紅蓮のをつかむ者―10
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 仕事柄、距離に関係なく旅することが多いおかげで、必要最低限の荷物を最小限にまとめるこつが身に付いた。いつ魔物の襲撃に遭うか分からない移動中でも、身軽に動けるようにと軽くしてある。それなのに、今はそんな荷物でさえ重しを入れていたように重かった。
 討伐を中止して《赤地》へ戻ると告げた時、リソルの顔がこわばった。まさか《赤地》が一度引き受けた要請を、途中で投げ出すとは思わなかったのだろう。レキだって、思ってもいなかった。しかし、討伐を要請された魔物による死者がいないことと、その魔物自体が姿を現さないことを理由として告げると、リソルは眉間にしわを寄せてはいたが、一応了承してくれた。リソルも魔滅士だ。レキたちが引き上げる理由を、たとえ納得はしかねても、理解できないことはないだろう。
 アージェのような公設討伐隊と異なり私設討伐隊である《赤地》への魔物討伐の要請は、無償ではできない。慈善でできればいちばんいいのだろうが、レキたち魔術士を養うため、《赤地》を運営するためにはどうしても金銭が必要となる。ただ、討伐した報酬をいくらとするかは、魔物の数や強さによって変わってくるので、退治したあとに正確な金額が決まる。稀ではあるが、今回のように討伐を中止することもあるので、報酬は後払いだ。レキたちの《赤地》への帰還を、リソルが強く引き留めなかったのは、まだ一銭も報酬を払っていないことも少なからず影響しているに違いない。
 時に命をかけて魔物を退治するのだから、その報酬が安いはずはない。退治してもらった後で、その報酬が高いことに驚き、《赤地》に頼るのではなかったと後悔することもあるという。一括では支払えず、分割で払うことも、ひどい場合は踏み倒すこともある。退治だけしてもらって報酬を支払わない依頼者は魔物よりもたちが悪い、と《赤地》の会計係がこぼしているのを聞いたことがある。
 ともかく、リソルは強く苦情を言うこともなく、レキたちの決定を受け入れてくれた。
「いずれ――」
 また来る、と確約はできない。誰をどの要請に派遣するか、決めるのは魔術士ではないからだ。それに、今回のように被害が軽微な部類に入る魔物の討伐は、かなり後回しにされるだろう。再度要請しない限り、再び《赤地》が人を派遣することはないかも知れなかった。
 なんとも後味の悪い思いで討伐隊を出てきた。クロエには帰ることを言わなかったが、きっとこちらの様子を見て悟っているだろうし、今頃は討伐隊中に話が広がっているだろう。
 鬱々とそんなことを考えながら歩いていると、やがて警備隊本部の物見台が見えてきた。警備隊にも一言挨拶をして帰らねばならないだろうと、ガリルがそう言ったのである。
 門の前には、先日訪ねた時と同じように二人の隊員がやはり直立不動で前を見据えていた。まさかこの前と同じ隊員たちではないだろうが、やはり遠目には区別がつかなかった。
 剣を持って現れたレキとガリルを胡散臭げに見る眼差しまでこの前と同じであるが、こちらの身分とハゼイに面会したい旨を伝えると、今日は最初から門の中へ入ることを許された。
「《赤地》の魔術士が来ているという噂を聞いていましたが、警備隊が身内の仇も倒せず情けないことと思われたでしょう」
 応接用の小部屋に案内されるわずかな間、先導してくれた隊員が振り返って苦笑した。人の良さそうな顔であるが、彼もまた、討伐隊をあてにしていないであろうことがうかがえた。
「いいえ。変わった魔物のようですから、手を焼くのも無理はないでしょう」
「今日は、その魔物のことでお話しを?」
 そこで小部屋にたどり着き、隊員が扉を開けてどうぞと促した。
「ええ、まあそんなところです」
 ガリルは曖昧な返事を返し、会釈をして室内へ入った。実際はそれを裏切る話を持ってきたのだから、レキはうしろめたいものを感じてその隊員と目を合わせることができず、小さく会釈をするだけだった。
