第七話 厚みのある精鋭たち 03
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 ジュドー十傑・その一が手に貼り付けていたのは、てっきり剣の形に切り抜いた紙だと思っていた。振りおろしてなにかにぶつかれば、剣の方が簡単に折れると思っていた。だけど実際は、折れるどころか逆に枝を切り落としていた。もしもあれを避けることなく体で受けていたら、俺の体は切断とまではいかずとも、血が出るくらいの怪我はしていただろう。
 ユマには昔からいろいろ散々な目に遭わされている。あいつの魔法で動き出した無生物に追いかけ回されたことなんか、両手で数え上げても足りないほどある。
 でも、それでもいつも、ユマは俺に危害を加えようとしたことはなかった。迷惑をかけなかったわけじゃないが、故意に怪我をさせようとしたことは、一度だってない。俺が怪我をしたことがないからこそ、母さんも(かなり)大目に見ていたのだろう。
 それなのに、ユマの手下であるジュドー十傑・その一は、殺傷能力のある『武器』を手にしている。よくよく見れば、それは紙ではなく薄い鉄板のようだった。
「さすがですね、勇者どの。この程度の攻撃は、通用しないということですか」
 ジュドー十傑・その一が剣を引く。あの剣が紙で出来ていれば、俺はきっとまた強気なことを言っているとつっこんでいただろう。でも材質が金属と分かってしまった今、とてもそんなことは言えなかった。
「なにがなんでも、シマリウス一号は返してもらいます」
 再び威勢のいい掛け声と共に、ジュドー十傑・その一が剣を振り上げる。振り上げられ、振りおろされる剣先を、俺はただ呆然と見ていた。
 ユマが俺を傷つけようとしていることが、どうしても信じられなかった。
「エルトックどの!」
 焦れた声でヒエラが叫び、俺を突き飛ばす。
「どうしたんですか、ぼうっとして! あれは、今までの紙人形と明らかに違いますよ!」
 ヒエラも、ジュドー十傑・その一が木の枝を切り落とすのを見て、そう思ったのだろう。いつもよりもずっと強ばった顔つきだが、俺がボケッとして突っ立っていたことに怒っているようでもあった。
「悪い……ちょっと、気が動転して」
 突き飛ばされて地面にしりもちをついた俺は、すぐに立ち上がろうとしたけど膝が震えて上手く力が入らなかった。それで、自分でも驚くほど動揺していることに気づいた。
 さんざん迷惑をかけられてきたけど、それでもなんだかんだで俺とユマの幼馴染み付き合いは続いてきた。俺は口では文句を言いながらもユマを邪険にしたことはなかったし、ユマも俺を害しようとはしなかった。それは、ユマが俺に呪いをかけて『魔王』を名乗ったあとも同じで、だから俺は今までと大して変わりがないと疑うこともなかった。なのに、ここへきて急変したのだ。平静でいられるわけがなかった。
「ふふ。シマリウス一号は確かに返していただきましたよ、勇者どの」
 ジュドー十傑・その一の勝ち誇った声に顔を上げると、左手には見覚えのある筒状のものが握られていた。シマリウス一号だ。ヒエラに突き飛ばされた時に、俺は手放してしまったらしい。
「では、さらばです!」
「あ、待て!」
 ジュドー十傑・その一はひらりと身を翻して逃げ出した。そのあとをティトーとヒエラが慌てて追いかけようとする。
「待ちなさい、あんたたち」
 それを、シルヴァナが止めた。
「しかし、主さま」
「案内役がいなくなるなら、このままあいつらを追いかけた方が……」
 ジュドー十傑・その一たちに後ろ髪を引かれるような思いで、惜しそうにティトーとヒエラが言う。
「逃げられたなら仕方ないわ。慌てて追いかけることなんてないわよ」
 案内役をなくして獣道に取り残されたのだから少しは慌てても良さそうなものだが、シルヴァナは微塵も焦っていないようだ。
「ティトー。シマリウス一号とジュドー十傑・その一のにおいは、ちゃんと覚えてるでしょう?」
「え。それは覚えてますけど、主さま……」
