挑戦状の理由 第二話03

 少し広めの空き地を道端に見つけた一行は、そこを今晩の野営地とすることにした。
 エナマーリエがハールズと二人で薪を拾い集めている間に、ほかの四人が野営の準備をしていた。薪を抱えたエナマーリエたちが皆のところへ戻ってくると、ガランとセフリトが石を積み上げてかまどを作っていた。そのかまどの脇に薪を置く。
 かまどが完成すると、手際よく黙々と、セフリトが薪を組んでいく。
「せっかくだから、エナに点けてもらったら?」
 ハールズがそう云ったのは、セフリトが火打ち石を取り出したときだった。
「……」
 作業を中断させられたからなのか、かまどの前で屈み込んでいたセフリトは、じろりとエナマーリエを見上げる。彼は自分の仕事が横取りされることが不愉快に思っているのかも、と彼女がどきまぎしていると、
「もしかして、かまどが吹き飛ばされる心配してる?」
 テギがセフリトの顔を見て云った。すると、セフリトがテギの方を見て小さく頷く。
 エナマーリエには、彼が仕事を邪魔されたて不愉快になっているようにしか見えなかったのだが、実は全然違うことを考えていたらしい。セフリトの顔と全身から発せられていた空気からは、そんなこと少しも分からなかった。セフリトが一言も云っていないのに表情から彼の気持ちを察するとは、テギとセフリトの付き合いはきっと相当長いのだろう。
「まさかそんなこと、ならないよね」
 念のためというように、テギがエナマーリエを見る。エナマーリエはこくこくと頷いた。魔物を退治するときのような威力の強い魔術を、薪の火付けに使うわけがない。
 それでも心配そうな――しかし彼女にはやはり不満そうにしか見えない――表情を浮かべたセフリトやテギたちが注目する中で魔術を使うのは緊張したが、無事薪に火が点いた。
 キルテアもいるのだから魔術は見慣れているだろうに「おお、さすが」などと云う声が上がる。エナマーリエは家族の前で初めて魔術を使って見せたときのことを思い出していた。魔物の襲撃があったときの緊張感が去ってしまえば、隊商はいたってほのぼのとしている。
 魔物の襲撃があったものの、誰も大きな怪我をしなかったのは幸いだった。エナマーリエもかすり傷程度で済んだし、テギやセフリトはまったくの無傷だった。初めての護衛仕事で早速魔物の襲撃を受けたときには驚き緊張もしたが、《白刃のガラン》が戦うところを間近で見ることもできたのである。
 幼い頃に聞いた話に違わず、ガランは強かった。エナマーリエよりも大きい魔物を、たった一人で倒したのだ。しかも、とどめを刺したときのガランは丸腰だった。素手で巨体の魔物を倒すなんて、《白刃のガラン》というより《豪腕のガラン》とでも云った方がよさそうなものだが、ともかく強かった。
 しかも。そのガランからお礼を云われた。微かにではあるが、笑みらしきものまで浮かべて。それだけで、疲れも吹き飛ぶほど嬉しかった。しかし、そのときのことを思い出していたついでに、疑問が浮かび上がる。
「……どうしていきなり、大きな魔物が出て来たんでしょう?」
 姿形は、最初に現れた小型の魔物と同じだった。だが、一度はガランから剣を奪いさえしたのである。あの大きな魔物が最初から襲撃に加わる方が、魔物たちにとっては都合が良かったのではないだろうか。
「魔物の中には、集団の中でいちばん強い個体がほかの個体を取り込むことで巨大化あるいは強大化することが、たまにあるんだよ」
 セフリトに次から次へと薪を手渡しているハールズが教えてくれた。
「へえ、そんなことがあるんですか」
 長年流れの剣士をしている両親から、そんな話を聞いた覚えはない。
「比較的弱い魔物が追い詰められたら巨大化するみたいだけど、滅多にないことだよ。巨大化する前に退治されることが多いしね」
 なるほど、道理で聞いたことがなかったわけだ。
「実際に見たのは今日が初めてだったな」
 話を聞いていたのか、野菜の皮むきをはじめたガランがぽつりと云う。
「《白刃のガラン》ともなると、巨大化する前にあっという間にやっつけちゃうのね」
 野営地を取り囲むように結界を張る作業をしていたキルテアが戻ってきた。テギがご苦労さまと声をかける。
「巨大化するのを待つわけにはいかないだろう」
 ガランが皮をむく手を止め、縄を手に提げたキルテアを見る。すると、
「『あっという間に』は否定しないのね。さすが、歩く凶器」
「誰が歩く凶器だ」
 ガランがキルテアに云い返すと、すかさずハールズから遠慮のない声が上がった。
「歩くお節介な凶器、の方が似合う」
「……お前ら」
「いやぁ、おれは丸腰であんなでかい魔物と格闘するのは無理だね。魔術師ならともかく」
「魔術師だってやらないわよ、そんなこと」
「あの場合、ほかにどうしろと云うんだ」
「まあ、どうしようもなかったかな。ガランがいて良かったよ」
 薪を手でもてあそびながら、ハールズが朗らかに笑う。しかしガランは、どこか胡散臭そうな目でハールズを見返していた。
「あまり気持ちがこもっていないように聞こえるが」
「俺だけじゃなくて、みんなそう思ってるって。いい歳した大人が、そんないじけた顔するなよ。ほら見ろ、エナに笑われてるぞ」
 いきなり自分に話を向けられてぎょっとしたエナマーリエは、慌てて首を左右に何度も振った。
 ガランは大きなため息をひとつつくと、今度こそ皮むき作業の集中することに決め込んだのか、セフリトと同じく黙々と手を動かしはじめた。
「あらあら。なんだか哀愁漂う姿ね」
「からかいがいのある奴だな、ガランは」
「……」
 さしもの《白刃のガラン》も、ハールズとキルテアの前では形無しらしい。彼の意外な一面にエナマーリエは驚きつつも、黙々と皮をむく姿には、確かにちょっと哀愁が漂っているような気がした。
 噂を聞いてエナマーリエが思い描いた《白刃のガラン》は冷静沈着で、触れれば切れそうなほどの強さを誇る孤高の剣士だった。だが、どうやら実物は、彼女の想像とは少しばかり――いや、かなり違うらしい。確かに強いが、仲間にからかわれて形無しになる、普通の人間らしい一面がある。ハールズが云ったように、マスゾートで喧嘩の仲裁をわざわざ買ってでるお節介さも持ち合わせている。
 違っていて当たり前なのだと、エナマーリエは自分がこれまで思い描いていた《白刃のガラン》の姿に自分で呆れた。噂には尾ヒレがつきもので、そこに彼女の想像力も加わっていたのである。
 思っていたのとは違う《実物のガラン》に、エナマーリエはガッカリすることはなかった。むしろ、想像とは大きく違っているガランを、噂で聞くよりもずっと身近に感じる。
 《実物のガラン》はどんな人なんだろう。彼のことをもっと知りたいと思った。