 ハゼイはすぐにやってきた。
「今日はいったい、どうしました」
 部屋へ来て椅子に座るなり、ハゼイは口を開いた。
 情報収集に一度訪れ、用件ならばその時に済んだはずである《赤地》の魔術士たちが再びやって来たというのだから、何かしらの異変があったと勘付いたのだろう。
 ここでもまた、討伐隊でリソルに告げたように、気が重くなるような話を切り出さなければならないのだ。それを聞いた時、ハゼイはいったいどんな顔をするのだろう。想像するだけで、レキの胸は痛んだ。そして、自分の身勝手さに思い至る。
 今回の討伐中止の判断をガリルが下した時、少なからず安堵したと言うのに、それを忘れたかのようにあたかも心底無念であると思うなんて。
「警備隊にお願いがあって、来ました」
 レキが再び自己嫌悪に陥ろうとした時、ガリルは予想もしていなかった一言を放った。
「お願い、ですか?」
 ハゼイが不思議そうな顔で聞き返す。レキもまた、不思議そうな顔でガリルを見た。彼がいったい何を言い出すつもりなのか、レキにはさっぱり見当がつかなかった。
「警備隊の物見台を貸してほしいんです。夜の間だけでいいのですが」
「あなた方二人を物見台にあげることは構いませんが、何故、警備隊のを。物見台であれば討伐隊にもあるし、《赤地》の方ならば、そちらを借りる方が自然だと思いますが」
 ハゼイは警備隊の物見台を借りることを不思議がっているが、レキには他にも訊きたいことがあった。
 リソルには、魔物の討伐をあきらめてリジュネイに帰ると告げたはず――いや、レキにもそう言った。確かに言った。それなのに何故、ハゼイにはそうと言わず、それどころか物見台を借りたいと言い出すのか分からない。それではまるで、まだ魔物退治をあきらめていないようではないか。そして、仮にあきらめていなかったとして、何故依頼主である討伐隊には帰ると嘘をつき、警備隊には物見台を貸してくれと言うのか。ガリルはそんなことをするとは、一言もレキには言わなかった。
「色々と事情がありまして、今はちょっと、すべてをお話しするのははばかられます」
 ガリルはレキの混乱など気付いていないか、気付いていても気に留めた様子もなく、淡々としていた。
「いずれはお話しして頂けると?」
「ええ、必ず――それから、俺たちが警備隊に来て物見台を借りると言ったことは、口外しないようお願いします。他の隊員の方にも徹底して頂きたい」
 お願いをするには少し強い口調だった。
 レキとしては、ハゼイに色々質問してもらって今すぐにでもガリルの真意を聞きたかったのだが、ハゼイは今は深く追求しても詮ないと判断したのか、ゆっくりと頷くだけだった。

 ◆ ◆ ◆ ◆

「ガリルさん、どういうつもりなんですか」
 夜まで、案内された小部屋で待たせてもらうこととなった。ハゼイが部屋を出るやいなや、レキはガリルに訊いていた。説明をしてもらわなければ、彼がこれから何をするつもりなのかさっぱり分からない。
「討伐をするつもりだ」
 ガリルは横目でレキを見て、さらりと答えた。
「討伐って……あの魔物の?」
 ほかにどの魔物の討伐をするとも思えはしなかったが、それはあきらめるのだとレキと討伐隊にきっぱりと告げたのは、ほかならぬガリルだった。
「そうだ。ほかに、どの魔物がいる」
「だって、リジュネイに戻るって……」
 レキはぽかんとして、ガリルを見る。
「あれは方便だ」
「へ」
 レキはずいぶん間の抜けた顔で、ガリルを見返していたのだろう。ガリルが軽く溜息をついて、どういうことかようやく説明してくれた。
 魔物は、ほとんど警備隊の者しか襲わない。討伐隊の者は襲わない。そして、魔物は人に寄生している――
「俺は、討伐隊の誰かに寄生していると考えている」
 椅子に深く腰掛けて背もたれに体重を預け、ガリルは小さく低い声で言った。ほかの誰か、特に警備隊の者に聞かれでもしたら途端に騒ぎになりそうなガリルの発言に、レキは驚いて言葉を返すのに少し時間がかかってしまった。
「まさか、そんなこと」
