第三章 王女と運び屋02
/ / 目次 / HOME /

 運び屋は、名前の通りものを運ぶのを生業にしてる連中である。荷物以外に人を運んでくれる者もいて、乗り合い馬車が通っていない場所へ行くときなどに便利だ。一度に大量の荷物を運ぶ大規模な業者から、個人的な荷物を運ぶ個人でやっている業者まで、運び屋の規模は様々だ。
「運び屋の方に、私たちを運んでもらうというわけですね」
「ああ。ただし、運んでもらうのはイフェリカだけだ」
 え、とイフェリカが目を丸くする。
「荷物に紛れ込ませて、な」
 人を運ぶ場合、荷馬車に乗せてもらうのが普通だ。だが、イフェリカをその方法で運んでは意味がない。窮屈になるだろうが、荷物に紛れ込んでもらう。
「ハルダーはどうするのですか?」
「俺は運び屋の護衛という形でついて行くよ」
 いざというときのため、動きやすいようにしておきたい。
 泊まる宿を決めてから、宿の主に、運び屋がたくさん集まっている通りを教えてもらった。
 昼下がりで、行き交う人の数が多い。その中には、巡回する兵士の姿もあった。数人固まって、周囲を見回しながら歩いている。ヴェンレイディールが近くなっているためだろう。イフェリカを捜すためだけに巡回しているのではない。戦の期間は短くリューアティンが勝利を収めたが、一国がなくなったのだ。ヴェンレイディールを出る者も少なからずいるだろう。戦が終わり、失業した傭兵もうろうろしている。人が増えれば、その分厄介ごとも増える。
 イフェリカは頭巾を深くかぶり、うつむき加減に歩いていた。街中に兵士の姿があるから、警戒するなという方が無理だ。
「普通にしておけば大丈夫だ」
「そうでしょうか」
「ずっとうつむいている方が怪しまれる」
 やがて、教えられた通りにさしかかった。
 荷物を満載にした馬車、空っぽのままどこかへ向かう馬車など、他の場所よりも荷馬車が目につく。馬の背に荷物を載せて行く者もいる。道の両側にそびえる建物の軒先には、運び屋であることを示す、荷馬車を描いた看板がいくつもあった。店舗を構えず、空の荷馬車を停めて客を待っているのは、個人でやっている運び屋だ。
「運んでもらいたいものがあるんだが」
 そのうちの一人に声をかける。荷台の上であくびをしていた三十代くらいの男が、客が来たと顔を輝かせる。
「はいはい。どこまで何を運びましょうか?」
「ヴェンレイディールまで――」
 この子を、とハルダーの背中に隠れるようにしているイフェリカを指したところで、ハルダーは言葉を切った。運び屋の男が、あからさまに顔をしかめたからだ。
「ヴェンレイディールには行かないよ。悪いが、ほかを当たってくれ」
 これ以上は取り合う気もないらしく、男は犬でも追い払うように手を振った。ハルダーは小さくため息をつき、そばにいた別の運び屋に顔を向ける。
「悪いが、うちもヴェンレイディールには行かねえよ」
 やりとりにもならないやりとりが聞こえていたのか、ハルダーが声をかける前に、先ほどの男より年上の運び屋はぴしゃりと言った。
「……この辺りの運び屋は、リューアティン国内でしか商売をしていないのか?」
「そんなこたねえけどよ、戦が終わったばっかりで物騒なんだよ。ヴェンレイディールに繋がる街道じゃ、傭兵崩れの盗賊が出る。運び屋は狙われやすい。俺らみたいな個人業者は特に」
「俺も傭兵だ。護衛はする。それでもだめか?」
「物資を運ぶリューアティン兵も襲われたことがあるんだよ。兄ちゃん一人じゃ、とてもじゃねえが安心できねえ」
 その後、何人も当たったが、皆同じような答えだった。
