09. 稀な依頼
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「仕事?」
 レインシナートが魔石を買い取ってもらう店は、いつも同じ、ここイルクセンの道具屋である。付き合いは八年くらいになる。いつもはレインシナートが持ち込んだ魔石を買い取ってもらうだけだが、時たまイルクセンから仕事を持ちかけられることがあった。
「そうじゃ。実は、とある道具を作るために魔石がいるんじゃが、それがこの店になくてのぉ。レインちゃんに魔石を研磨して欲しいんじゃよ」
 魔力を取り出して結晶化することを、研磨師たちは『研磨する』と言う。その魔石研磨の仕事を、イルクセンはたまに持ちかけてくるのだ。
「ふーん。久しぶりじゃない。何級の魔石がいるの?」
「お姉ちゃん。引き受けるの?」
「どっちみち、魔物退治はするわけだしね。それに、イルクセンのじいさんに頼まれて研磨した魔石の方が、同じ級でも高く買い取ってくれるしね。何級の魔石がいるの?」
「ま、謝礼を入れておるからの。――実は、一級魔石が三個欲しいんじゃよ」
 イルクセンは年老いた手を広げる。
「一級を三個ぉ?」
 レインシナートとサリミナの姉妹は、揃って素っ頓狂な声を上げた。一級魔石は、相当強い魔力の固まりで、経験の浅い研磨師では扱うことすら出来ない。研磨師として経験を積んでいるレインシナートは、一級魔石を研磨したことは何度もあるが、かなりの重労働だった。
「何を作るのに、一級魔石が三個もいるのよ」
「ワシじゃなくて、他のお客のために作る道具じゃよ。詳しいことは言えんが、引き受けてくれんかのぉ? うんと高く買い取るぞ」
「んー……」
 一級魔石を研磨するには、かなり強い魔物を倒すか、何体もの魔物を倒して、一つの魔石にどんどん魔力を貯め、一級に相当する魔石を研磨するかしかない。前者は危険度が高く、後者は手間がかかる。そんな一級魔石を三個も研磨するとなると、相当な労力がいることになる。その分、見返りも多そうではあるが。
「それ、どれくらいで研磨すればいいの? 期間は?」
「お姉ちゃん、引き受けるの?」
 サリミナが目を丸くする。サリミナは研磨師ではないが、レインシナートの仕事を傍らで見ているので、それがどういうことかは彼女もよく分かっている。
「話を全部聞いてからね」
「十八日間じゃ」
「十八日か……」
 レインシナートも少しは自分の腕に覚えがある。それだけの期間でならば、一級魔石を三個研磨することは出来なくもない。サリミナは魔滅士であるが、まだ若いながら、ある程度強い魔物でも仕留めることが出来る――姉としての欲目を抜きにしても。
「いくらで買い取ってくれるの?」
「一個につき金で六じゃ。それに謝礼も金で二、つけるぞ」
 一級魔石の買い取り価格としては妥当な値段である。謝礼込みで、合計二十枚。二ヶ月は魔物退治をしなくても姉妹で暮らしていけるだけの額だ。
「……いいわ。引き受ける」
 リスクはあるが、その分見返りも大きい。
「おお、さすがレインちゃん。よろしく頼むぞ」
「その代わり、その魔石、いつもより高く買ってよ? そのお金で装備を揃えないと、とても一級を三個なんて無理だから」
「さすがレインちゃん。しっかり者じゃのぉ……」

