あるいはそれよりも鮮やかな/後編

 丹野の真っ赤な防護服に見慣れ、真新しかった堀川の作業着にも、いつの間にか、こすり洗いしても落ちない汚れが着くようになっていた。丹野の防護服のLEDライトが点灯するとろこはお目にかかったことがなかったが、特に気にしなかった。慣れとは恐ろしい。丹野の仕事ぶりが、ほかの班員よりも人一倍丁寧でまじめで熱心だったせいもあるのかもしれない。
 外勤の班にいるとはいえ、定期的なメンテナンス以外で地上に出るのは誰もが避けたい事態だった。そんなとき、都合がつきさえすれば、丹野は率先して地上へ出ていった。急を要することだし、のんびり説明をする暇はないかもしれないとあらかじめ言われていたが、堀川も、やはり極力丹野について地上へ出ていた。少しでもたくさんの経験を積んでおきたかったのだ。
 秋元が、子供を産めなくなるかもしれないから地上に出る時間を短くするのに超したことはない、と堀川にこっそり言ったことがある。堀川は「そうですか」とだけ返した。秋元は異動願いを出している。ほかの班員も、出していない人はいないらしかった。
 吸気口から異音がするようだ、と地下部分のメンテナンスをしている内勤の班から言われ、急遽地上へ出る必要が生じた。日没が近付いていて、ただでさえ暗い地上はいっそう暗い。様子を見に行くと言ったのは、丹野だった。堀川は、ついて行きたいとすぐに申し出た。
 丹野と二人で地上へ出ると、想像以上に暗くなっていた。いよいよ丹野のLEDライトの出番かと思ったが、丹野はそれをつけなかった。
「足下、暗いですね」
「でこぼこしてるから気をつけろよ。それから、周辺にも注意しろ」
「周辺、と言うと?」
 これほど暗くなってから地上に出るのは、今回が初めてだった。しかし、足下が暗い以外、それほど不安はない。
「混乱期の殺戮兵器だ。暗がりから襲ってくることがある」
「……近くにいるんですか」
 混乱期にばらまかされた殺戮兵器は、破壊されたり寿命になったりしてがらくたとなったものも多いが、未だ稼働しているものもある。そのため、地上に出るとき、堀川たちは必ず銃を携行していた。
「分からない。今のレーダーじゃ関知できないものも多いし、人をおびき寄せて襲いかかるものもある。暗さなんて関係ない奴も多い。とにかく、周りをよく見ておけ」
 丹野の口調はいつになく真剣だった。彼以外の班員が地上へ出たがらない理由はこれか、と堀川は察して銃を握る手に力が入る。
 丹野が作業する間、堀川は銃を手に周辺を警戒していた。どんよりとした灰色の雲は、昼間以上に濃い色になり重たそうに見える。吸気口のファンが回る音は、地中から漏れ出るうなり声のようだ。ときおり、丹野の独り言が聞こえる。どうやら、手元が暗くなって見えづらいらしい。
「丹野さん。LEDライトはつけないんですか」
「今はつけるわけにはいかないだろ。懐中電灯でなんとかするさ」
「わたしが持っておきましょうか」
「いや、堀川は警戒を頼む。異変があればすぐに教えてくれ」
 丹野の防護服のLEDライトは、袖口にもついている。それをつければ、懐中電灯を片手に持って作業するよりよほどやりやすそうに思えるのだが、本人がつけないと言うので仕方がない。
 灰色の雲の向こうに隠れていようとも、太陽は太陽だ。まだ十分ほどしか経っていないのに、地上に出てきたときより暗くなっているのが分かる。このままではあっという間に暗くなってしまいそうだ。
 地下都市は、照明の光量を調節して昼と夜を作り出している。夜になれば、灯る明かりの数は少なく、その光は弱い。しかし、人々が行き交う場所が完全な闇に飲み込まれることはなかった。真夜中といえどもどこかにかすかな明かりがある。そんな世界で育った堀川にとって、太陽が沈み、照明もない世界は未知のものだ。闇は深いのだろう。しかし、頭で理解していても、実感としてのそれがどれほどのものかまったく分からなかった。
 丹野の作業はまだ終わりそうにない。辺りは刻々と暗くなっていく。暗がりから殺戮兵器が襲ってくる、という丹野の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
 視界の端で何かが動いた気がして、堀川は銃口をそちらに向けた。
「虫……?」
 大きさは掌くらいで、黒い楕円形だった。八本の足を小刻みに動かして、凹凸のある地面を這い回っている。だが、虫にしては、楕円形に歪みがない。光沢のある表面は、金属を思わせる。なにより、こんな大きな虫が、今の地上で生きていけるものだろうか。
