰色になり、祖母たちは戻れなくなった。
 月面都市にも木はあるけれど、落ち葉はほとんど見かけない。清掃ロボットが常に走り回っているし、そもそも落葉が少なくなるよう改良されているのだ。
「今は地球歴では秋でしょう。こういう公園には木がたくさんあって、道が見えなくなるくらい葉っぱが落ちたりしていたものよ」
 灰色の球体を見つめる祖母の目は、懐かしさで満ちている。母も同じような目で、時折地球を見上げている。
「今は、どうなっているのかしらねえ……」
 彼は学校で、今の地球は塵で覆われているため日光が届かず、気温は下がり植物はほとんど育たず、大変厳しい環境になっているだろう、と教わった。塵に覆われているせいで、地球の人たちと連絡を取り合うこともできなくなってしまった。
 落ち葉どころか、木は枯れてしまいもう一本もないかもしれない。それでも。
「――きっと、みんなで頑張ってるよ。月でも生きていけるんだから。今頃、僕たちみたいに焼き芋を食べてるかも。サツマイモは秋に穫れるんでしょ?」
「そうねえ、そうかもね」
 きっとそうだといいね、という祖母の言葉にうなずきながら、残り少なくなった焼き芋を口の中に放り込んだ。

〈了〉

コメント

タイトルとURLをコピーしました