 個人ではなく、複数人でやっている運び屋に頼むか。しかし、イフェリカと接触する人間は最小限に抑えておきたい。人を運ぶと言っても、荷物に紛れ込ませてだと言えば、訳ありの客だと判断される。そこをなんとかと頼み倒して運んでもらったとしても、そのうちの誰かの口から漏れないとは限らない。それに、食堂でのように、イフェリカの正体に気づくかもしれない。一人ならなんとかなるが、それ以上となると、口封じも難しくなる。
 もっとも、個人業者の場合、ヴェンレイディールに行ってもいいという者が見つかったとしても、訳ありと知れば断られるかもしれないのだが。
 通りを見渡したときに運び屋の姿はたくさんあったから、最初の一人二人に断られても、承諾してくれる運び屋はすぐに見つかるだろうと思っていた。
「なかなか見つかりませんね」
「……そうだな」
 通りの端で、道端に無造作に置かれていた木箱に二人して腰掛けていた。
 十人以上に声をかけたが、そろいもそろって断られた。こうなってくると、引き受けてくれる運び屋が見つかるのかという不安が胸をよぎる。
 いざとなったら、荷馬車を借りてハルダーが運び屋に扮するしかない。しかし、そうなると金がかかる。イフェリカの示した十分すぎる報酬を考えれば大した出費ではないから、いっそそうした方が早いのではないだろうか。馬に荷馬車と、かさばって小回りが利かなくなるが、ヴェンレイディールに入ったところで売ってしまえばいい。
「ヴェンレイディールまで荷物を運びたいってのは、あんたたちか?」
 三十前後の、イフェリカより少し背が高い、ハルダーと比べると頭一つ分は小さい男だった。帽子をかぶり、袖無しの上着を着ている。男の隣には、二番目に声をかけた運び屋の男もいた。
「……そうだが、あんたは?」
「俺はディサド・バノルド。運び屋だよ。ヴェンレイディールに送りたい物があるなら、俺が運ぶぜ」
「馬も荷車もないようだが」
 ディサドは手ぶらで、近くにはそれらしいものが何もない。これでは、本人が言う通りに運び屋なのかどうかわからなかった。
「兄ちゃん。ディサドはちゃんとした運び屋だ。街のギルドにも登録してる」
「荷馬車は家だ。ここから少し離れたところにあるよ」
「この辺りでヴェンレイディールまで行くのは、大手以外じゃディサドだけだ。だから、呼んできたんだよ」
 二番目に声をかけた男は、一人目と違って、断りはしたもののいろいろと教えてくれた。どうやら少々世話焼きなところがあるらしい。
「俺は今日は休みだったからな。客が取られちゃまずいと、急いで俺だけ来たわけだ。それで、運ぶ荷物はどれだい?」
「その前に、疑うようで悪いが商売道具を見せてくれ。頼むのかどうかはそれからだ」
「疑り深いな」
 男が肩をすくめるが、ディサドは気にしていない様子だ。
「いいよ、こっちだ」
 ディサドがついてこい、と合図する。男は、本当に運び屋だから大丈夫だよ、と念を押して去っていった。残されたハルダーとイフェリカは一度顔を見合わせ、二人がついてこないことに気づいて立ち止まっているディサドを追いかけた。
 大きな通りを二つ横切り、にぎわいから遠ざかっていく。道の左右に並ぶ建物同士の間隔が広くなり、間には畑があるところが多い。
 その一角に、ディサドの家もあった。母屋の向こうに、小さいながら厩舎がある。ちゃんと馬がいた。母屋の横には、馬が繋がれていない荷馬車もあった。よく見れば、玄関の扉の横には運び屋の看板がある。
「これで信じてくれるかい」
「ああ。確かに運び屋のようだな」
「運び屋と嘘ついてどうするんだよ」
 ディサドがおかしそうに笑う。
「それで、運ぶ荷物はどれだい? あんたも、家に置いてきてるのか?」
「……立ち話もなんだから、家に入ってからでいいか?」
 と、ハルダーはディサドの家を指す。ディサドは一度瞬きをして、それからまた破顔した。
「普通は俺の台詞だろう、それ。まあ、いいさ。むさ苦しい我が家だけど、どうぞ」