 なるほど、そうか。今度こそ、ティトーの鼻が役に立つというわけか。しかし、ティトーはあまり乗り気ではないようだ。
「自分はそんなことをするための犬では」
「仕込んだ芸の成果をいま発揮しないで、いつ発揮するつもりなのよ。いいから、さっさとにおいを辿りなさい」
 ティトーの鼻だけが頼りだから、命じるシルヴァナの声に容赦はない。有無を言わさぬ口調で命じられたティトーは気の毒なくらいしょんぼりと、地面のにおいをくんくんとかぎ始めた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 ティトーを先頭に、獣道ですらない道を歩いていく。今度はティトーの次がシルヴァナ、それから俺、ヒエラという順だ。
「エルトックどの。もしかして、さっきので怪我でもされたんですか」
 道なき道を行くから、視線が足下に落ちることもしょっちゅうなのだが、俺はほとんどうつむいて歩いていた。俺の後ろを行くヒエラには、それが気になっていたらしい。
「あ、いや。そんなことはないよ」
「そうですか? なんだか、元気がないみたいですけど」
「いや、ちょっと山登りに疲れたな~と思って。ほとんど山に登ったことなんてないから」
 ヒエラが心配そうな声で言うので、俺はことさら大きな声を出した。
「体力ないわね、勇者のくせに」
 前を行くシルヴァナがそう言うが、別に俺は好きで勇者になったわけでもやってるわけでもないから、そんなことを言われる筋合いはないと思うんだが。
 俺はいまだに、ジュドー十傑・その一が攻撃力のある武器を持って、俺に斬りかかってきたことの衝撃から抜け出せないでいる。しかし、ヒエラたちがそんなことを知る由もない。
 俺が『勇者』でユマが『魔王』なら、魔王の手下のジュドー十傑・その一が攻撃してくるのだって当たり前。そう思っているのだろう。そう思わなかった俺の方が、もしかしたらどうかしていたのかもしれない。
 だけど俺にとって、魔王を名乗ろうが紙人形を町中で徘徊させていようが、ユマはユマのままだったのだ。やっていることの迷惑度が増しているくらいにしか思っていなかった。
 ユマを見つけ出して連れて帰ればそれでいい。俺のそんな考えが甘かったのだろうか。
「エルトック。また新手が出たぞ!」
 先頭のティトーが立ち止まり、威嚇のうなり声をあげた。見ると、前方に白い人影――いや、紙人形がいた。大きさはシマリウス一号たちと同じだが、右手には細長い付属品がある。ということは、あれはジュドー十傑・その一だろうか。
 俺たちに存在を気づかれた(隠れてもいなかったから、待ち伏せていたのかもしれない)紙人形が、こちらに向かって歩いてくる。俺の体に緊張が走る。ジュドー十傑・その一なら、また俺に攻撃してくる。ユマにどんな考えがあるのか、あるいは考えの変化があったのか分からないけど、今までのように追いかけ回されたりあとをつけられたりするだけではすまないだろう。
 俺は拳をぐっと握った。これ以上、一人でうだうだ考えていても埒(らち)があかない。どうせユマのところにはあと少しで辿り着くのだ。それならば、ユマを見つけた時に、本人に直接訊けばいい。俺は、そう開き直ることにした。
「よくここまでやって来ましたね、勇者どの」
 胴体に書かれた文字がはっきり読み取れるほどに近付いてきた紙人形には、『ジュドー十傑・その二』と書かれていた。どうやらさっきのその一とは別個体らしいのだが、はっきり言って違いは書かれている文字だけだ。剣の形もそっくり同じである。ということは、攻撃力は枝を切り落とせるくらいということだ。
 開き直ったおかげでなんだかいつになくやる気に満ちてきた俺は、さっきジュドー十傑・その一が切り落とした枝より太く手頃な枝が落ちていないか、辺りを見回した。薄い鉄板でも、薄いだけに強度に限度があるだろう。俺は今まで武器を持ったこともないけど、木の枝くらいなら振り回せる。
「しかし、ユマさまの居城まであと少し。これ以上近付けさせるわけにはいかないのですよ」
