08. 魔石鑑定
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「こんにちは~」
 古い扉の開く軋んだ音に続き、明るい少女の声が誰もいない店内によく響いた。
「おお。サリミナちゃん、いらっしゃい」
 店の奥にあるカウンターの中にいた老人は、読んでいた本から顔を上げた。すっかり馴染みとなっているだけに、店主の声には親しみがこもっている。訪ねてきた孫を出迎える祖父のようである。いや、実際に、レインシナートたちには祖父と言ってもいいほど、親しく付き合っている間柄である。
 主に魔物退治に使う道具を製作・販売している小さな道具屋の店主であるこの老人、イルクセンは、いつ訪ねても、カウンターで本を読んでいる。レインシナートたちが訪ねた時に、彼がお客の相手をしているところを見かけたことはほとんどない。
「こんにちは」
 サリミナに続き、レインシナートも店に入る。今日も、店内にはお客がいなかった。自分たち以外のお客を見かけることは本当に稀で、閑古鳥が鳴きそうなこの状況で、よく生計が立てられていると感心してしまう。それとも、レインシナートたちが訪れる時は、信じられないほどの偶然続きで、客足がたまたま途絶えているだけなのだろうか。
「レインちゃんもいらっしゃい。今日も、魔石を持ってきたのかい?」 
 レインシナートのいらぬ心配など知る由もないイルクセンは、本をカウンターの端に置いて、カウンターの奥からイスを二脚引っ張り出した。カウンターの中のイルクセンと向かい合う位置に、椅子を置く。姉妹は軽く会釈してイスに座った。サリミナがイルクセンに向かって右に、レインシナートが左に座る。いつもの定位置である。
 二人が椅子に座るところを確認するまでもなく、イルクセンはカウンターの奥へ消えた。店内からは見えないが、奥には流しがある。お茶を沸かして煎れるための小さなものだ。常連のお客には、イルクセンがお茶を出してくれるのだ。ヨウ、という短く細長い草を乾燥させて粉にして煎れるお茶で、カーナン一帯では一般的なお茶である。ほんのり甘い中に、うっすらと苦みが混じっている。
「最近、しょっちゅう魔物退治に出かけとるのう」
「今は活動が活発だから、稼ぎ時だし」
 魔物が多く出没すれば、それだけ退治をする機会は増える。それはそのまま、収入が増えることを意味するわけだが、凶暴な魔物の活動も活発になっているので、死傷者が増える時期でもあった。だが、やはり稼ぐにはいい時期だけに、草原へ魔物退治に繰り出す魔滅士たちは多い。
「わしも儲け時だのう。毎日客が来るわい」
 イルクセンが笑う。レインシナートたちが見かけないだけで、お客は来ているようである。当たり前の話だが、あんまりにも見かけないとついつい疑ってしまうものだ。
「それなら、いつもより高く買い取ってくれるかしら」
 イルクセンが二人のために用意したお茶を見ながら、レインシナートは小さな布製の袋をカウンターに置いた。ジャラッという小さな音がする。
「さっそく本題に入るのかね。もう少しゆっくりしてからでもいいじゃろうに」
 イルクセンはお茶とお茶請けの載せて持ってきたお盆を、袋の横に置く。
「ゆっくりしたいのは山々だけど、他にも行くところがあるのよ」
「おや、つれないのぉ」
 そう言うわりに、それほど寂しそうには見えない。
「装備を買い直さないといけないの。色々と、限界が来ちゃって」
 サリミナが、姉の言葉を補足する。主に防具だが、このところ頻繁に魔物退治に出かけていたせいか、がたが来てしまった物がいくつかある。もう少し使えないこともないが、いざというときに使い物にならなくなると困るので、今回買い直そうということになったのだ。
「だから、高く買ってちょうだいね」
「さて。それは持ってきたもの次第じゃな」
 イルクセンはイスに座り、レインシナートが持ってきた布袋の中身を、横に置いてあったお盆に出した。濃淡様々な青いガラス玉が転がり出る。
「さすがレインちゃん。相変わらず、腕がいい」
 イルクセンは満足そうに、ガラス玉をひとつ一つ手に取って見る。
「そうやって褒める割に、いつも買い叩かれるのよね」
「なんの。ワシだってこんなちっぽけな店で食っていかないといかんのじゃ。いつも精一杯の値段で買い取ってるんじゃよ」
「同情をひこうとしたってダメだからね。それより、これ、二級魔石じゃない?」
 レインシナートは、殆ど色の付いていないガラス玉――魔石を指さした。魔石は、階級が上がるほど色が薄くなる。逆に、階級が下がると青い。
「うーむ……」
 イルクセンはレインシナートが指し示した魔石を手に取り、眼鏡を外して間近に見た。それから、今度はカウンターの下から、標本でも並んでいそうな平べったい箱を取り出した。しかし、箱の中に並んでいるのは昆虫の標本ではなく、小瓶である。小瓶は横一列に綺麗にはめ込まれており、その中には青色の液体が入っている。液体は、右端は真っ青な色で左隣の瓶ほど、色の薄い液体が入っている。いちばん左端の小瓶の中身は、透明な液体だ。これは、魔石の階級を判断するのに使う、鑑定板――正式には、魔石階級鑑定板という――だ。魔石の階級を付ける基準は統一されていて、この鑑定板に基づいて階級が付けられている。
「いや、三級じゃな、これは。もう少し透明なら、間違いなく二級になるがね」
 魔石の色と、鑑定板とを比較しながら、イルクセンは最終的に三級とした。それから、二級の小瓶を指さす。魔石の色と比べると、二級の小瓶の中身の方が、確かに色は薄いように見える。しかし、人によっては二級と判断してもおかしくないくらいの微妙さだ。
「おまけして二級でもいいじゃない」
 売る側としては、当然三級よりは二級である方がありがたい。しかし、イルクセンは首を横に振った。
「いやいや。レインちゃんの今後のためにも、これは三級としておくぞ。――これは、元はどの魔物から取り出したんじゃ?」 
「それはオルフよ」
 オルフは、オオカミとよく似ている魔物であるが、見分けるのは簡単である。オルフには尾がない。また、オオカミよりも大きな爪を持っているが、オルフを見慣れていない者が足だけを見ても、オオカミとの違いは分からないだろう。
「ほう。オルフから三級魔石を取り出したのかい」
 魔物が魔物といわれる理由は一つしかない。魔力を持っているからである。
 レインシナートは、魔物が持つ魔力を取り出し、結晶化することのできる技能者である。レインシナートのように、魔物から魔力を結晶化し、魔石として取り出すことができる技能者を、魔石研磨師、あるいは単に研磨師という。研磨師たちは、倒した魔物から特殊な魔法で魔力を取り出すのだが、魔物が持つ魔力をすべて、余すことなく取り出せるかどうかは、研磨師の腕にかかっている。駆け出しの頃のレインシナートは、オルフから六級――下手をすれば八級程度の魔石としてしか取り出すことが出来なかったが、最近では高い階級の魔石を取り出せるようになった。それでも、オルフから三級魔石を取り出せたのはこれが初めてである。
「腕を上げたのぉ、レインちゃん」
「まだまだよ。オルフは潜在的に魔力が強いと言われているから、一級魔石くらいの魔力は持っているはずよ」
「向上心があって結構――そんなレインちゃんに、こんな仕事はどうじゃ?」


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