 玄関を入ってすぐのところに机と長椅子が二脚あった。一度に机に向かえるのは四人だけのようだ。ほかには、部屋の隅に長持ちが一つ。別の隅には囲炉裏があって、自在鉤に吊された鍋が火にかけられている。囲炉裏のそばの簡素な棚に、大きさの違う鍋ややかんなどの調理器具類が収納されていた。目に見える範囲の家具はそれで全部である。二面の壁にそれぞれ扉があった。外観からすると、一つは寝室、一つは勝手口だろう。
 ディサドに勧められ、ハルダーとイフェリカは長椅子に隣り合って座る。ディサドは出かけるときに閉じたのであろう窓を開け放ってから、二人の向かいに腰を下ろした。
「何のお構いもできなくて悪いな。客が家の中まで来るなんて滅多にないもんだから」
「無理を言ってすまなかった」
「で、立ち話じゃすまないような荷物なのかい、運んでほしいものは」
 訳ありのもの、曰くつきのものを、これまでにも何度も運んだことがあるのだろう。察しが早くて助かる。
「運ぶ前も運んだあとも、決して口外しないと誓えるか」
「もちろん。確実に届けて、お客の秘密は守る。そうでないと、個人の運び屋はやってけないよ」
「――運んでほしいのは、この子だ」
 家の中に入っても、イフェリカは頭巾をかぶったままだった。ディサドと目を合わさないよう、顔を伏せていた。
「その子? なんだ、それくらいお安いご用だよ」
 ディサドはもっと別の、見るからに危なっかしいものを想像していたのだろう。
「乗り合い馬車代わりになってくれ、と言っているわけじゃないんだ。この子を荷物の中に紛れ込ませて、ヴェンレイディールまで運んでほしい」
 ハルダーの切迫した声音に、ディサドが表情を変える。
「街に出入りするとき、この子を衛兵の目から隠したいんだ」
 ここまで言ってしまえば、相当の訳ありだと思うだろう。ディサドがそれで断るなら、仕方がない。
「……その子は俺が運んで、あんたはどうするんだい?」
「俺は運ばなくていい。自分の足でついて行く。盗賊が出るというし、護衛としてな」
 沈黙が訪れる。囲炉裏で火のはぜるかすかな音が聞こえた。ディサドは黙りこくり、真剣な顔つきになる。
「――盗賊が出たときは、俺も守ってくれるんだよな?」
 黙っていた時間はさほど長くなかった。再び口を開いたときの彼は、笑みを浮かべていた。
「努力する。引き受けてくれるんだな?」
「いいよ。お困りのようだしね。でも、努力するんじゃなくて、確実に守るって言ってほしかったな」
 ディサドの顔は笑っていた。つられるように、ハルダーも小さく苦笑いをする。
「出発はいつなんだい」
「明日にでも」
「わかった。料金だけど――」
 ヴェンレイディールまでの日数と、荷物や人の数で料金が決まる。荷物の中に紛れ込ませてくれとは言ったが、イフェリカは荷物ではないので一人分の料金だ。厄介ごとに巻き込むので、手間賃を上乗せして支払うことにした。ディサドは上乗せの額に驚いたが、口止め料も含まれているので受け取らせた。
「ほかにヴェンレイディールまで運ぶ荷物がないから、何か適当に用意しとくよ。明日の朝、またここへ来てくれ」
「ああ。あんたが引き受けてくれて助かったよ」
「ディサドでいいよ。あんたたちの名前をまだ聞いてなかったな」
「俺は、ハルダー・サルトバクト。それからこの子は――」
 本名を教えてていいか、一瞬迷った。しかし、イフェリカは偽名を名乗ることを頑なに拒んでいた。偽名を教えても、いずればれてしまいそうだ。
「イフェリカだ」
「女の子? ずっと男だと思ってたよ」
 家に入ってもイフェリカはずっと頭巾をかぶっていて、一言もしゃべっていなかった。黙っていて顔を見せなければ、男と通用するようだ。悪いね、と謝るディサドに、いいえと小さな声を返していた。


/ / 目次 / HOME /
(C) Nagasaka Danpi 2017