 ジュドー十傑・その二は、やっぱり言わなくてもいいようなことを口にする。俺は、武器を持っていてもジュドー十傑たちの性格が攻撃的ではなく、むしろお節介なくらいお喋りなところに安心していた。いや、思い込むことで安心しようとしているのかもしれない。ジュドー十傑たちに攻撃させながらも攻撃的な性格にしなかったのは、やっぱりユマは俺を本気で害するつもりはないからなのだと。
「ヒエラ。ちょっと時間稼ぎをしてくれないか」
 適当な枝は手近なところになく、俺はヒエラにそう頼んだ。俺がそんなことを頼むのは初めてだったからヒエラは驚いた顔をしたが、すぐに神妙な顔で「はい」と言って、抜いているところを今まで一度も見たことのなかった剣に、手を伸ばした。
「シルヴァナさん。危ないから、下がっていてください」
 ティトーはシルヴァナとティトーの前に立つと、すらりと剣を抜いた。動作に淀みはない。小さな紙人形を怖がっても、ヒエラはさすが兵士なのだ。俺はそんなヒエラに感心しつつ、手頃な枝を探した。巻き込まれただけのヒエラに任せっぱなしというわけにはいかない。
「ふ。あなたがわたしの相手をするというのですか。いい度胸ですね」
 紙人形がそう言うことの方が、余程いい度胸をしているだろう。ジュドー十傑・その二の剣は振ればしなるほど薄っぺらだが、ヒエラの剣はれっきとした剣である。ジュドー十傑・その二なんて、文字通り一刀両断できる。いやちょっと待てよ。ということは、俺もさっさと枝を調達して参戦しないと、出る幕もないということか。
「ですが、あなたの相手をしている暇はないのですよ。わたしの狙いは、あくまでも勇者どのただ一人です。その手下どのは引っ込んでなさい」
 特大紙人形は、新手が登場するたび発言が強気になっていないだろうか。
「エルトックどのが狙いだというのなら、なおさら引っ込むなんて出来るわけないだろ」
 ヒエラはきっぱりと、そしてまともに言い返す。俺だったら、まともに相手をする気になれないかもしれないけど、その点ヒエラは自分の役目にどこまでも真面目だ。
「格好いいこと言うな、ヒエラ」
「黙ってなさい、ティトー」
 茶々を入れたティトーに、シルヴァナがぴしゃりと言う。
 俺は、周囲に手頃な枝がないから、諦めて手頃な枝を折ることにした。枝に手をかけている間に、ヒエラとジュドー十傑・その二がとうとう激突する。二つの雄叫びと、そのわりにはやや軽い金属音が山にこだまする。俺は折った枝を手にすると、戦いの場を振り返った。
 ヒエラが繰り出す剣を、ジュドー十傑・その二はまさにヒラリヒラリとかわしていた。時々ヒエラの剣を受け止めるが、ジュドー十傑・その二の剣は叩き折られるより前にへにょっとしなって、ヒエラの剣から受ける力を上手いこと逃がしていた。勝負にならないかと思っていたけど、案外そうでもないのかもしれない。
 枝を手にした俺は、ジュドー十傑・その二の背後に回って近付いていく。背後から襲いかかるのはちょっと卑怯な気もするけど、致し方ない。
「やああ!」
 ヒエラが剣を薙ぐ。
 ジュドー十傑・その二は、胴体部分を後ろに婉曲させてヒエラの斬撃を避ける。
 人間ならまず無理な逃げ方だが、背後に回り込んだ俺にとっては絶好の機会だった。俺は、手にした枝をジュドー十傑・その二に向かって思いきり突き出した。
 厚手の紙のわりに大した抵抗を感じることもなく、枝はジュドー十傑・その二の体を貫いた。貫かれたジュドー十傑・その二がぴたりと動きを止め、振り向き――いや、体をべろんと後ろにしならせて仰け反った。逆さまになった三本線の顔が、俺を見る。なんか、その振り向き方はイヤだ。
「勇者どの。あなたでしたか……」
 そう言ったジュドー十傑・その二の腕が、力無くと垂れ下がる。
「ユ……ユマさまのために生まれ、ユマさまのために尽くしてきましたが、……強者に敗れて死ぬのも、また……本、望……」
 最後の方は切れ切れに言い、ジュドー十傑・その二の体は突然支えをなくしたようにだらんとなった。
「まさか、倒せたのか?」
 俺が突き出した枝は、胴体(人間なら腰あたり?)をちょっと突き破ったくらいだ。しかし、その一撃がまるで致命傷だったかのように、ジュドー十傑・その二は動かなくなってしまった。
