10. 魔物退治
/ / 目次 / HOME /

「ちょっと待てよ、おっさん」
 こぢんまりとした室内に、ライの不満そうな声が響いた。部屋の奥で事務仕事をしていたほかの職員が、その声に顔を上げる。
「ジャリウサギをだ、十五匹も退治したってのに、これっぽっちの報酬しか出さないつもりかよ」
 ライとセドがいるのは、カーナンの市役所の片隅にある魔物対策課だ。退治した魔物を持っていけば、魔滅士でなくても報酬がもらえる。だが、そのもらえる報酬の額が、問題だった。
「カーナン周辺は魔物が多いから、どうしても余所に比べて報奨金が安くなってしまうんです。ご了承ください」
 ライの剣幕にも怖じ気づかず、職員は事務的な口調である。ライの怒声に顔を上げた職員も、大したことはないと判断したのか、再び視線を机上に落として仕事の続きに戻っている。どうやら、こうやって報酬が少ないと不満を言う者は少なくないようだ。
「じゃあ、報酬の高い魔物ってのは、どんなのだ。リストはないのか?」
「こちらをどうぞ」
 そう言って、机の上に置いてある小さな書類入れから、数枚が一部として綴じられた書類を取り出す。ライはそれを受け取る。魔物の名前と、その報奨金額がずらりと書いてある。一枚目のトップには、妙に軽快な書体で『報奨金リスト』と書いてある。ぱらぱらとめくっていき辿り着いた最後の一枚には、魔物退治をする時の注意事項が書かれているが、どうにも初心者向けといった感じの内容である。魔物が多いカーナンで、手軽に魔物退治をして小銭稼ぎをしようという初心者の魔滅士、あるいは素人向けに、大量に印刷されたのだろう。実に安っぽい紙である。
「本当に安いな……」
 魔物の種類は多く、中には手強い魔物もいるが、その報奨金も、通常より安い。これでは、手当たり次第に魔物を退治していくだけでは、期日までに金貨三十枚を稼ぐのは骨が折れそうである。役所までいちいち運ぶ手間も考えると、報奨金が少しでも高額な魔物を狙う方が、早く目標金額に到達できそうである。


