冒険好きに贈る三十五の罠

 世の中、時には奇妙とも思えるモノが流行ることがある。
 まあ、たいては無害であるから、放っておいても問題なんかない。流行るだけ流行り、飽きられたら忘れられていく。そんなモノだ。
 しかし、これを放っておいては、世間の迷惑というモノだろう。

 ◇ ◆ ◇ ◆

 カリエラの街の出口に、俺は仲間のエーフィとレオンハルトと並んで立っていた。
 俺たち三人は、カリエラとその隣の街であるアリエイラの街を繋ぐこの道に仕掛けられた罠、これから解除していかなければならないのだ。罠の数は三十五。
 アリエイラに続く道を目の前に、俺は三十五もの罠を仕掛けた酔狂な奴への呪詛を口にしていた。
 二つの街を繋ぐ道に、三十五もの罠を仕掛けた酔狂な奴は、間違いなくトラップ・メイカーだ。奴ら以外に、そんな馬鹿なことをする連中などいない。
 トラップ・メイカーはその名の通り、罠を仕掛けて身を立たせている連中のことだが、彼らが罠を仕掛ける場所は、普通は天下の往来などではない。王族や貴族、金持ちなどの屋敷に、防犯用に罠を仕掛けるのが彼らの本来の仕事だ。
 ところが、このトラップ・メイカーたちの間で、自分の腕前を売り込むためにところ構わず罠を仕掛けるという、一歩間違えれば犯罪になりそうな宣伝方法が流行りだしてしまったのだ。他人の家の庭や、店の中、道路に公共の場所。メイカーたちは、もはや罠を仕掛ける場所を選ばない。実に迷惑な売り込み方法である。
 王族や貴族は、そんな危険な宣伝方法を一応禁止するように言っているが、トラップ・メイカーの恩恵にあずかっている故に、形だけの禁止令でメイカーの暴走は黙認されているから、余計にたちが悪い。
 カリエラとアリエイラの間にトラップを仕掛けたのも、宣伝のためだろう。しかし、そのはた迷惑な宣伝のおかげで、二つの街の行き来は断絶している。どんな罠があるかも分からないので、誰も通りたがらないのだ。
 俺だって通りたくない。
 危険に突っ込むのが仕事の冒険者ではある。しかし、無謀と勇気は違うのだと、よく言われているじゃないか。罠に突っ込む行為なんて、無謀そのものだ。
「いつまでもここにいたって、解除なんか出来ないわよ」
 三人並んで、行く手を眺め続けていたが、とうとうエーフィが口を開いた。しかし、先頭を切って足を踏み出そうとはしない。一歩踏み出せば、早速トラップにはまる可能性もあるからだ。
「それじゃあ、エーフィさんからお先にどうぞ」
 俺は無表情にエーフィを見た。エーフィが鋭い目つきでにらみ返してくる。
「あんた何言ってるのよ。か弱い乙女に先頭きって歩けって言うの?」
「誰が『か弱い乙女』だ。そんな可愛らしい娘は、普通冒険者なんてやらねぇよ」
 俺はエーフィに張り合うようににらみ返した。エーフィの目つきがますます鋭くなる。
「まあまあ、二人ともいきなりケンカなんてしないで。僕ら三人が協力しないと、三十五もある罠をすべて解除できないだろ」
 火花を散らす俺とエーフィの間に、レオンハルトが場をなだめようと入り込んだ。
「罠を全部解除できれば、カリエラとアリエイラの人々から感謝されること間違いなし。そうなれば、僕らの抱える借金もすべて綺麗さっぱり返せるんだからさ。仲良く行こうじゃないか」
 険悪な雰囲気をまとう俺とエーフィに対し、レオンハルトは空まで突き抜けるような明るい声で言った。
「レオンハルト……」
「借金のいちばんの原因は自分だと分かっての言葉?」
 俺とエーフィは、さっきまで火花を散らせていた視線を、間にいるレオンハルトに向けた。