「エルトックどの。見事な攻撃ですよ!」
「え、そう?」
 ヒエラは嬉しげに言ったが、俺は、初めて紙人形の群を倒した(というのは語弊がある気もするが)時と同じような戸惑いを感じていた。ジュドー十傑・その二は強気なことを言っていたわりに、呆気ないというか。そりゃ見た目よりずっと強くても対処に困るが、それでもやっぱり弱すぎというか。
「まあとにかく倒したのであれば、先を急ぎましょ。ユマの居場所まで近いみたいなんだし」
 シルヴァナはこんな結果でも特に不満も不審も満足感もないようで、それよりユマのところへ向かう方が優先らしい。
「主さま。それはつまり……」
「当然、道案内をするのはあんたよ、ティトー」
 余程においを辿っていくのがいやなのか、ティトーはため息をついた。
 そして、三体目が姿を見せたのは、さっきと同じ順番で歩き始めてしばらく経った時だった。
「エルトック、また新手が!」
 今度はうつむき加減ではなくしっかり前を見て歩いていたから、俺もすぐに新手の登場に気が付いた。木の陰で待ち伏せしていたらしく、そこからすっと出てくるところをばっちりと目撃した。どうしてわざわざ隠れていたのに、自分から出てくるんだ。
「勇者どの。よくも、その二を倒してくれましたね」
 新手はジュドー十傑・その三と書かれていた。この調子では、次に出てくるのはその四だろうか。それにしても、今はもうシマリウス一号の尾行はないのに、どうして俺がジュドー十傑・その二を倒したことを知っているんだ。もしかして、どこかで盗み見ていたのか。それなら、加勢しに出てきても良さそうなもんだが、真相は知らなくてもいいから、とりあえず触れないでおこう。
「その二の無念な思いは、しかとこのわたしにも届いています。その二の仇、取らせていただきますよ、勇者どの」
 やっぱりどこかで見ていたらしい。仲間を助けなかったのにその仇を取ると言われるのは、確かに倒したのは俺だけど、ちょっと俺一人の責任にしすぎてないかと不満なんだが、もうこの際なんと言われてもいいというところまで、俺は開き直っている。どうせその四が現れても、似たようなことを言われるに違いない。
 さっき手に入れた枝はそのまま持っている。俺は、シルヴァナとティトーを下がらせた。ヒエラは、なにも言っていないのに俺の隣りに立った。俺を守るという役目を、あくまで遂行するらしい。
「ふ。やる気のようですね、勇者どの。しかし、その二のようにたやすく倒せると思うのは大間違いですよ」
 やっぱり言うことは強気なんだが、ジュドー十傑・その三の武器がその二より強力なものになっているとかそういうことは全然なく、やっぱり違いは文字だけだ。これで能力に差があるならば、むしろそのことに驚く。
「待て、エルトック」
 さらに前に出ようとした時、ティトーが俺の裾を引っ張った。
「なんだ、ティトー」
「あのジュドー十傑・その三を、新たな案内役にしたらどうだ? 自分がにおいを辿るより、ずっと確実――」
「ここまで来たら捕まえるより倒してティトーがにおいを辿る方が手っ取り早いから、却下よ。エルトック、気にしないでいいから続けて」
「はあ……」
 ティトーの提案は、シルヴァナにあっさりと速攻で却下された。確かにシルヴァナの言うとおりなんだが、なんだかすっかりシルヴァナが俺たちの間を仕切っていないだろうか。
「むむッ、なんと勇者どのは、わたしにユマさまのところまでの案内役をさせようと考えているのですか」
 ジュドー十傑・その三が驚いた声を上げる。しかし、案内役をさせようと考えたのは俺じゃなくてティトーだ。微妙に話をちゃんと聞いていなかったらしい。
「そんなことをさせられるのは、ジュドー十傑の名折れ。勇者どのには悪いですが、そんなおつもりならこれ以上ここにいるわけにはいきません」
 別に敵である俺に対して悪いとか思う必要もないし、ジュドー十傑・その三を案内役にする案はすぐに却下されたというのに、ジュドー十傑・その三は勝手に話を進めるとひらりと身を翻し、すたこら逃げ出した。敵前逃亡もいかがなもんだと思うんだが。
