第七話 厚みのある精鋭たち 02
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 深夜の追跡劇の果てに捕まえたシマリウス一号を連れ、俺たちは宿に戻った。夜中にぞろぞろと戻って宿の人に驚かれるのにも、すっかり慣れてしまった自分が悲しい。だがそんな悲しい自分とも、もうじきおさらばだ。
 部屋へ戻ると、俺は丸められたシマリウス一号の頭の部分だけを引き延ばした。紙製なのに丸められて窮屈だったのか、シマリウス一号が「やれやれ」と息をつく。
「シマリウス一号。俺はさっさと眠って明日に備えたいから単刀直入に訊くけど」
「エルトックどの。もう少し本音は遠回しに言った方が……」
 ヒエラがさりげなく突っ込む。
「とにかくだ、ユマはアルキマ山のどこにいるんだ。知ってるんだろ、教えてくれよ」
「ふふふ。わたくしが、主であるユマさまを売るようなやすい紙人形だとお思いですか、勇者どの」
 シマリウス一号の生殺与奪権は俺たちにあるといっても過言ではないのに、シマリウス一号は強気だった。
「でもおまえ、前にユマがアルキマ山の洞窟にいるって、訊いてもないのに口走ったよな」
「あ、あれは、その、記憶にございませんね」
 都合の悪いことは都合良く忘れることができるとは、どこかの政治家か、シマリウス一号。でもその言い方、絶対に覚えているだろう。
「嘘つくなよ。とにかく、正直にさっさとユマのいる場所を教えてくれればいいんだよ。ついでに案内してくれたらなおいい。だいたいな、迎えに来いと言ったのはユマの方なんだから、おまえもユマの手下なら主人の言ったことの責任を取れよ」
「うう。それでもわたくし、そうあっさり簡単に、ユマさまの居場所だけは口を滑らせるわけにはいかないのでございます」
 そうか。今までは口を滑らせていただけなのか。自覚しているなら、せめてその悪癖は直しておけよ。
「埒(らち)があかないわね」
 シルヴァナが少し不機嫌そうに言った。彼女は別室なのだが、シマリウス一号にユマの居場所を白状させるので、今は俺たちが泊まる部屋にいるのだ。いつもならもうとっくに眠っている時間だから、眠くて不機嫌なのかもしれない。
「強情な相手にはこっちも強く出ないと、いつまでたっても押し問答がつづくだけよ」
 そう言ってシルヴァナはヒエラの荷物をごそごそとあさり始めた。ヒエラが目の前にいるのに一言もないが、彼女のあまりにも堂々かつまるで当たり前といわんばかりの行動に、ヒエラも何をするつもりなのかとぽかんとして見ている。
「防水処理されてるそうだけど、そんなもの、わたしの手にかかれば簡単に無効にできるわよ。そしたら水に漬けてもいいし、火であぶってもいいわ」
 ヒエラの荷物の中からろうそくを見つけたシルヴァナは、それを片手に凄みのきいた笑みを浮かべる。ハッキリ言って、怖い。俺もヒエラもシマリウス一号、そしてティトーまでも言葉を失う中、シルヴァナは笑みを浮かべたまま続けた。
「なんなら、ティトーの餌にしたっていいのよ」
 それはいくらなんでも……。脅し文句としては効果的だけど、ティトーは犬なんだから紙は食べないだろう。
 ちらりとティトーを盗み見ると、嫌そうな顔をしていた。シマリウス一号はとっとと観念した方が、ティトーのためでもあるようだ。
「ま、待ってください。落ち着いてください。そんな野蛮なことをされたら、いくらこのわたくしでも生きてはおれません」
 とどめの一言がきいたのか、シマリウス一号が慌てた声で言った。
「そう。わたしたちをユマのいるところに案内してくれるわけね」
「もちろんでございます。ですからどうか、命だけは勘弁を」
「じゃあ、明日よろしく。わたし、もう寝るわ」
 シマリウス一号から明日の案内を取り付けたシルヴァナは、何事もなかったようにろうそくをヒエラの荷物に戻すと、さっさと自分の客室へと引き上げていった。ちなみに、ティトーは置いていかれている。
「……じゃー、俺たちも寝よっか」
「はあ、そうですね。でも、それ、どうします」
 ヒエラがシマリウス一号を指さした。確かに、どうにかしないとこのままじゃシマリウス一号に逃げられてしまう。そこで俺は、荷物の中に紐(ひも)かその代わりになるものがないか探した。
 予備の腰帯があったから、それをシマリウス一号に巻き付ける。すると今度は置き場所に困ったが、紙人形を回収した袋の中へ入れておくことにした。同類がたくさんいることだし、寂しくないだろう。
 シルヴァナに置いて行かれたティトーは、俺のベッドによじ登ると空いている場所に丸まった。そこで眠ることにしたらしい。シルヴァナを追いかけなくていいのか、ティトー。まあ、別に邪魔ではないからいいけど。
 灯りを消してベッドに潜り込んだ後、忍び泣く声が俺の耳に滑り込んできた。
「うう……怖かったよう、おっかなかったよう……」
