挑戦状の理由 第二話02

 途中で数えるのをやめたから定かではないが、倒した魔物の数は十を軽く超えているはずだ。飽きもせず突っ込んでくる魔物に舌打ちし、ガランは剣を振り下ろした。
 小型の魔物は、一個体あたりの低い攻撃力を補うために集団で行動するのが厄介だ。少ない集団ならば十程度だろうが、どうやらこの集団は十、二十ではきかないらしい。ガラン一人で十以上倒しているのだから、残るハールズとエナマーリエの二人で二十近くは倒しているだろう。とすると、五十近くの集団か。
 残る敵の数にため息を吐きながら、ガランは剣を構えなおした。半分近くの仲間が倒されたせいなのか、魔物たちの行動に慎重さが見られるようになってきた。多勢に無勢では勝てないと、ようやく気が付いたらしい。頭上を飛んでいる数体以外、林の中へ戻って枝の上からじっとこちらを窺っている。
 膠着状態だった。
 まずいな、とガランは声には出さずに呟く。キルテアの簡易結界は、簡易だけあって長持ちしない。あともうしばらくは保つだろうが、効果がなくなったあとは縄を張り巡らせるところからやり直さなければならない。新たに結界が張られるまで、荷馬車は無防備になる。いや、荷馬車はまだいい。荷馬車よりもテギの身の安全を確保するのが先だ。セフリトは自身を守れる程度に剣を使えるが、テギは駄目だ。一応護身用に短剣は持っているが、彼がそれを抜いているところをガランは一度も見たことがない。手入れしている姿さえ見たことがないのだから、下手したら刀身には錆があるかもしれなかった。
「ガラン。……大丈夫そうかい?」
 御者台のそばで林と対峙しているガランの背に、テギのささやき声が届く。声の調子からすると、多少の不安を感じているらしい。
「いまのところは」
 魔物の殆どは林の中だ。見通しが悪く枝の上など隠れる場所の多い林の中で、鳥形の魔物と戦闘をするのはあまり賢い策とはいえない。できれば、先程までと同じように見晴らしのいいこの場所で戦いたい。
 林の中に石でも投げ込み、煽ってみるか。しかし、生き残った魔物がいっせいに飛び出してきたら、さすがに対処しきれない。
 ハールズの判断を仰ぎたいところだが、元々の立ち位置がガランとは荷馬車を挟んで対角線上にいるので、今も彼の姿は見えない。下手に大きな声を出しては、魔物を刺激することになりかねない。
 どうしたものかと眉をひそめるガランの短い髪を、正面からやって来た風がなでていく。ガランの鼻先もくすぐる風には、不快な生臭さが混じっていた。地面にはたくさんの魔物の死体が転がっているから、無理もない。
 いや、待て。おかしくないか。今の風は、林の中から吹いてきた――。