  *  *  *  *  *

 魔石を買い取ってもらったお金で装備を調えたレインシナートとサリミナは、そのまま魔物退治の準備の取りかかった。いつもは日帰りで魔物退治をするのだが、それでは遭遇する魔物は限られてくる。街のすぐ外にいる魔物は小物が多く、魔力もあまり持っていない。効率よく魔石研磨をしようと思ったら、遠出をする方が早い。魔力の強い魔物は、街から離れたところに多いのだ。しかし、街から離れるので日帰りで行くことは出来ない。魔物が多く生息する草原の真ん中で、野宿をするのだ。当然、危険も多いので、入念な準備が必要となってくる。それらを一通り揃えたら、魔石を売ったお金は殆ど残らなかった。しかし、一級魔石を三個研磨すれば、その先にはレインシナートたちが、一度に手に入れたことのないような報酬が待っている。
 イルクセンから仕事を受けた翌日、荷物を抱えて姉妹は魔物退治へと出かけた。
「おいおい。今回はずいぶん重装備で行くんだな」
 いつもの北門にやって来ると、オズワルズが驚いた顔で出迎えた。
「今回は泊まりで行くんです」
「しばらく帰ってこないから」
「野宿するのか? 危なくないか?」
 オズワルズが心底心配そうな顔で近寄ってくる。
「安全とは言えないけど、対策はしていくから」
「でもなぁ……なんだってまた、急に野宿で魔物退治なんて。いつも日帰りじゃないか」
「今回は特別よ」
「十分気を付けてくれよ」
「ありがと」
「オズワルズさん、行ってきます」
「ああ、サリミナも気を付けて」
 心配そうなオズワルズに見送られ、二人は街を出た。
 荷物は最小限に抑えたが、それでもいつもよりずっと多い。荷物運び用に馬を借りたかったのだが、お金が足りず、それは諦めた。
「お姉ちゃん。本当に、あと十七日で一級魔石を三個も研磨出来る?」
 オズワルズにはいつもの元気のいい笑顔を見せていたサリミナだが、北門を出て、草原に足を踏み入れたところで、心配そうな顔をレインシナートに向けた。
 サリミナが、レインシナートの研磨師としての腕を疑っているわけではないだろう。レインシナートが自分を過大評価して、イルクセンの依頼を引き受けたわけではないことも分かっているだろう。それでも、さすがに一級魔石を三個も研磨するとあって、心配なのだろう。十七日という期間で一級魔石三個というのは、正直ギリギリいっぱいなので、サリミナが心配するのは無理もないことだった。
「大丈夫よ」
 レインシナートは安心させるような、力強い声でサリミナに言った。
「お姉ちゃんを信じてないわけじゃないけど……でも、この仕事、無理して引き受けることもなかったんじゃない?」
「そうかもね。でも……」
 この仕事を引き受けたのには理由があった。金貨二十枚の報酬。姉妹で数ヶ月暮らせるだけの金額であるが、レインシナートはそれを生活費に使うつもりはなかった。
 サリミナが魔滅士になり、レインシナートの仕事を手伝うようになってもう三年が経つ。だが、サリミナと同じ年頃で働いている者は、少なくはないが多くもなかった。十七歳くらいまでは、学校に通っている者の方が多いのである。レインシナートも、十五歳までは学校に行っていた。だが、サリミナは十三で学校を辞めたのだ。二人で相談をした上でのことではあったが、レインシナートは今でも、それを悔やんでいる。
 サリミナは魔法を使って魔物退治をする、いわゆる魔術士でもある。普通の学校で学べるようなものではない。サリミナは、ほとんど独学で魔法を使っているのだ。つまり、それだけ才能があると言うことである。正規の教育を受ければ、今とは比べものにならないほどの魔法が使えるようになるだろう。魔導師として、魔法の研究者になる道も開かれる。
 サリミナは口に出さないが、どうも魔導師になりたい節があるのだ。イルクセンから時折、魔法の専門書を借りて読み耽っているし、彼に魔法についてあれこれ尋ねていたりもする。
 そんな姿を見るにつけ、妹の希望を叶えてやれない自分が情けなかった。だが、金貨で二十枚あれば、魔導師の養成学校への入学金と一年分の授業料が払える。初年度は授業料以外に入学金もいるため、今までどうにもならなかったが、一年分の授業料はレインシナートが働けばなんとか工面できる金額である。入ることさえできれば、何とかなるのだ。
 サリミナを学校へ行かせたい。そのために、レインシナートはこの仕事を引き受けることにしたのだ。
「お姉ちゃん?」
 急に黙りこくったレインシナートの顔を、サリミナが不思議そうにのぞき込む。
「なんでもない、大丈夫よ。ちゃーんと一級を三個持って、イルクセンのじいさんから報酬を受け取れるわよ」
 学校云々の話を、今サリミナにするわけにはいかない。サリミナのことだから、気にするなと言うに決まっている。イルクセンに魔石を買い取ってもらってから、この話はしよう。
 レインシナートは、一人胸中でそう決めて、魔物を求めて草原の中を突き進んで行った。


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