15.七五三

 四月には地元を離れ、就職する。今までとはまったく違うであろう新しい生活への期待に、胸が膨らむ。けれど、不安もあった。大学を卒業するまでの二十二年間、地元を離れたことはなかった。一人暮らしも初めてだ。
 ずっと実家にいたけど、大学に進学してからは食事を作ったり洗濯をしたりと、家事はしていた。両親と弟の家族四人分の家事を、毎日ではないもののしていたのだから、自分一人分などわけないと思う。不安になるのは、一人になるからだ。当たり前のようにそばにいた家族と離れるから、寂しいのだ。もうすぐ社会人になろうとしているのに、一人暮らしを始める前からホームシックにかかりかけているなんて、恥ずかしくて家族にも言えないけれど。
「荷造りは――まだ終わらないみたいね」
 換気をよくするため、部屋のドアは開けっ放しにしていた。部屋の入り口で呆れ顔で笑っていたのは、母だった。
「明後日には引っ越し屋さんが来るのに、間に合うの?」
「間に合わせるから大丈夫」
「アルバムを見る余裕があるものね」
 段ボールだらけの部屋に入ってきた母が、ますます呆れた顔になる。
 荷物を詰め込んでいる最中に昔のアルバムを見つけたのだ。子供の頃のアルバムを見るのは久しぶりで、ついつい見入ってしまった。
「あんた、これも持って行くの?」
 積み上げられたアルバムの、一番上に載っていたものを母が左手で取る。それは、わたしよりもずっと年上のアルバムだ。
「それは持って行かないよ、さすがに。アルバムをまとめて引っ張り出したら、発掘しちゃった」
 母が無言でアルバムをめくる。わたし以上に懐かしい気持ちになっているかもしれない。それは、母のアルバムだった。
 母の手があるページにさしかかる。日常を写した写真が多い中、そのページは他よりも華やかだ。
「それ、七五三の写真でしょ。母さんと一緒に写ってる男の子は父さんだよね?」
 両親は幼なじみ同士で、祖父母同士の仲も良かったと聞いている。家族ぐるみで付き合いがあったのだから、七五三も一緒にやったのだろう。
「そう。今と全然違うでしょ」
「千歳飴の袋がなんかくたびれてるね」
「はしゃいで振り回した後だからね」
 写真のそばには、手書きのタグが付いていた。『恵理、トモくん三歳。今谷八幡宮にて』
「お義母さんが怒っていたのは、なんとなく覚えてるわね」
「おばあちゃんたちも若いね。母さんの方のおばあちゃんは、母さんに似てる。やっぱり親子なんだね」
「そうね。それより、荷造りしなさい。アルバムはいつでも見られるんだから」
「はーい」
 母が閉じたアルバムを山の一番上に置く。
 その上にわたしが持っていたアルバムを重ねてしまい、二日後の朝、すべてのアルバムを同じ段ボールに慌てて突っ込むことになった。

〈了〉

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