「くそ、次から次へと!」
 運が良かったのか悪かったのか、二人はオルフの巣に入り込んでしまった。
 オルフは尾のないオオカミの様な魔物である。大きさもオオカミと同じようなもので、集団生活を好む魔物である。当然、その巣に入ってしまったら、オルフの集団と遭遇する事になる。その上、この時期の巣には、まだ子供のオルフもいた。そのせいで、大人のオルフたちは余計に荒々しく二人に襲いかかってきた。
 二人は互いに背中を向けて付かず離れずの距離を保っていた。オルフは次々と襲いかかってくるが、こうすれば、少なくとも背後から襲われることはない。襲いかかってくるオルフはライたちの剣の餌食となり、その骸を重ねていく。
 肩で息をするようになった頃、ようやくオルフたちを一掃することが出来た。子供のオルフは残っていたが、まだ幼いオルフは臆病で、二人に襲いかかってくるようなことはなく、巣穴の隅っこに集まっていた。魔滅士であれば、子供でも魔物はすべて始末するのだろうが、ライたちは傭兵である。必要以上のことはしない。
 大人のオルフの右の前足を切り落としていく。オオカミよりも大きな爪が、足がオルフのものであることの証である。それを革袋に投げ込むように詰めていく。退治したオルフの数は多かったので、一頭一頭から足を切り落とすだけでも一仕事だ。オルフの足をすべて切り落としてしまえば、退治した数を水増しできそうなものだが、あいにくそれはできない。魔物対策課の職員は、持ち込まれた魔物の体の一部がどこの部分であるかを、的確に判断する。たとえオルフの左前足や後ろ足を持ち込んだところで、職員に見破られ、報奨金は出してもらえない。よほど珍しい魔物でもない限り、魔物の切り落とす部位は指定されているので、その部位を持っていかないと退治したと認められないのである。
「やれやれ。骨の折れる仕事だ」
 倒したオルフすべての右足をようやく切り落とし、ライは刃についた血糊を祓い落とした。
「そろそろ一度、研ぎに出した方が良いなぁ」
 わずかだが、刃こぼれがある。あれだけ肉を断ち、骨を断ったのだから仕方ない。この仕事が終わったら、鍛冶屋へ持って行くのが良さそうである。なにせ大切な商売道具である。
「カーナンに腕のいい鍛冶屋、いるかな」
「いるだろう。あそこは魔滅士や傭兵が多い街だからな」
「バークンデーゲンから報酬を受け取ったら、今度は鍛冶屋へ駆け込むぜ」
 依頼主のバークンデーゲンが提示した報酬は、この前の護衛の仕事よりも高かった。その上、雌雄のアーリーヴィンガを捕らえれば、倍に跳ね上がるのだから力が入る。この前は、報酬のほとんどを酒代に使ってしまい鍛冶屋へ行くことが出来なかったが、今度は鍛冶屋へ行ってもまだおつりが来るから、鍛冶屋へ先に行っても酒は飲める。
「ライ。おまえ、この前も同じことを言っていたぞ」
「そうだっけ?」
「……今度こそ、まず最初に鍛冶屋へ行くことを祈るよ」
 セドが軽く溜息をつく。
 ライは軽く肩をすくめ、オルフの巣を出た。辺りを見回すが、この付近は見通しがあまり良くない。カーナンから歩いて二日、草原の端の方で、カーナンから遠くに望むキルロ山脈の麓である。予定ではもう少しカーナンに近いところで魔物を退治する予定だったのだが、魔物を追い求めているうちに、こんな所まで来てしまった。
「このあたりだろ、アーリーヴィンガが棲んでるのは」
 ライに続いて巣穴を出てきたセドが言った。
「へえ。岩山に棲んでるのか?」
 背後の山は、切り立った岩山で、所々にしか植物が生えていない。植物以外の生き物がいるようには見えない。
「ああ。こういう切り立った崖の横穴とかに、巣を作るんだ」
 そういって、セドが適当に山を指す。下からは巣穴があるのか、いやそもそも、横穴があるのかすら分からない。分からないが、セドは魔物に詳しい。そのセドが言うのだから、間違いないのだろう。このオルフの巣穴も、セドの言葉にしたがって見つけたのだ。
「ただ、人が上れるような場所にはないからな。アーリーヴィンガの巣穴に辿り着くのは難しい」
「まあ、これだけ切り立ってたらな」
 山はなだらかに麓から続いているのではなく、突然地面から岩山が突き出ていて、ほぼ垂直に切り立っていると言っていい。表面には凹凸がたくさんあるので、それをとっかかりによじ登れないことはないのだろうが、相当の技術と体力がいるだろうし、登っている途中でアーリーヴィンガに襲われたらひとたまりもない。
「でも、それじゃあどうやってアーリーヴィンガを捕まえるんだ?」
「下におびき寄せるしかない」
「どうやって」
「アーリーヴィンガは光り物を好む性質がある。キラキラ光る物をこれ見よがしに置いていると、引き寄せられるようにやってくる」
「カラスみたいな魔物だな……だが、鏡とかガラスを置いてれば寄ってくるってことだな?」
「まあ、そういうことだな」
「おびき寄せる方法は簡単なわりに、最近はあまり見ないんだろう? なんでだ?」
「殺すつもりが、逆にやられているんだろう。奴らも、いつまでも狩られているばかりじゃないってことだ」
「なるほど。目撃者が死んでれば、そりゃあ見かけた奴は少なくなるな。しかし、だとしたら厄介だな。敵は手強いぞ、セド」
「俺は最初からそう言っていただろう」
 セドがふくらんだ革袋を担いだ。ずっしりと重そうである。
「一度カーナンへ戻ろう」 
 革袋は二つある。ライも担いでいたが、それもやはり、ふくらんでいる。もう少し余裕はあるが、カーナンまでの距離と、腐敗具合を考えるとここらが潮時である。一度カーナンへ戻り、報奨金を受け取らなければならない。
「賛成だ」
 担ぎ方がいまいちしっくりこなかったので、ライは担ぎなおした。
 高い音が聞こえたのはその時である。
 吹き抜ける風の音とは明らかに違う。歌うような音色である。獣の声とは思えなかったが、まさかこんな所で歌を奏でる歌い手がいるとも思えない。
「なんの声だ?」
 ライはさっぱり分からず、きょろきょろと見回した。その間も、高く低く、本当に歌うような音色が響き渡る。ただ、音色は音だけで、歌詞らしきものは全くないから、やはり人ではないのだろう。
「アーリーヴィンガかもしれない」
 セドが切り立った岩山を見上げた。
「魔物がこの声を出してるってのか?」
 いくらセドが魔物に詳しいと言っても、ライにはにわかに信じられなかった。ライがこれまで見た魔物は、どれも獣と変わらぬ声で威嚇し、唸り、吠えた。さっき倒したオルフもそうである。
 こんな、聞き惚れるような美しい声を出す魔物と遭遇したことはない。
「アーリーヴィンガはこの声で獲物をおびき寄せるんだ。人も魔物も、惑わされるという。長く聞き過ぎると危険かもしれない」
 セドはそう言って、ポケットから取り出した布をちぎって丸め、耳に詰める。
「セド。生け捕りは無理でも、退治すればかなりの報奨金を貰えるんじゃないのか?」
 アーリーヴィンガは数が減少したゆえに、遭遇することはまれな魔物である。しかし、アーリーヴィンガ自体の危険度は高いので、設定されている報奨金は高く、また、その美しい羽毛を売ればかなりの金になる。
「一稼ぎするにはもってこいのチャンスか。――だが、まだ姿が見えない」
「なに、そのうち奴の方から姿を現すだろ」
 ライはセドから受け取った布を、同じようにちぎって耳に詰めた。革袋はひとまず地面に置き、剣を抜く。
「ライ。剣に光を当てるんだ」
 耳に詰め物をしたからといって、完全に音が遮断されるわけではない。大声で話せば、近くにいるセドの声は聞こえるし、アーリーヴィンガの声らしき音は聞こえにくくなる程度である。
 二人は陽の当たるところに出て、剣をかざしているうちに、岩山から滑空してくる影が現れた。
「やはり……」
 隣でセドが呟く。巨大な鳥の姿をしたそれの羽毛は、陽光を様々な色に変えて反射していた。確かに、美しい。
 アーリーヴィンガだ。二人をめがけて滑空してきている。歌うような鳴き声が、耳栓越しに徐々に大きくなっていく。
「いいね。獲物の大きさとしては十分だ」
 自分を鼓舞する意味も込めて、ライは不敵に笑った。


/ / 目次 / HOME /
(C) Nagasaka Danpi 2006