 シマリウス一号がすすり泣いているらしい。ヒエラには聞こえていないのか、早くも寝息をたてている。
「……」
 シマリウス一号の忍び泣きは当分終わりそうにもなく、子守歌とするにはあまりにももの悲しい声だった。だけど俺は、いつかユマが俺の枕に魔法を駆けてしゃべらせていたことを思い出しながら、いつの間にか寝入っていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「いい? 嘘の道を教えていると分かったら、すぐに燃やすからね」
 翌日、山登りの準備を整えた俺たちは、アルキマ山の登山道にいた。
 シルヴァナがシマリウス一号に念を押していたが、昨夜シマリウス一号がすすり泣いたのを知っている俺としては、そんなシマリウス一号が少し不憫だ。
 そのシマリウス一号は、俺が持っている。腰帯は巻き付けたまま、昨夜と同じように顔だけを出した状態にしてある。シルヴァナに再度脅されてきっとまた怯えているんだろうけど、線だけの顔が表情豊かに動くことはなく、ぱっと見たところでは無表情だ。
「分かっていますよ……」
 シマリウス一号の声に覇気はない。そんなに怖かったのか。
「えーと、それで、どこに向かえばいいんだ」
「しばらくは道なりでございます」
 案内役のシマリウス一号を持つ俺が先頭になり、続いてティトー、シルヴァナ、しんがりをヒエラという順で登山道を登り始めた。
 季節はもうすっかり秋で、整備されている登山道沿いの木々は赤く色づき始めている。
 そういえば子供の頃、紅葉狩りに行こうと言ったユマに山に連れて行かれたことがあった。あの時はユマの操る空飛ぶ竹ぼうきにしがみついて、いずこかの山へ行ったんだっけ。どこだったのかよく覚えていないけど、ティエラからはずいぶん離れた山だったと思う。結構高い山で、着いてみたら思いの外寒く、家に帰ったら風邪を引いてしまった。俺が風邪を引いたと聞いてやって来たユマが「ごめんね」と言いながら差し出したのは、山で拾った赤い葉っぱだった。
 思えばあの頃のユマにはまだそんなかわいげがあったのに、どうして『魔王』なんてものになったんだか……。
 赤く色づいた葉を見て、俺はかつてのユマを懐かしく思い出していた。
「勇者どの。どうしたんですか、ぼけっとして。転びますよ」
 思い出に浸っていた俺に、シマリウス一号がささやく。壁に貼り付いて隠れていたヤツに、ぼけっとしているとか言われたくない。
「ああ、ほら。勇者どのがぼけぼけしているから、通り過ぎてしまったじゃないですか」
 シマリウス一号が非難めいた声で言う。その声に、全員が立ち止まった。まるで俺が悪いみたいな言い方をしたな、シマリウス一号。確かに、多少気を抜いて歩いていたことは認めるが、明らかに言い過ぎだろう、今のは。
「そこの道に入ってください」
 俺が密かにちょっとむっとしていることなど知らないシマリウス一号が言うが、登山道はずっと一本道で、脇道なんて見当たらなかった。
「どこだ? 道なんてないぞ」
「獣道でございますよ」
 言われてよくよく探してみると、それらしい道があった。登山道を大きく離れて、東へ向かって道は延びているようだ。
「登山道を離れて、遭難したりしませんか? それが狙いとか……」
 しんがりのヒエラが心配そうに、獣道を見る。そう疑うのはもっともといえばもっともだ。
「わたしたちが遭難しても、燃やすよ」
 シルヴァナがじろりとシマリウス一号を睨む。
「う、嘘なんてついておりません。本当にこちらの道なのでございます」
 睨まれたシマリウス一号がビクビクとした声で答えた。
 山登りの準備はしてきているし、魔女のシルヴァナは空を飛べるわけだから、万が一遭難したとしてもなんとかなるだろう。
「よし。それなら、行こう」
 俺が獣道に踏み込むと、ヒエラも大人しくあとに続いてついてきた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 獣道は山に添うように、しかし少しずつ頂の方へ向かって蛇行しながら伸びていた。登山道と違ってまともに整備された道ではないから、幅は狭いし下草が茂っているし地面はごつごつとしていて歩きづらい。頭上を覆う木の枝は登山道よりもずっと近くにあって、頭をかがめないといけないことはしょっちゅうだった。必然的に、先頭を歩く俺が邪魔な枝を折るなどして道を作ることになる。だから俺の意識は、ほとんど進行方向に集中していた。
「ちょっと」
 突然シルヴァナが鋭い声で言い、同時に俺の襟をつかんだ。俺は前に進もうとしていたのにシルヴァナに後ろから襟を強く引っ張られて、喉が少し詰まってしまった。
「なんだよ、いきなり」