 堀川は引き金を引いた。弾は、虫のすぐそばに地面に当たった。虫は驚いて逃げるどころか、堀川に向かってくる。
「堀川、どうした!?」
「妙な虫がいます。おそらく兵器です」
 二発目も外れた。素早く動く虫をしとめるのは、銃の使い方を教わったばかりの堀川では無理だ。しかしこれくらいの大きさならば、撃つよりも叩き潰す方が早い。
 向かってくる虫を蹴り飛ばした。思いの外あっけなく、それは飛んでいく。
「堀川?」
「ほかに怪しい動きをするものはありません。丹野さんは作業を続けて――」
 蹴り飛ばした虫は、すぐに堀川の視界の中に戻ってきた。地面のくぼみから姿を現したと思った瞬間、虫が何かを撃った。
 銃のような派手は発射音はなく、圧縮した空気が抜けるような音だと思った次の瞬間、堀川は右の太股に激痛を感じ、声を上げた。
「堀川!」
 ひざを突く堀川の腕を丹野が掴んだ。おかげで、倒れ込むのは免れる。しかし、激痛はやまない。あふれる血が、まだ新しい白い防護服を赤く染めていく。
 傷口を押さえてうめく間に、銃声が聞こえた。丹野が虫を狙ったのだろう。三発の銃声のあち、小さな爆発音が響く。
「堀川、大丈夫か」
「大丈夫……です……」
 しゃがんだ丹野が、堀川の傷口を見る。
「すぐ戻ろう」
「でも、メンテは」
「治療が先だ。それに、本体が来る前に早くこの場を離れた方がいい」
「本体?」
「さっきの奴は斥候だ。本体はもっとでかい。バグ・アームズは、小型のロボットを斥候として使い、索敵するんだ。俺たちは見つかってしまった」
 入局後の研修では、仕事に必要な様々な知識を叩き込まれた。殺戮兵器に関するものも、その中にあった。バグ・アームズは虫の形を模した兵器の総称だ。その生態までも模しているものもあるという。
 丹野は堀川の右に立ち、肩を貸してくれた。前に進もうとして足に力を入れると、それだけで右足に激痛が走る。左足だけで歩くしかなかった。
「慌てなくていい。落ち着け、堀川」
 撃たれたことで、堀川の防護服には穴が空いてしまった。防護服の下にはいつもの作業着を着ているが、穴からは汚染大気が侵入し、少しずつ肌を浸蝕していく。丹野の言うとおり慌てなくていいが、すぐに戻らなければならなかった。
 だが、数歩進んだところで、丹野が舌打ちをした。堀川に肩を貸したまま、片手で銃を構える。二人の行く手を阻むように現れたのは、斥候のバグ・アームズと似た形状の、大人よりも大きなそれだった。
 体は同じ楕円形。しかし、足が数え切れないほど多い。虫が得意といえない堀川は、無数の足が動く様に鳥肌が立った。
 間近で銃声がした。丹野が撃った弾を、巨大な虫の体ははじいてしまった。
「応援を呼べ!」
 丹野は本格的に応戦すべく、堀川から離れた。
 堀川は痛みをこらえ、防護服の左腕に装着されている端末を操作する。〈春時〉の空調整備局に繋がるや、相手の言葉を待たずに現状を伝えた。向こうが何か言ってくるが、銃声と通気口のファンの音にかき消されてうまく聞き取れない。ともかく、異常事態は伝わっただろう。
 端末では音声しか伝えられない。映像も転送できたらいいのに、と顔を上げた堀川は、目を丸くした。
 真っ赤な防護服に身を包む丹野が、光り輝いていた。手元が暗くなってもつけようとしなかったあのLEDライトがすべて点灯している。真っ白で透明な光の帯が、丹野の体の上を走っていた。
 バグ・アームズは、その光に吸い寄せられるように、丹野に向かっている。
 あの色とライトはもしかして――
 閃光と爆音が視界と耳を覆い尽くす。丹野が手榴弾を使ったらしい。銃以外の武器も携行していたとは。
「堀川!」
 丹野の叫ぶ声に顔を上げた堀川は、目を見開いた。すぐ近くに、あの巨大な虫がいた。足のいくつかはちぎれ、体の隙間からコードらしきものが飛び出ている。動きが多少ぎこちなくなっているものの、勢いは衰えなかった。
 銃を構える。胴体を狙ってもはじかれる。狙うならば装甲の隙間だ。踏ん張ろうにも、足に力は入らない。それどころか痛みが増すばかりだ。
 うまく照準が合わせられないまま、迫り来る虫に銃を放つ。足が焼けるように痛い。あのバグ・アームズにひと思いにやられたら、この痛みともおさらばできるだろうか。
 引き金を引く。しかし、何も起こらない。弾切れだ。しまったと思ったときには、虫が足の一本を振り上げていた。近くで見るそれの先端は鋭く、まるで槍のようだ。
 腹に、重い衝撃を感じた。

