07. 道楽な依頼
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 カーナンはきれいに区画整理された街で、通りはどれも直角に交差し、一区画の大きさはどこも同じである。奇数番の通りは東西、偶数番の通りは南北に貫いている。カーナンの中心に近くなるほど番号は小さくなり、一桁台の通りには官公庁や大規模な店舗が多く建ち並ぶ。十番台の通りから住宅が多くなり、番号の小さい通りほど、裕福な人々が住んでいるので、一区画でひとつの屋敷、という所も多い。
 依頼人となる交易商、バークンデーゲンの屋敷も、そんな高級住宅街の一区画にあった。
 紹介状を持ってバークンデーゲンの屋敷を訪れた二人は、ずいぶんと豪奢な造りの応接間に通された。
「こりゃ、今まででいちばんの上客だな、セド」
 二人をここまで案内した執事が、バークンデーゲンを呼びに行っている間、部屋に全く気後れすることなくくつろぐライは、二日酔いもすっかり良くなったのか、上機嫌である。
 依頼書に書かれていた報酬はかなりの額であったが、この部屋の造りを見れば、それくらいの金をぽんと出せるのにも頷ける。
 天井からぶら下がるシャンデリアは、重みで落ちてくるのではないかと訝るほど巨大である。その天井には、騎士がドラゴン退治をする様子を題材とした巨大な絵が描かれている。部屋の四隅にはそれぞれ、大人の背丈ほどもある壺が置いてある。壺の善し悪しなどセドには分からないが、眼が痛くなるほど細かい紋様が描かれている上にあの大きさであるから、安いはずはないだろう。二人が腰掛けているソファの布地は驚くほど滑らかで、肘置きには職人が意匠を凝らした彫刻で飾られている。いや、彫刻が肘置きだと言った方がいいか。そのほか、テーブルにしろ敷物にしろ、壁に掛かる絵だの剥製だの、どれもこれも、これまでセドたちとは一度も縁を持ったこともなく、これからも縁を持つことなどないであろう品々ばかりである。しかし、どれもこれも豪華すぎるから、逆にありがたみを感じなかった。
「金になる仕事はたいがい厄介だ。浮かれてばかりはいられないぞ」
 報酬の額と危険度は正比例の関係にある。自分を危険にさらせば晒すほど、高い報酬を得られるのだが、危険であるから報酬を得られない可能性も、ついでに高くなる。
「魔物を捕まえればいいんだろ」
「大枚をはたくんだ。普通の魔物じゃないだろう」
 浮かれているライをたしなめるように、セドが言う。
「まー、そりゃそうだろうが、分からないうちから慎重になってもしょうがないだろ」
 ライがソファーに座ってのけぞっていると、扉をたたく音がした。
「君たちが、ギルドの紹介で来た傭兵だね?」
 執事に扉を開けさせて入ってきたのは、依頼人となるバークンデーゲンだ。想像していたよりも若い、三十前後といったところだ。中肉中背で、これといった特徴のない外見である。彼の父が一代で財を成した、いわゆる成金であるが、一見するとそれは感じない。しかし、指にバカでかい宝石の付いた指輪をはめ、手首にはおそらく純金のブレスレットと、これまた宝石をちりばめたブレスレットをはめている。左腕の装飾品だけで結構な重量がありそうである。あれで、「実は腕力を鍛えているんだよ」と言ったら失笑しつつも感心するが、あれは純粋に身を飾りたいだけだろう。あるいは、財力を見せびらかしたいだけか。どちらにせよ、装飾品の趣味は成金のようだ。
「初めまして。ライズヴァルロ・ワイトロスです」
「セドです」
 二人は立ち上がり、バークンデーゲンに軽く会釈する。
「わたしがアダマイル・バークンデーゲンだ。ああ、座ってもらって結構」
 バークンデーゲンは二人の正面のソファーに腰を下ろすと、座るよう手で合図をする。
「ふむ。思ったよりも若いね。二人は、傭兵歴はどのくらいあるのかい?」
 背後に控えている執事から紹介状を受け取ったバークンデーゲンは、それを一瞥してから執事に返した。
「俺は八年で、セドは――」
「十年です」
