挑戦状の理由 第一話03

 海を北側に臨み、東西に海岸線を広げるマスゾートには東港と西港、二つの主要な港がある。港には漁船や商船、輸送船などがひっきりなしに出入りをし、船から降ろされた荷やこれから輸送する荷を運んでくる荷馬車も数多い。そのため、港の近くには荷馬車のためのたまり場が設けられている。
 もっとも、たまり場といっても単にならされた広場というだけなのだけど、輸送船に用のない荷馬車もこのたまり場を利用することになっている。ここから街の中へ台車で荷物を運んでいくのだから、港内に負けず劣らず、たまり場もにぎやかな場所だった。
 各々が好きな場所に陣取って、人に馬車、台車や馬がひしめき合っている。それでも、遠くから眺めれば、なんとなく秩序だって見えるのだから不思議だ。エナマーリエの実家は海が見える高台にある。よく港やたまり場を眺めていたが、どの隊商も、周囲と近すぎず遠すぎない距離を保っていて、隊商の大小がなんとなく把握できたものである。
 ハールズが先頭を歩いて、コンスキン商会の荷馬車が停めてある場所へ向かっていた。荷物を抱えたエナマーリエは、すれ違う人や台車に気を付けながら、やや小走りでハールズとキルテアを追いかける。荷物にも周りにも気を付けていると、すぐに遅れてしまうのだ。
「やあ、ご苦労さま」
 ようやく、見知った顔の元にたどり着く。テギ・コンスキンが、幌付荷馬車の横で足の短い折りたたみ式の簡易机を組み立てていた。幌には、コンスキン商会という文字と紋章が染め抜かれている。
「思った以上の荷物だったわ。これなら、男衆に行ってもらえば良かった」
 荷馬車の脇に荷物を下ろして大きく息をつくキルテアに、テギが苦笑する。
「留守番のことを考えると、君たち二人に行ってもらうのが最善だよ」
 昨日の面接でも思ったことだが、テギは、若いということもあるのだろうが、雇い主だというのに偉ぶったところがまるでない。ハールズやキルテアの、彼に対する口調もまるで友人に対するそれであり、テギがそれを咎めることも不快に感じている様子もない。商人といえばケチで人使いが荒く計算高いという印象を、エナマーリエは主に父親から植え付けられていたので、初対面のときテギの柔和な態度には驚いた。
「エナも。ご苦労さま」
 キルテアにならって、彼女が下ろした荷物の隣に自分が抱えていた分を下ろしていたエナマーリエを、テギが労う。ハールズにキルテア、それにテギ。三人とも優しい。初めての護衛仕事で、こんな優しい人たちばかりなんて、きっと自分は運がいいのだろう。
「まずは、あと二人に君を紹介しておかないといけないね。セフリト?」
 テギはそう云って、幌の中をのぞき込む。すると、中からのっそりと、一人の男が現れた。歳の頃は、ハールズと同じか、三十歳手前といったところであるが、なんだか少し近寄りがたい雰囲気を放っている。残る二人は、一人が護衛、一人はコンスキン商会の従業員と聞いているが、きっと彼が護衛なのだろう。
「彼女が、新しい護衛のエナマーリエ。で、エナ。彼は、セフリト。僕の部下」
 テギがにこやかに男を紹介する。エナは、わずかに目をみはった。テギの部下ということは、セフリトという名の彼が、コンスキン商会の従業員ということだ。流れの剣士並みに逞しい体付きといい、鋭い目つきといい、とても商人には見えない。ひょろりとした体付きに人の良さそうな笑みを始終浮かべているテギとは、正反対である。
「……よろしく」
 セフリトが低く小さな声で挨拶する。あまりにも遠慮がちな声量だったのであやうく聞き逃すところだったエナマーリエは、慌てて挨拶を返した。セフリトは、それに対して小さく会釈すると、テギに目配せして、また幌の中へ戻っていってしまった。あっという間である。テギが仕方なさそうにため息をつき、ハールズが肩をすくめていた。
 ぽかんとするエナマーリエの隣にいたキルテアの苦笑いが聞こえた。
「セフリトは無口なのよ。人付き合いも下手でね、あんな態度になっちゃうことが多いんだけど。でも、悪い人じゃないのよ。料理の腕はいいし」
「はあ」
 なんとなく近寄りがたい雰囲気は、人付き合いが下手だからなのだろうか。とりあえず、初対面で嫌われたわけではないらしいと胸をなで下ろす。
「それで、ガランは?」
 ハールズは下ろした荷物の中身を確認しながら、テギに聞く。
「さっきゴミ捨てを頼んだんだけど、まだ戻ってきていないみたいだね」
 テギが辺りを見回す。
「いい歳して、迷子になっているのかしら」
「似合わないなぁ、ガランが迷子って」
「みんな揃ったら、お昼にしようと思っていたのに」
 笑っているハールズたちの横で、テギが残念そうに云う。
「ガランっていうんですか、もう一人の護衛の人」
 エナマーリエはキルテアの袖を引いた。
「ええ。《白刃のガラン》ともいうわね。知ってる?」
「知ってるもなにも――」
 いま初めて護衛仲間の名を聞いたエナマーリエの目がにわかに輝く。それを見たキルテアが、おやと首をかしげた、そのとき。
 わあ、と喚声のようなものが聞こえた。そのあとに、男のわめき声がつづく。
「喧嘩だ」
 声の飛んできた方を見ると、人の多いたまり場の中でも特に人が密集している場所があった。その密集部分の中心は、ぽっかりと空いていて、そこに三人分の頭が見える。
「なあ。あそこに、ガランがいないか?」
 背伸びをして、人だかりを見ていたハールズが目を細める。
「あ。本当だ」
 テギもハールズと同じように背伸びをして、なんとものんびりとした相づちを打つ。
 商会などに雇われている護衛が、ほかの隊商の護衛と悶着を起こすと、後々面倒なことになることが多いと両親から聞いている。やれ治療費をよこせだの、喧嘩のとばっちりを受けて壊れた荷を弁償しろだの、勝った側が負けた側からなにかと金をむしり取ろうとするし、負けた側の雇い主には「喧嘩に負けるような弱い護衛を雇っている、見る目のない奴」という不名誉までついてくる。だから、隊商の護衛はよその護衛と喧嘩をするなと雇い主に厳命されるし、自分の護衛が喧嘩をしていると聞けば、雇い主は決着が付く前に喧嘩を止めようと慌てる。なのでテギの反応は、普通の雇い主のそれとはだいぶ違っているといっていいだろう。
「ゴミを捨てに行って、どうして喧嘩に巻き込まれているのかしら」
 テギに負けず劣らず、キルテアの反応ものんきなものである。
「……ガランがさっき、喧嘩をしそうな連中がいるから、止めてくると――」
 無口なセフリトが、幌の中から顔だけ出して、テギにぼそぼそとした声で説明した。
「え、なに? ガランは、ゴミ捨てから戻ってきて、わざわざ喧嘩を止めに行ったのかい?」
 テギの問いに、セフリトが頷いている。ガランがどこへ行ったのか知っていたのなら、どうしてさっき彼はそれを云わなかったのだろうか、というエナマーリエのささやかな疑問は、もう一度上がった喚声にかき消された。
「見に行ってみよう」
 ハールズが足早に、喧嘩の中心地へ向かう。
「いってらっしゃい」
 テギとキルテアは興味がないのか、ハールズのあとを追って駆け出したエナマーリエにひらひらと手を振る。ちらりと振り返ると、セフリトは幌の中に引っ込んだのかもう姿がなかった。

〈第一話04に続く〉

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