    ●

 最初に見えたのは、白い天井だった。見覚えがない。ここはどこだろうと頭を左右に振って、点滴や、ベッドの転落防止の柵が見えた。どうも病院らしい。
 瞬きを数度して、堀川は記憶を反芻した。バグ・アームズに襲われて、まずは太股を怪我した。その後、腹をやられたはずだ。堀川は、おそるおそる右手を動かした。
 動く。衝撃を感じた辺りをそっと触れると、ガーゼらしきものがある。
 起きあがろうと思ったが、やめた。少し腹に力を入れると、顔をしかめるくらいの痛みがあった。
 バグ・アームズに襲われた途中で記憶は途切れているが、助かったらしい。堀川はゆっくりと息を吐いた。ただ、それが安堵からのものなのかは、自分でも判然としなかった。
 扉の開く音がしたので、頭を入り口に向ける。
「堀川……目が、覚めたのか」
 てっきり看護師か医師と思ったから、堀川も目をしばたたかせた。丹野は、驚き、それからうれしそうな顔になっていた。
「丹野さん。ここは……それに、あのバグ・アームズは?」
「ああ、起きなくていい。寝てろ」
 ベッドの脇に来た丹野は、見舞い客用のパイプ椅子に腰を下ろした。
 私服の丹野を見るのは初めてだった。作業服は支給のものを着ているが、防護服は目にも鮮やかな赤を着ている男だ。私服は派手なのかもしれないと思っていたが、ベージュのシャツに濃い色のジーンズという、ラフで落ち着いた色合いだった。
「ここは〈春時〉の上層の病院だ。あのバグ・アームズは、俺と、応援に来た連中で破壊した。おまえは、五日、寝たまんまだったよ」
「そうでしたか」
 五日も寝ていたとは、信じられない。堀川にとって、バグ・アームズに襲われたのはついさっきのことのようだった。
「命に別状はないけど、意識が戻らないから心配したよ。よかった、目が覚めて」
 丹野が目を細める。本当に、よかったと思ってくれているようだった。
 堀川は、そんな丹野から目をそらして、天井を見つめた。本当によかったのだろうか、という疑問が湧いてくる。目が覚めないのなら、それでもよかったかもしれないのに。
「……堀川? どこか、痛いところでもあるのか?」
 丹野が首を傾げる。堀川の些細な変化にめざとく気付いたらしい。
「痛むところは特に。ただ、目が覚めてしまったのか、と」
「どういう意味だ」
「……このまま、眠ったままでもよかったかもしれないと、思ったんです。どうせ、わたしを待ってる人なんていないから」
 堀川は、丹野と反対の方向へ顔を向けた。
 最下層で生まれ育った堀川が、上層に来て空調整備局の外勤を希望した理由は、自分でも役に立てると思った、それだけではない。
 堀川にはきょうだいがいない。人付き合いが苦手で、友達といえる人もいなかった。それでも最下層にいたのは、清浄な空気があるからではなく、両親がいたからだ。
 堀川の両親は、元々は上層で暮らしていた。子供ができたのをきっかけに、空気がきれいな環境で生きてほしいと、最下層へ移住したのである。
 下の層へ移住するのは容易ではない。しかし、両親は苦労をして最下層の居住権を手に入れた。そうして堀川は、両親の希望通りに最下層で生まれ育ったが、本人が最下層育ちでも、両親がそうでないとなると、理不尽な偏見にさらされる。内向的で人付き合いが苦手な性格もあって、堀川は常に一人だった。そばにいるのは、両親だけ。子供の頃は気がつかなかったが、最下層で、両親は堀川以上に苦労しただろう。
 その両親が亡くなってしまったので、堀川が最下層にいる理由もなくなってしまった。両親がいたから堀川は最下層にいたのだ。両親が亡くなった今、いつまでも堀川を受け入れない最下層にいる意味は、何一つなかった。周囲の望み通り、最下層を出て上層へ行ってやろう。そんな気持ちで、空調整備局の門を叩いたのだ。
 唯一、堀川を気にしてくれた両親はもういない。友人はもとよりいない。ならば、いつでもこの世からいなくなってしまってよかった。どうせ、生きている意味も大して見いだせないのだ。
「俺は、待ってたぞ」
 丹野ははっきりと言った。思わず、堀川は彼に顔を向ける。
「堀川の目が覚めるのを待っていた。目が覚めて、もう一度話ができるのを待っていた。おまえが生きていてよかったと、俺は心底思ってる」
「丹野さん……」
「秋元も、心配してたぞ。ほかの連中も。みんな、堀川が戻ってくるのを待ってる」
 それは、気休めだったのかもしれない。いや、多分きっとそうだ。丹野は、一時的ではあるが堀川の上司で、研修中に重傷を負うような目に遭わせてしまった。その負い目があったに違いない。
 それでも、待っていた、というその一言は、堀川に深く突き刺さった。
 丹野は、伸ばした手を握ってくれた。ずいぶんと久しぶりに感じる誰かの体温は、堀川の涙腺をゆるませるのに十分だった。
 それから一ヶ月後、堀川は空調整備局に復帰した。入院していたので研修期間は一ヶ月長くなったが、以前と同じく丹野が指導することになった。
 丹野は相変わらず汚れが染み着いた作業服を着ていて、地上に出るときは真っ赤な防護服だった。LEDライトは点灯させないまま、日没後も作業をしていた。
 私服は、見舞いに来たときのように、地味なものが多かった。シャツが好き、というよりは、ほかの形状のものを選ぶのがどうも面倒らしいかった。しかし、派手な柄ものは好まず、無地か、うっすらと模様が入っているものを着ていた。シャツの色に合わせてズボンを選び、足下はたいていスニーカーだった。歩きやすいからこれが一番いい、というのが丹野の言い分だった。
 何もまとわない丹野は、意外なほどしまった体つきだった。丹野や堀川は技術屋だが、地上に出る以上、先日のように殺戮兵器と戦う場面もある。体を鍛えておくに越したことはない、と丹野はご自慢の筋肉を見せつけ、堀川に得意げに言った。
 待っていない人が誰もいないわけではない。そう思えるようになっていた。