「ほうほう。二人とも若いが、意外と経験は長いわけかい。うんうん。それで、魔物を退治したことは?」
「あります」
 昨日も、カーナンに到着する直前に一匹退治している。
「なるほど。結構結構。捕獲をしたことはあるかな?」
「いえ。それは……魔物は通常、退治するものですから」
 魔物が常に人を襲うわけではないが、襲うことが多く、人間にとって危険な生き物であるから退治しているのだ。しかも、気性の荒いものが多いので、捕獲をして飼い慣らすのは難しい。
「うんうん。そうだろう。だからこそ、捕らえるのがいいのだよ」
 バークンデーゲンは目を輝かせて語り始めた。
「いかに魔物とはいえ、中には見目美しいものもいる。そんなものまで、君、退治してしまうのは惜しいと思わないかい? 生きたまま観賞したくならないかい? なるだろう? わたしはね、そんな美しい魔物を集めて観賞するのが趣味なのだ。おっと、もちろん、公言しないでくれたまえよ。商売上、問題があるからね――それはともかく、君たちにはわたしの新たなコレクションとなる魔物を捕まえてきてほしいのだよ。生きて、傷つけずに、ここへ、秘密裏に持ってきてほしい。できるかい? もちろん、できるだろうね」
 捲し立てるように一気に喋り倒したバークンデーゲンを、ライとセドは、営業用の顔で見ていた。ここで、あからさまに嫌な顔や不満な顔を見せるわけにはいかない。まだ、報酬の話をしていないのだ。
 それにしても、バークンデーゲンの趣味の悪さは、装飾品にとどまらないらしい。魔物を剥製にして観賞している好事家のために魔物を捕まえたことはあるが、いずれ剥製にするため、なるべく傷付けずに退治しただけで、生け捕ったわけではない。生きたまま観賞しているという話は聞いたこともない。魔物は生きていると人間にとって危険だから、退治しているのだ。
「……一度依頼を受けたからには、できないとは言いませんが、それでも、捕まえる魔物によっては、この依頼を辞退することもあります」
 生きた魔物を飼うなど、まともな人間のすることではないとは思うが、傭兵にそんな依頼人の都合は関係ない。金になるなら、依頼を受けるだけだ。
「なに。そんなに難しい魔物ではないよ。聞いたことはないかね。アーリーヴィンガという魔物だ。それを、生け捕りしてくればいい」
 ライの心中など知ってか知らずか、バークンデーゲンは新しいコレクションが増える喜びから、嬉々とした顔でそう言った。

  *  *  *  *  *

「厄介な依頼だな」
 バークンデーゲンの屋敷を後にしてから、セドが口を開いた。
「厄介? 鳥を捕まえればいいだけだろ」
「確かにそうだが、アーリーヴィンガはそう簡単には捕まらないぞ」
「そうなのか?」
 ライはアーリーヴィンガという名前すら聞いたことがなかったので、セドが簡単な解説をしてくれた。
 アーリーヴィンガは、大きなくちばしに大きな翼、長い尾を持ち、鳴き声は魔物とは思えないほど美しいらしい。更に、羽毛は光の加減で色が変わって見えるため、『七色鳥』という別名もあるという。雄と雌で体の大きさに大差はないが、雄には黄金色のとさかがあるので一目で分かるそうだ。
 バークンデーゲンは、その雄が――できれば雌も――欲しいと言っていた。美しい魔物を観賞するのが好きだというのだから、美しい羽毛と鳴き声を持つというアーリーヴィンガに興味を持ってもおかしくはない。しかし、アーリーヴィンガの成獣は十歳くらいの子供の大きさで、翼を広げると更に大きくなるという。カーナン周辺にしか生息していない魔物で、昔は比較的多かったのだが、その美しい羽毛目当てに乱獲され、現在の生息数はかつてよりずっと少ないということだ。魔物が多く出没すると言われているカーナン周辺域でも、アーリーヴィンガに遭遇することはまれらしい。
 簡単に、と言いながらも詳しく解説をしたセドは、最後に小さく溜息をついた。
「しかも三十日間の期日付だ。報酬はいいが、やはり厄介なことに違いはない」
「今更依頼を辞退するのか、セド」
「いや、それはない。ないが、ただ、厄介だと」
