彼女の背丈よりうんと高い本棚の下の方はぎっしりでも、上になるほど少なくなる。
「火星に図書館を作りたかったんだ」
彼女が館長と呼んでいるその人は、火星入植団の第一世代。昔は館長が高いところの本を取ってくれたが、今では彼女が館長に代わって取っている。
「何十年もかけたけど全然足りないね」
館長は月生まれだが、月で紙製の本は殆ど出版されていない。火星でもそうだ。
紙製の本は、わずかに地球で出版されるのみだ。
「任せて。これからはわたしが集めるから」
「時間もお金もかかるよ、とても」
火星外から持ち込める荷物は鞄一つ分だけ。
館長が使っていた鞄を手に取った。
空っぽの鞄は軽いけれど、彼女の希望がありったけ詰まっている。
※300字
※Twitter300字SS参加作品。第63回お題「鞄」
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