    ●

 研修期間の終わりが近付き、堀川の配属先が正式に決まった。研修先だった丹野の班を外れ、藤原霧子が率いる外勤の班に配属となった。研修先にそのまま配属となる場合もあるというが、堀川と丹野の関係を考慮して、違う班に配属したのだろう。
 不満はなかった。プライベートは同じ時間を共有できるのだ。仕事の時ぐらい、別々の時間を過ごしてもいいだろう。
「初めまして。藤原霧子だ」
「堀川芽衣です。よろしくお願いします」
 新たな上司となる藤原は、丹野と同時期に入局したと聞いていた。少々厳しいところもあるが、仕事ぶりはまじめで熱心だと丹野から聞いていた。
 配属初日、藤原があれこれと説明をしてくれた。丹野の班とは、多少やり方が違うところもある。メモを取る堀川に、藤原が不意に言った。
「堀川は、丹野と付き合ってるんだってね」
「……ええ、まあ」
 隠しているわけではないが、大ぴらにしているわけでもなかった。社内恋愛が禁止されているわけでもないが、二人は自分たちの間柄について公言を避けていた。気恥ずかしかったせいもあるし、プライベートのことなのであえて公言することもないと思っていたのだ。
「わたしは丹野と同期で、あいつが何人かの女と付き合って別れるところを見てきたよ」
「……」
 丹野は三十三歳。それなりの遍歴があるだろうということは、堀川も承知していた。嫉妬が全くないわけではないが、丹野の年齢を考えれば仕方がない。
「丹野についていけないと言って、女の方から離れていったんだ」
「……ついていけない、というのは」
「あいつが地上に出るとき、どんな格好をしているか、堀川は知ってるだろう。丹野は、考えなしにあんな格好をしてるわけじゃない」
 語る藤原の口調は、堀川を諭すでもなく、責めるでもなく、淡々としていた。
「入局一年目に、同期二人が外勤中の敵襲で死んだ。それから五年の間に、さらに二人。わたしと丹野以外の同期は、今ではみんな内勤だ。丹野は、内勤にしてくれと言う親の頼みさえ振り切って、あんな格好で仕事をしてる。殺戮兵器が、自分を一番に標的と認識すればいい、と思って」
 灰色の地上で、丹野の真っ赤な防護服は遠くからでも目立つ。LEDライトを点灯すればなおさらだ。
「丹野にそんな危ないことはやめてくれと言って、でも聞き入れられずに、あいつと付き合ってた女は離れていったんだ」
「……わたしは、違います。赤い防護服を着ているのが、丹野さんです。そうではない彼を、わたしは知りません」
 これまで丹野と付き合った女は、きっと地上がどんな世界が、本当の意味ではわかっていなかったのだ。同期を失い、ほとんどの者がそこから去ってもなお、丹野が真っ赤な防護服を着て地上にとどまった心境を、堀川は理解できていると思った。そうすることで役に立てるのなら、やってやろうと思い、丹野は赤い防護服を着て地上へ赴いているのだ。
「――それなら、堀川がしっかりとつなぎ止めておきなよ」
 まるで懇願するような藤原の表情に、意表を突かれる。てっきり反対されているのだと思っていた。
「わかりました」
 堀川は頷いた。自分は、今までの女とはちがう。丹野をつなぎ止めておくことができる。根拠のない、自信があった。