「ま、確かにな。いい趣味してるぜ、あの男。あの広い屋敷に、他にも魔物がいるんだろう。金持ちの考えることは分からねぇな」
「ああ。俺たちには縁のないことだ」
 話しながら、二人はとある通りに辿り着いていた。
「この店でいいか、セド」
「ああ」
 二人が辿り着いたのは、カーナンの端に近い四十四番通りである。四十番台前半の通りには、傭兵や魔滅士向けの武器屋や防具屋、道具屋が軒を連ねている。
 四十四番通りの端に近い場所を、小さな道具屋が陣取っていた。軒先にぶら下がる看板は年季の入ったもので、店名は掠れかかっていたが、『イルクセン魔法道具屋』という名前が一応読み取れた。
 魔物を退治するなら、今持っている剣だけでも何とかなるが、生け捕りとなると話は別だ。剣だけでは、生け捕ることはできない。二人は捕獲の道具を求めて、適当な道具屋を探していたのだ。
「いらっしゃい」
 こぢんまりした店の奥にカウンターがあり、その向こうに白髪頭の老人がいた。彼が、ここイルクセン魔法道具屋の主人・イルクセンだろう。カウンターの更に奥には、作業場らしきスペースがある。道具を売るだけでなく、どうやら製作もしているらしい。
「じいさん。魔物を捕まえる道具ってのはあるか?」
「退治する道具なら、ほれ。その右の棚にあるぞ」
 商売っけがあまりないのか、カウンターの中の店主の視線は手元の本に落ちたままである。言い方もぞんざいだ。
「退治するんじゃないんだ。捕獲したいんだよ」
 一応右の棚を見るが、どれも退治するための道具ばかりだ。
「変な奴らじゃな。捕まえて飼うつもりか?」
 店主が、ようやく本から顔を上げ、客であるライたちを見た。
「そんなとこだよ。そういう道具、あるかい?」
「あるわけなかろう。魔物なんぞ、捕まえてどうするんじゃ」
「やっぱり……それじゃあ、作れないか?」
「作れんこともないが、捕まえたい魔物によってどんな道具がいいか考えないといかんし、時間がかかるぞ」
 店主は開いていた本を閉じ、カウンターの端に置いた。どうやら、作る気はあるらしい。
「そうだな……セド、どれくらい時間があれば、捕まえられる?」
「十日だ。それ以下では、難しいだろうな」
「よし、じいさん。二十日で作ってくれ」
 ライは人差し指と中指を突き立てて、店主に示す。
「待て、おぬしら。どんな魔物を捕まえるのか言わないと、作れるかどうかも分からないと言っておろう」
「アーリーヴィンガだよ」
「なんじゃ。羽毛目当てか? 生け捕らんでもいいだろう」
「じいさん。作れるのか? 作れないのか?」
「作れるとも。アーリーヴィンガなら、網で良かろう」
「網? そんなモンでいいのか? 魚を獲るわけじゃないんだぜ、じいさん」
 網と聞いたライは、投網する要領で鳥を捕まえる図しか思い付かない。そんな簡単に、巨大な鳥が捕まえられるのだろうか。
「ただの網じゃないぞ。魔法のかかった縄で編んだ網じゃ。ただ、かなり強い魔法をかけんと、アーリーヴィンガは逃げてしまうからの。まず、魔石を用意しないといかん」
「それはあるのか?」
「うーむ。用意はできるが、一級魔石を三個といったとこか」
「一級を三個? ずいぶん高くなりそうじゃないか」
 魔力の結晶である魔石は、秘められた魔力の強さによって階級が付けられており、その級数が小さいほど、魔石が持つ魔力は強いとされる。当然、級の小さい魔石ほど希少価値が高くなり、値段も高くなる。
「おぬしらが、アーリーヴィンガを捕まえて飼うわけではなかろう。傭兵じゃろ、おぬしら」
「まあな」
 ライたちの格好を見れば、魔物退治を生業とする魔滅士か傭兵のどちらかであることはすぐに分かる。魔滅士ではなく、傭兵だと店主が見抜いたのは、彼の勘か長年の経験だろう。
「で、じいさん。その捕獲網は、結局いくらになるんだ?」 
「そうじゃな……」
 おいた店主は、計算尺やノートやらを見ながら、メモ用紙に計算を書き付ける。
「ざっと、金で三十くらいかの」
 金貨で三十枚、ということである。この国で流通している硬貨の中で、最も価値の高いのが金貨である。
