インク職人は忙しい

 インク職人の朝は早く、夜は遅い。
 客である魔法使いたちの要求は様々なのだ。朝露を集め、新月の夜に採るべしとされる薬草を探さねばならない。
 昼は調合と接客、材料集めも欠かせない。
 インク職人は忙しい。
 魔法使い達は魔術書に呪符に、筆とインクを使って文字と文様を書き、不可思議を体現する。自分のために、顧客のために。
「〈黒の夢路〉はありますか?」
 まだ若い駆け出しの魔法使いの目元にはクマがあった。
「この前買っただろう」
「なくなりました」
〈黒の夢路〉は呪い向けのインク。呪いは消耗が激しいが、駆け出しでは仕事を選べないのが世の常だ。
「無理はするなよ」
 厳重に封印された壺を受け取る表情は暗い。
 これはちょっと要注意だ。

※300字
※Twitter300字SS参加作品、第64回お題「書く」

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