 俺は眉間に皺を寄せて振り返り、当然の権利として抗議した。しかし、シルヴァナは俺の苦情を聞いている様子もなく、俺ではなくよその方を向いていた。その後ろにいるヒエラも、緊張した表情でシルヴァナと同じ方を見ている。もしかしてと思って足下にいるティトーを見ると、やっぱり二人と同じ方を見ていた。それで、俺もみんなが見ている方を見てみた。
 木と草が茂っているが、それ以外に特に変わった景色は見えない。
「……なにかいるわね」
 しかしシルヴァナたちは、じっと目を凝らしたままだった。
 俺にはなにがいるとも思えないけど、俺以外の誰もがなにかがいるの察しているようなので、なにかがいるに違いない。状況からすると、ユマの手下だろうか。
「どういうことだ、シマリウス一号」
「罠にはめるつもりだったんだな、紙人形め」
 俺とヒエラが、ほとんど同時に言っていた。なるほどそうか、道はこっちだと言いながら、罠を仕掛けている場所に案内していた可能性だってあるわけか。
「ふっ。いくら我らが主の敵(かたき)とはいえ、罠にはめて仕留めるなどという姑息な小細工を要する我らではないのですよ」
 かさりと草をかき分けて、木の陰からずずいと俺たちの前に姿を現したのは、今は筒状に丸められているシマリウス一号と大差ない形の紙人形だった。違うのは、シマリウス一号と素材の紙が違っていてちょっとだけぶ厚そうなところと、手に剣の形をした平べったい紙を持っている(というか貼り付けてある?)こと、それに胴体部分に『ジュドー十傑・その一』と書かれているとこくらいだった。自分でも言ってるし、ユマの手下に間違いない。
「助けに来てくれたのですか、ジュドー十傑!」
 仲間の登場は予期していないことだったのか、シマリウス一号が嬉しげな声を上げた。
 ジュドー十傑・その一とやらは「罠ではない」と言うし、シマリウス一号はこうして喜んでいるわけだが、俺にはそれらが演技なのか本気なのか分からなかった。けど、どっちでもいいような気もした。罠だろうと現れた新手は、結局のところ紙人形なんだし。
「哀れにも敵の手に落ちてしまった仲間を見捨てるのは、騎士の名折れ。案ずることはありませんよ、シマリウス一号。今すぐに助けてあげますから」
 騎士のつもりだったのか、ジュドー十傑・その一。そして俺たちはもうユマの目前まで来ているっていうのに、シマリウス一号の救出を優先するのは、敵ながらいいのかと思ってしまうんだが。
「勇者どの。わたしは魔王ユマさま直属の精鋭部隊ジュドー十傑の一人、ジュドー十傑・その一です。さあ、今すぐシマリウス一号を解放するのです」
 ジュドー十傑・その一の声音は紙が厚い分だけシマリウス一号より少し低いが、喋り方にはほとんど違いがなかった。ユマは、紙人形の群やシマリウス一号たちといい、手下たちの造形に手を抜きすぎなんじゃないんだろうか。しかも、いちいち自己紹介までするところまで同じだ。
「どうする?」
 厚みが多少増しているとはいえ相変わらず見た目に迫力のない紙人形の登場に、俺はどうしたものかとヒエラたちを見る。
「どうするもこうするも、せっかく捕まえた案内役を手放すわけにはいかないでしょ」
「そうですよ、エルトックどの。それに、新手とはいえアレも紙人形です。弱いですよ、きっと」
 シルヴァナは面倒くさそうに、ヒエラはやる気に満ちた声でそれぞれ応えてくれた。言っていることはどちらもこの場合真っ当となことだが、態度は対照的だ。
「ふっ。このわたしと対等に渡り合うことができるとお考えなのですか、勇者どの」
 俺たちの会話を聞いていたジュドー十傑・その一が、シマリウス一号よりも更に強気なことを言う。紙人形と対等に渡り合えなかったら、そんな俺自身が心配だ。
「シマリウス一号をあくまで解放するつもりがないというのなら、やるしかありませんね」
 俺は何も言ってもやってもいないのに、ジュドー十傑・その一は勝手に戦うつもりになっている。ちょっと待てよと俺が止める間もなく、威勢のいい掛け声と共にジュドー十傑・その一が俺に向かって突進してきた。やはり上半身は空気抵抗を受けてしなり(でもシマリウス一号ほどではない)、さらに低木に引っ掛かったりして、威勢が良かったわりに速くはない。山の中は、特大の紙人形が動き回るのには不向きのようだった。
「勇者どの、お覚悟!」
 右手に貼り付けてある剣に左手も添え、ジュドー十傑・その一がそれを振りおろす。そこそこ速さはあるが動きは単純なので、剣筋はあっさりと読める。攻撃力がそれ程あるとも思えなかったけど、紙とはいえ自分の体で受け止めるのはいやなので、俺はさっと避けた。ジュドー十傑・その一の剣は、俺がさっきまで立っていた位置の頭上に伸びていた枝を切り落とし、剣先が地面に突き刺さった。
「……え?」
 切り落とされた枝と地面にめり込む剣を見て、俺の口から思わず声が漏れていた。

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(C) Nagasaka Danpi 2006-2009