    ●

 藤原の部下になっても、丹野との付き合いは変わらなかった。同じ外勤の班だが、担当している通気口が違うので、仕事終わりや休日は同じだった。役職のない堀川と違い、班を率いる丹野の方が断然忙しい。しかし、それは些細なことだった。仕事以外で共有する時間はますます増えていて、藤原の心配は杞憂だと思っていた。
 思っていたのだ。丹野は相変わらず真っ赤な防護服を着て地上へ出ていたけれど。
「丹野の班が襲撃を受けた」
 地上での仕事を終えて後片付けをしていた堀川の元に、藤原が息を切らして駆けてきた。
「……でも、丹野さんなら、大丈夫でしょう」
 バグ・アームズに襲われたときも、丹野は堀川を地下都市へ連れ帰った。今回だってきっと、同じ結末になる。
「丹野は、自分を囮にして敵を引きつけて、その間に仲間を逃がしたそうだ。無事に逃げられた仲間はみんな戻ってきたけど、丹野はまだ戻っていない。通信で呼びかけても、返答はない」
 堀川は、一度脱いだ防護服を着込み、マスクを手に取った。
「堀川。何をするつもりだ」
「助けに行きます。丹野さんは一人で戦ってるんですよね」
「上司として、それは許可できない。襲ってきたのは、不定形で様々な者に擬態できる分子機械の兵器だ。あいつは、殺戮兵器の中でもやっかいなものの一つだ。入局して一年もたたないひよっこの手に負える奴じゃない」
「丹野さんを見捨てるんですか」
「見捨てる訳ないだろう。装備や人員を整えてから、地上に向かう。ただし、堀川はその中にはいれられない」
「どうしてですか」
「まだひよっこだからだ。防護服を脱いで、事務所に戻れ。これは命令だ」
 有無をいわさぬ強い口調だった。堀川は渋々マスクを置き、防護服を脱いだ。

 藤原をはじめとする応援部隊が地上へ赴いたが、丹野も、襲撃してきた殺戮兵器も、見つからなかった。戦いながらどこかへ移動したのか、わずかな残骸が見つかっただけだった。殺戮兵器の破片と、丹野の赤い防護服の切れ端と、彼が装着していたマスク――。
 一ヶ月後、丹野新は殉職したとして事務処理が進められた。彼が使っていたデスクやロッカーは片づけられ、元から誰もいなかったかのように何もなくなった。
 葬儀も終わり、丹野が率いていた班は秋元が新たな班長となっていた。彼がいなくなっても、堀川たちは今まで通りの仕事を続けていた。こういうことは、空調整備局では珍しくないのだ。この先、堀川も何度も経験するのだろう。
 だけど、そんな経験の数は、少ない方がいいに決まっている。
「堀川、それ――」
 防護服を着た堀川を見て藤原が絶句したのは、丹野の葬儀から一週間後のことだった。入局して一年に満たない堀川の防護服は、藤原たちに比べればまだまだ白く、新しかった。新調する必要など、本来であれば、ない。
「思ったよりも鮮やかな色になったけど――似合いますか?」
 丹野が着ていたような、あるいはそれよりも鮮やかな赤い防護服を着て、堀川は藤原に笑いかけた。
「堀川……」
 丹野の元を去っていった女たちと自分は違う。堀川は、どこまでも彼について行く。真紅の防護服は、その証だ。
 藤原は、赤い防護服をとがめなかった。
 フードをかぶり、マスクを装着する。銃と弾を確認し、予備の吸収缶や弾薬の数も確かめる。メンテナンスに必要な工具類もしっかり持っている。
 LEDライトを張り付けるのは、間に合わなかった。だけど近い内に、それもつけるつもりだ。なんなら、丹野以上に派手にしてやろう。
「行きましょう、藤原さん」
 灰色の世界に、堀川は乗り込んだ。

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