 俺たち三人は現在、借金を抱えている。その借金の一括返済を目論んで、今回の仕事を引き受けたのだが、借金を生み出した元凶はレオンハルトだ。冒険者でありながら、その分類は博物学者という、およそ冒険者に向いていないこの男には、浪費癖がある。馬鹿高い学術書をばんばん買うわ、研究に使うのだと言って得体の知れない代物を買うわ、酒は飲むわと、とにかく金を使う。おまけに、学者であるレオンハルトの戦闘能力は、泣けてくるほど低い。仕事の度に怪我をするこいつの治療費も、最近では借金しないと払えない。
 今の俺たちは、主にレオンハルトが生み出した借金返済のために冒険をしているのだ。
「あー、その、なんだ。僕ら三人は仲間じゃないか。僕は、スヴェンやエーフィと共に、喜びも悲しみも苦労も分かち合いたい」
 レオンハルトはあさっての方を見て、力強く言った。
 俺とエーフィは、そんなレオンハルトの背中に無言で蹴りを入れていた。予想もしていなかった背後からの俺とエーフィの協力攻撃で、レオンハルトはあっさりと前に飛んでいき、数歩先の地面に倒れ込んだかと思うと、突如として地面にぽっかりと空いた穴に、見事なほどあっさりと落ちていった。
「あああぁぁぁぁぁぁ……」
 穴は意外に深いらしく、落ちるレオンハルトの声が遠い。わずかに反響もしている。
「スヴェーン。エーフィぃぃ。助けてぇぇぇ」
 声が震えているのは反響のせいだけだろうかと思いながら、俺は隣りに立つエーフィを見た。
「……どうする?」
「借金の生みの親に、先に逝かれちゃ困るわ」
 俺とエーフィは、レオンハルトのおかげで安全と分かった穴の手前まで行くと、ロープを下ろしてレオンハルトを助け出した。穴から這い出したレオンハルトは、既に肩で息をしている。
「お、驚いた。なんて恐ろしい罠だ……こんなモノが、この先にまだ三十四もあるなんて」
 単なる落とし穴のどこが恐ろしいんだ。今時、そんなカビの生えたような罠を仕掛けるトラップ・メイカーがいる方が驚きだ。
 レオンハルトの呼吸が整ったところで、俺たちは意を決して進み始めた。
 罠らしきものを見つけたら、慎重に近づいて発動しないように気を付けながら解除する。そんなことの繰り返しである。落とし穴は、レオンハルトがはまったもの以外にも三つあったが、段々と深く、そして穴の底には天を突くようにのびる槍が仕込まれているなど、凶悪になっていた。
「まさか、落とし穴以外の罠がないわけじゃないだろうな……」
 今のところ、罠は落とし穴しか見つかっていない。三十五あるうちの四つが落とし穴というのは、趣向を変えているとはいえ、多すぎるのではないだろうか。それとも、カビの生えたような罠を仕掛けるトラップ・メイカーでは、落とし穴がせいぜいなのだろうか。
 トラップ・メイカーとして、それはいいのかと俺が見当違いなことを考えていると、隣を行くエーフィの足が止まる。ちなみに、俺たちは公平に三人横一列に並んで歩くことにしたのだ。立ち止まったのはエーフィだけでなく、レオンハルトもだった。おかげで、俺だけ一歩先に進んでしまう。
「どうしたんだよ」
 俺も立ち止まって二人を振り返ると、エーフィとレオンハルトが二人揃って道の左側を指さす。
 二人が示す先には、一体どこからやってきたのか、籠を担いだ老女がいた。籠にいっぱいの荷物を詰め、こちら側にやってくる。
 怪しい。とてつもなく、怪しい。
 カリエラとアリエイラの間の道は、罠が仕掛けられているから人の行き来はないし、道を外れた場所を歩くのは、それはそれで危険なのだ。道に迷う可能性があるし、何よりモンスターに襲われる可能性が高い。道にはモンスター除けの仕掛けがあるが、道以外にはそんなものはないからこそ、安全な道に罠が仕掛けられ、二つの街が困っているのだ。
 老人がたった一人で、道を外れて歩いているという状況は、今現在限りなく不自然であり、怪しかった。
「なあ、あのばあさんも罠なのか……?」
 どんな罠だと俺は自分で突っ込みながら、立ちつくす仲間を見た。
「さあ」