「しめた、エルトック。追うぞ!」
 敵前逃亡したジュドー十傑・その三の足は遅く、ティトーが真っ先に駆け出した。
「待て、ティトー」
 道案内をそんなにしたくないのか、ティトー。それはまあ別にこの際いいとして、小型犬のおまえが一匹でさっさと行ってしまったら、下草にあっさり隠れてしまって迷子になるぞ。
「エルトックどの、一人で行っては危険です!」
 とっさにティトーを追いかけだした俺を、ヒエラが追いかける。
「まったく、仕方ないわね」
 最後に、ため息をついてシルヴァナも追いかけてきた。
 道なき道を進むにしても、ジュドー十傑・その三の足は遅かった。しかし後をつけるからには適度な距離を保たなければならないから、追いつくわけにもいかない。俺たちはジュドー十傑・その三との距離を一定に保ちながら、追いかけていった。
 やがて、前方に急に開けた空間が見えてくる。ジュドー十傑・その三はそこに躍り出ると、少し速度を上げて走り始めた。追う俺たちも、速度を上げる。
 開けた先には岩肌があった。どうやら崖の下らしい。姿を隠してくれるようなものは何もなく、俺たちは足を止めた。崖沿いに走るジュドー十傑・その三の姿は丸見えだ。そのさらに向こうには、ぽっかりと岩肌に空いた穴が見える。洞穴だろうか。ユマはアルキマ山の洞窟にいるらしいけど、それはジュドー十傑・その三が目指しているらしいあの洞穴が、入り口になるのか。
「エルトック。においはあの穴まで続いているようだぞ」
 ティトーが鼻をひくひくと動かしている間に、ジュドー十傑・その三は洞穴の前に辿り着いていた。それから、ためらうことなく中へと消えていく。
「よし、行こう」
 中へ入ったジュドー十傑・その三の姿を見失わないために、今度は全力疾走だった。
 洞穴にたどり着くと、俺とヒエラでまず中を覗き込んだ。
「……」
 穴はまだまだ奥が深いらしく、光の届く範囲に突き当たりは見えない。しかし、一息ついているジュドー十傑・その三の姿はしっかりと見えていた。というか、光の届くぎりぎりの範囲で、ジュドー十傑・その三が一休みしていたのだ。尾行されてもまったくおかしくない状況で、そんなのんきにしていていいのか、ジュドー十傑・その三。
「ああ、勇者どの!? どうしてここが!」
 ジュドー十傑・その三ののんきさに呆れて眺めていたが、不意にジュドー十傑・その三が俺たちの存在に気付いて驚いていた。本気で言っているんだろうか、あいつは。もし本気だったらどうしよう。
 俺がそんなことを考えている間に、ジュドー十傑・その三は「勇者どのが来ましたよー」と緊急事態を告げながら、奥へと消えていった。なんだかもう、攻撃してきたくせに俺たちにどうぞ来てくださいと言わんばかりじゃないだろうか、ジュドー十傑たちは。
「エルトックどの。どうしますか」
 ヒエラも、俺と同じで多分ジュドー十傑・その三の行動に呆れていたのだろう。とうとう本拠地に辿り着いたという緊張した面持ちには、手下の呆れた行動に対する戸惑いが混じっている。
「においはこの奥にも続いているぞ」
「それなら、ユマもこの奥にいるわね」
 ジュドー十傑・その三が緊急事態を叫びながら奥へ走り去っていったわりに、なにかが出てくる様子は、今のところない。シルヴァナは覗き込むことなく、洞穴の正面に立っていた。
 この洞穴の奥に、ユマがいる。
 『世界を救わなければ死んでしまう』というわけの分からない呪いを俺にかけ、呪いを解くために自分が世界を危機に陥れればいいという、更にわけの分からないことを言い出して姿を消したユマが、この奥にいる。
 胸が熱くなるのとはまた違う、けれど上手く言葉にすることの出来ない感情が湧いてきた。
「――行こう」
 俺は、枝を握り締めると洞穴の中に踏み出した。

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(C) Nagasaka Danpi 2006-2009