「なっ……いくらなんでも、高すぎないか?」
 店主がはじき出した数字に、ライだけでなく、いつもは無表情に近いセドまでもが、驚いた顔を見せた。金貨で三十枚というと、二人が昨日までしていた護衛の報酬の、軽く一,五倍はいく値段である。
「一級魔石を三個。その上、アーリーヴィンガを生け捕る網じゃ。それくらいして当然。どうせ、経費は依頼主にもらうのじゃろ?」
 店主はびた一文まけないという顔である。
「まあ、確かにそうだけどな……あの依頼人なら、それくらいの金、たいしたことないだろうけどな」
「ライ。経費は後払いだ」
 バークンデーゲンは、経費はすべて払うと言っていたが、それは領収書をもらってからとのことだった。ケチな男である。なんにでも先立つものは必要なのだから、少しくらい前払いしてもいいだろうに。
「言っておくが、ワシは現金と引き替えでないと、品物は渡さぬ主義じゃ」
「じいさん。品物くれてから十日も待てば、金三十、耳をそろえて払うぞ」
「常連ならともかく、初来店のおぬしらにそんなことできるか」
「信用してくれよ。傭兵は信用第一なんだぜ」
「ダメじゃ。二十日後、きっちり払ってもらうぞ」
 値段をまけないのと同様、店主がその主義を一時的でも変えてくれそうな気配はない。
「……分かった。二十日後、金で三十払うから、製作はよろしく頼む」
 これ以上店主に交渉しても平行線をたどるばかりのようなので、こちらが折れるしかなかった。
 任せておけと、胸をたたく店主に見送られ、二人は小さな道具屋を後にした。その足取りは、店に入った時よりも重い。
「二十日で金を三十、稼ぐのか……」
 ライは大きなため息をついた。二十日でそれだけ稼ぐのは容易ではない。先日までしていた護衛の仕事は、六日という期間だった。それでも、金で十八枚。一人あたりでは九枚になる。一日あたり金で一枚以上だったので、普通の護衛よりは割のいい仕事だった。
 同じような仕事を二十日もやれば、金貨三十枚を稼ぐことは簡単だが、あれだけ割のいい護衛の仕事はそうそう簡単には見つからないし、移動してカーナンを離れてしまうわけにもいかない。
 何より、傭兵がひとつの依頼を抱えているのに他の依頼を受けるわけにはいかない。傭兵は掛け持ちの仕事はしないという、暗黙の了解があるのだ。他の依頼を受けて稼ぐことはできなかった。
「取るべき手段はひとつ……か」
 魔物退治である。金貨三十枚分の魔物を倒しまくるしかない。二十日しかないので、一日も休むことなく魔物退治をするしかないだろう。大物を狙うという手もあるが、それで怪我をしてアーリーヴィンガを捕獲できなくなっては本末転倒である。小物を退治して稼ぐしかなかった。
「幸か不幸か、カーナン周辺域は魔物が多い。魔滅士の真似事をするしかないな」
「やれやれ、魔物退治は久しぶりだなぁ」
 ライは空を振り仰いだ。護衛中、小物の魔物に遭遇することはあったが、たまにである。カーナンを目前にして退治したユバツのような大きさの魔物に遭遇したのは、あの時一度だけである。余談ではあるが、あの護衛の仕事は、魔物の多い地域を移動したにしては、幸運なほど魔物に遭遇しなかった旅だった。
 それはともかく依頼として、魔物退治をしたことはあるが、かれこれ数ヶ月前である。そもそも、ライとセドは傭兵であって魔滅士ではないので、魔物退治を目的とすること自体が少ないのである。退治するのは、ユバツの時のように、長距離を移動中に遭遇した魔物がほとんどだ。
「腕が鈍ってなきゃいいけどな」
「鈍っていたら酒のせいだな。そのときは、禁酒しろ」
「ひどいわ、セドちゃん」
「気持ち悪いしゃべり方をするな。さっさと行くぞ。時間は限られているんだ」
「相変わらずつれないねぇ」
 二人の傭兵は、そんな他愛のない会話をしながら一番近い門へと向かった。昼近い時刻であるが、今からでもいくらかは魔物を退治できるだろう。


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(C) Nagasaka Danpi 2006