「いやあ、人を使った罠って、初めて見るよ。珍しい。記録しとかないと」
 エーフィは怪訝な顔で首をかしげ、レオンハルトはザックからメモ帳とペンを取り出してなにやら書き付けている。
 おそらくあのばあさん――本物の人間かどうかも怪しい――も罠の一部なのだろうが、見た目がいかにも非力そうであるため、誰にも危機感がない。
 俺たちが眺める中、ばあさんは道へ辿り着いた。俺たちのすぐ目の前を横切っていく。
 ばあさんは俺たちに声をかけず、それどころか見えていないかのように無視して、のんびりした足取りで歩いている。
 罠なんかではなく、実は本物の人間なのかと俺が疑いはじめた時、ばあさんは突然こけた。足下につまずくようなものがあったわけではない。よろけて倒れたわけでもない。本当に唐突に、こけたのだ。こけた拍子に、籠に詰め込まれた荷物が転げ落ちた。色々な日用品や、野菜や果物が、ばあさんの周りに散らばった。このばあさんは、一体何のためにそれだけ雑多なものを運んでいたんだ。
「ああ、こけてしまった」
 見れば分かるのだが、どうしてそんなに芝居がかったわざとらしい言い方をするんだ。
 手を突くこともなく、見事に顔面から地面に倒れ込んだばあさんは、両手をついて顔を上げた。
「そこの若いの、助けてくれんかの」
 ばあさんは突然、俺たちの方を向いて助けを求めたが、その口調はやはり芝居がかっていてわざとらしい。
「唐突だな、おい」
「さっきまで思いっきり無視してたくせに……」
「その時、謎の老女は『お助けぇ』としわがれた声で切に訴え……」
 ブツブツと呟きながら、いまいち事実とは異なることを書き付けるレオンハルトは無視して、俺とエーフィは顔を見合わせた。
「どうする、スヴェン」
「どうすると言われても……あからさまに怪しいじゃないか」
「ああ、あたしゃなんて幸運なラッキーマダム。困っているところを助けてくれる、三人もの親切人に巡り会えるなんて」
 ばあさんは同じ姿勢のまま、奇妙なことを口走っている。あんた、本当に困っているのか。しかも、俺たちが助けると勝手に決めつけているし。
「まあ、罠なんだろうけど、どうやって解除するんだよ、コレ」
「どこが起動スイッチかも分からないわ……あのおばあさんを倒せばいいのかしら?」
「エーフィ。いくらなんでも、いきなりそれはどうなんだ?」
 エーフィは半ば本気の目つきで、ばあさんを見ている。あのばあさんが罠の一部であることは間違いないだろう。メイカーが作り出した本物そっくりの人形だろうが、そうと分かっていても、丸腰の老人に斬りかかるのは気が引ける。それに、まるで開かないドアならぶち破る、というような乱暴なやり方はいまいち頂けない。
 エーフィ。おまえはそんな破壊的な解決方法しか思い付かないんじゃ、『か弱い乙女』はあきらめた方がいい。
「ああ、そこのお若いの。その赤キャベツ拾ってくれんかの」
 ばあさんはようやく立ち上がり、のろのろと籠から落ちたものを拾い集めはじめている。
「これ?」
 そう言って、足下に転がる赤キャベツを拾い上げたのは、レオンハルトだった。
 俺とエーフィは、再び無言でレオンハルトの背中に蹴りを入れた。赤キャベツと共に、レオンハルトが飛んでいく。
「あんた、なに拾ってんのよ!」
「大人しくメモを取り続けとけよ、このアホ学者!」
 俺たちの罵倒に、倒れ込んでもなお手放さなかった赤キャベツを抱え、レオンハルトが起きあがる。蹴り飛ばされてまでキャベツを手放さないその執念は、別のことで発揮してほしい。
「だ、だって……お年寄りが困っているのに、見捨てるわけには」
「罠と分かり切ってるじゃない。あんた本当に学者?」
「とりあえず、キャベツはどこかにやれ!」
 レオンハルトが渋々と赤キャベツを、さり気なくばあさんのそばに置く。
「……」