    ◇

 林の中から、黒い塊が飛び出してきた。人ほどの大きさもある。
「なんだ!?」
 いままで相手にしていた魔物よりずっと大きな、しかし同じ姿をした魔物だった。同じ姿の大きな魔物が、ずっと林の中に潜んでいたのだろうか。ならばなぜ、いまになって急に姿を見せた。戸惑いながらも、ガランは馬車馬を狙うように飛ぶ魔物の長い首を狙って剣を振った。
 だが、魔物は器用に首を曲げ、カランの剣をクチバシでくわえて受け止めた。魔物の飛んでいる勢いと重量が剣と両腕に掛かる。ガランは歯を食いしばり剣を引こうとしたが、魔物はがっちりと刃をくわえこみ、その場で大きく羽ばたいた。土ぼこりが舞い上がる。
「ガラン、うしろ!」
 テギが大声をあげた。しかし、いまのガランには後ろを振り向く余裕がない。一度剣を手放してから体勢を立て直すか、どうするか。
 逡巡したわずかな間に、背後で断末魔の声が上がった。視界の隅に、ぼたりと魔物が転がり落ちる。
 地に落ちた魔物からは、わずかに白い煙が立ちのぼっていた。どうやらエナマーリエに助けられたらしい。彼は口元に微かな苦笑いを浮かべたが、それもすぐにかき消えた。
 ガランの状況は変わっていない。ばさばさと魔物はいっそう激しく翼を羽ばたかせ、ますます土ぼこりが舞い上がる。
 弱さを補うために集団行動を取る魔物の中には、稀に合体して巨大化するものがいるらしい。昔、そういう話を聞いたことをガランは思い出した。
 魔物が現れてのろのろと行動するのんき者はいないだろうが、巨大化する前に魔物を掃討できなかったということは、こちらの迅速さが足りなかったということだ。もっとも、魔物の数が多かったとも云えるが。
 背後では再び魔物の悲鳴が時折響き騒然としているから、膠着状態は解消されたのだろう。それならばハールズにもエナマーリエにも、ガランの手助けをする余裕はなさそうである。結界内にいるテギとセフリトは、安全が保証される代わりに手助けすることもできない。残るはキルテアだが、彼女は後方支援を得意とする魔術師であり、携帯している武器も殺傷能力の低い短剣だ。この大きな魔物相手では、歯が立たないだろう。
 にわかにまた膠着状態になるか、そう思ったとき、土ぼこりが目に入った。小さいが鋭い痛みに、思わず目を閉じてしまう。
 その隙をつかれた。魔物が大きく羽ばたく。力で押され、右手が剣から離れてしまった。魔物はガランから剣を奪うつもりらしく、首を大きく反らせて剣を持っていこうとする。
 ガランはおとなしく左手も離した。剣を奪い取った魔物は、出てきたのとは反対の林の中へ、大きく首を振って剣を投げ込んだ。なかなか頭は悪くないらしい。
 剣を捨てた大きな魔物が、改めて馬車馬に襲いかかろうと、威嚇するように大きく鳴いた。その声に怯えた馬が暴れそうになるのを、御者台のテギが慌てて手綱を引いて留める。それを視界の端で見ながら、ガランは右足のすね当ての隙間から一本の短剣を取り出した。
「これもくれてやる」
 魔物めがけて短剣を投擲した。胴体に命中し、魔物が耳に不愉快な悲鳴をあげる。
 ガランは地を蹴って猛然と駆け出した。慌てて上空へ逃げようとする魔物に体当たりを食らわせる。魔物は鈍い悲鳴をあげ、ガランと共に地面に転がり落ちた。ガランは素早く体を起こし、逃げないように馬乗りになる。大人の腕くらい太い首に左腕を回してがっしりと抱え込む。魔物はバタバタと暴れるが、彼は両足に力を入れて魔物を押さえ込む。それから、右手で魔物の首を渾身の力を込めてつかんだ。骨の折れる鈍い感触が両腕に伝わり、その途端に暴れていた魔物がおとなしくなった。
「ガラン、大丈夫か!?」
 動かなくなった魔物からおりると、ハールズとエナマーリエが駆け寄ってくるところだった。どうやら、ほかの魔物は片付いたらしい。
「ああ、なんとか」
 額の汗を掌で拭おうとしたとき、心配げな表情を浮かべたエナマーリエと目が合った。ガランは先程、彼女に助けられたことを思い出した。
「さっきは助かったよ」
 前言撤回だな、とガランは胸中で呟く。出発前に、新しい護衛仲間の実力を心配したことを反省しなければならないようだ。心配した相手に助けられた自分を自嘲するように、彼はわずかに口の端を持ち上げた。
 ガランの言葉と自嘲の笑みをどう受け取ったのか、少女は一度驚いたような顔をして、それからすぐに笑みを浮かべた。そんな素直な反応は、まだまだ若く初々しい。
 自分にもそんな時代があったんだろうか、とガランは倒した魔物を見る。
 遠くマスゾートからやって来た風が、彼らを追い越して吹き抜けていった。

〈第二話03に続く〉

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