    ◇

 陽は沈み、東からじわじわと染み渡るように藍色の空が広がっていく。いまはもう風はやんでいるが、空気はひんやりと冷えている。夏はとうに手の中からすり抜けてどこかへ去っていき、秋の吐息が耳元にかかるほど近いことをしんみりと感じた。
 即席のかまどで煌々とたき火が燃えている。夏ならば熱い火のそばも、いまはほんのりとした温かさが心地良い。昼食のときのように、六人でかまどを囲んでいた。上には鍋がかけられている。今日の昼前に、ハールズたちが買ってきたという真新しい器に、セフリトが黙々と鍋の中身をよそっていく。
 野営をするときは、いつもセフリトが料理をする。セフリトは無口で、ガランが云うのもなんだが無愛想な男である。しかし、彼の料理は美味い。荷馬車には商品を積めるだけ積み込んでいるので、売り物ではない食料は最低限の量しかないが、その限られたもので、セフリトは手際よく調理する。薄すぎることはなく、かといって濃すぎることもない絶妙な味加減が、疲れた体に丁度良かった。商会で働くより、町で調理師でもしている方がずっと良さそうなものだが、そう思うのはいらぬお節介かもしれない。
「セフリトの作るものは、いつでもおいしいね」
 早速熱いスープを一口飲んだテギが、幸せそうな表情を浮かべる。自分の作ったものを食べてこんな表情を浮かべてくれるなら、作った本人も嬉しかろうに、セフリトはやはりなにも云わず、相変わらず愛想のない顔で小さく頷くのみだ。
「本当に。日中の疲れが癒されるな」
「ね。おいしいでしょう、エナ」
「はい。とても」
 昼間のような魔物の襲撃は、頻繁ではないが、街から街へ渡り歩く隊商にとって完全に避けることはできない厄介事だ。しかし無事に乗り切ることさえできたなら、いまのようにのんびりとした光景が繰り広げられるものである。
 ガランがコンスキン商会の護衛として雇われるのは今回で五度目だが、この隊商を率いるテギの人柄に加え、護衛頭を長く務めているハールズと、彼と同じくテギに長いこと雇われているキルテアの性格のおかげで、殺伐とした雰囲気になることは滅多にない。居心地も悪くない。
 ガランは口を付けていた器から顔を上げるふりをして、エナマーリエの様子を盗み見た。昼食時と同じで、彼女はガランの正面にいる。くつろいだ表情で、キルテアたちの雑談に相づちを打っていた。
 コンスキン商会にとって短期間で魔術師が見つかったことは幸運だったが、初の護衛仕事がコンスキン商会だったのは、エナマーリエにとっても幸運だっただろう。
 無事ダッロにたどり着き、マスゾートへ戻ったところでエナマーリエの初仕事は終わる。この次、彼女がどんな仕事をするのかはまったくわからないが、もしまた護衛仕事をするときに、その行き先がコンスキン商会のような居心地の良いところとは限らない。そうなったとき、まだ若い流れの剣士は「こんなはずではなかった」と辛い思いをするのではないか――。
 そこではたと、ガランはずいぶんお節介なことを考えている自分に気が付いた。エナマーリエの今後のことをガランが心配する義理はないし、エナマーリエもそんな心配をされたくはないだろう。余計なお世話である。若いが、エナマーリエもいっぱしの流れの剣士だ。
 ガランは昼間の襲撃を思い出した。初めのうちこそエナマーリエの動きは硬かったが、それも最初のうちだけだった。片手剣と魔術をうまく使い分けて魔物を倒していく様子を、ガランは視界の端で見ていた。巨大化した魔物と組み合っていたときには、ガランの背後を狙った魔物を倒してもくれた。エナマーリエのように、最前線で戦える魔術師はそれほど多くない。この先経験を積めば、きっと引く手あまたの流れの剣士になるのだろう。

〈第三話に続く〉

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