 ばあさんは道に置かれた赤キャベツをじっと見つめていた。罠のくせにほのぼのとしていた今までの雰囲気は消え失せ、どこか切なげである。
「冷たい……冷たいの。近頃の若いのは、ほんに冷たい!」
 ばあさんはこみ上げる怒りに合わせ、声を荒げていく。一体いつの間に、どこから取り出したのか、両手に草刈り鎌を握っている。研ぎたてなのか、鎌の刃はやたらと輝いており、切れ味が良さそうだ。
「許さんぞおぉ。その見下げた根性、叩き斬ってくれるうぅ」
 今までの動きが嘘のように、ばあさんは驚くほど俊敏に鎌を振り上げ襲いかかってきた。
 俺はとっさに剣を抜き、鎌を受け止めた。見かけは老人だが、やたらと力が強い。ほんの少しでも力を抜けば、鎌の餌食にされてしまう。
「“我と血の契約を結びし見えざるもの。我が声を聞き、我が命に従え。疾く来たれ。風の刃を生め。我が敵を切り裂け”」
 エーフィが呪文を紡ぎ、風を切る音がばあさんをめがけて駆け抜ける。しかし、不可視の攻撃を察知したばあさんは、たいした予備動作もとらずに信じられないほど高く跳躍して、それを避けた。
 ばあさんの立っていた地面はえぐれている。いつもながらエーフィの魔法の威力には恐れ入るが、たかが罠の一部であるばあさんにも驚かされる。
 エーフィは風の刃を、落下してくるばあさんめがけて次々に放っていった。容赦がない。どうやら、ばあさんを倒して罠を解除するという、自分の提案を実行するつもりらしい。
 空中のばあさんは、鋭い鎌と意外に俊敏な動きでも風の刃は避けきれず、風に裂かれて空中で華々しく散った。風の刃が、ばあさんの胴体を捉えたかと思うと、まるで紙人形のようにばあさんの身体は裂け、そのまま紙吹雪となってしまったのだ。色とりどりの紙吹雪が、俺たちに降り注ぐ。
「……」
 脅威の身体能力を見せたわりにはあっけなかったばあさんの最期に、俺は脱力感を覚えた。人間そっくりなばあさんを使ったこの罠は、一体何が狙いだったのだろうか。分からない。単に、トラップ・メイカーが己の技術の精巧さを見せたかっただけなのか?
「第五の罠、その名も『困っているおばあさんを助けて!』は、おばあさんを助けなければ、鬼女と化したおばあさんが草刈り鎌を振り回して追いかけ回すという、恐るべき罠だった。迫り来る鬼婆! 立ち向かうレオンハルト・バーデン! 勝負を決したのは――」
 レオンハルトはメモをとる時に、その内容をそのまま口にする癖がある。しかし、そのメモの内容はどうも事実と食い違い部分があるようだ。そんなんでいいのかと思いながらレオンハルトを見ていると、気分が高揚してきたのか、独り言は情緒豊かで声も大きくなる。しかしそうなればなるほど、内容と事実がかけ離れていく。
「ちょっとレオンハルト。あんた、何もしてないじゃない」
 もはや一人芝居と化しているレオンハルトの後頭部に、エーフィが手刀を喰らわせた。
「何を言うんだエーフィ。僕は二人の活躍を記録してだね」
「あんたの名前しか出てきてないじゃない。そのメモ、ちょっと見せてみなさいよ」
「あ。ちょっと。これは大事な研究ノートだから、そう簡単に他人に見せていいものではないんだ。あ。エーフィ。お願い、やめて!」
 最後の方は、悲鳴に近い。二十歳を過ぎているくせに、そんな花も恥じらう乙女のような喋り方をするなよ。
 メモ帳の取り合いをする二人をよそにして、俺は無言で紙吹雪を眺めていた。ばあさんの籠に入っていた雑多なものも、ばあさんが紙吹雪に変わると同時にやはり紙吹雪に変わっていた。
 この先もこんな罠が待ち構えているのかと思うと、頭が痛い。この調子では、じいさんを使った似たような罠もありそうじゃないか。
 残りの罠は三十。
 それでも、借金を返済するためには、そのすべてを解除していくしかないのだ。

〈了〉

コメント

タイトルとURLをコピーしました