「討伐隊は、魔物と接触する機会が多い。討伐の最中に寄生されたとしても、おかしくはない」
 しかし、ガリルは即答する。
「でも、それなら誰かが気付くんじゃないんですか」
「一人でいる時だったら、誰も気付きようがないだろう」
「でも。寄生されたならそれで気付いても」
「どうかな。寄生された魔物の存在があまり知られていないのは、その存在が確認された事例が少ないからだ。屍花のように、寄生されていたとしても発見するのも難しい。実際にどれくらいの種類が存在しているかも分かっていないのが現状だし、周囲の者には分からない可能性が高い。寄生されている当人にもその自覚があるかどうかは分からないが……」
 ガリルは一旦言葉を切り、しばし沈黙する。言うのをためらっているようにも見えた。
「恐らく、自覚はあるんだろう」
 一瞬、頭の中が真っ白になったような気がした。それだけ、ガリルのその一言は衝撃的だった。
「自分の中に魔物がいるって、知っているってことですか」
 この身の内に魔物が潜んでいる。そう考えるだけでもおぞましくて、背中がざわざわとしてくる。想像するだけでも寒気が走るというのに、実際に魔物に寄生されたらいったいどうなってしまうのか、それはもはやレキの想像を超えていた。
「知っているから、討伐隊の者は襲わないんじゃないのか? 顔を見られたら、自分だとばれてしまう。だから、顔を知られていない警備隊の者ばかりを狙う――」
「そんな……じゃあ、寄生した魔物の意志で襲っているわけじゃないというんですか」
「それは分からん。だが、例の魔物はずいぶん緻密な魔術を使う魔物だ。生き延びるために宿主の記憶を探り、どう行動すればいいか考えているのかもしれないが……」
 ガリルの表情が曇る。レキもまた押し黙ってしまった。
 魔物を退治するべき討伐隊の者が、己の中に魔物がいることを知りながら、それを退治することなく、守るべき人々を逆に襲っている――なんということだろう。よりによって魔滅士が、魔物を生かしているなんて。考えられない。考えたくない。なにより、あってはならないことだ。
 魔滅士たちは、強い意志を持ってその道を志す。その志を折り曲げて、あらぬ方向へ向けてしまうなんて。
「どちらにせよ、退治することに変わりはない」
 ガリルの声は静かだった。寄生されているのであれば、自覚があろうとなかろうと退治する。それに、やはりまだ素直に諾と言えない。寄生されたのが討伐隊員で、自覚があって寄生を許しているというのが事実であれば、それは魔滅士としてあってはならない、許されざることである。しかしそれでも、人は人だ。救えないのかと、レキは今でも考えている。
「……どうして、わざわざ討伐隊に出向いて、帰るなんて嘘を言ったんですか」
「魔物が現れなくなったのは、俺たちが来たことを知ったからじゃないのかと思ってな。自分たちを退治しようとする者がいる限り、そうそう姿を見せたりしないだろう。それなら、帰ったふりをして魔物が出てくるのを待った方が、早く退治できる。寄生されているのが討伐隊の誰かなら、俺たちが帰ったという話を今頃聞いてるだろう。多分、今夜出るぞ」
「分かるんですか」
「考えても見ろ。俺たちが来る前は、五日に一度くらいは現れていたんだ。それが、俺たちが来てから二十日近く姿を隠している。人の血を吸うのが食事のためだとすれば、俺たちがいなくなったと知った途端、現れるだろう」
 そうかもしれない。いや、あの魔物のこれまでの出没頻度などを考慮すると、そう考えるのが妥当だろう。
「どうして、わたしにも嘘を」
 正式な魔術士とはいえ、ガリルの足を引っ張ることも少なくない未熟者であることは十分理解している。しかし、それでもレキはガリルの相方であるはずだ。共に魔物に立ち向かう仲間のはずなのに、一言の相談もなく、それどころかレキにすら真意を告げなかった理由を知りたかった。
「……本当のことを言って討伐隊へ行った時、おまえの表情から露見しては困ると思ったからだ」
 確かに、思っていることは表情に出やすい方かもしれない。あらかじめ討伐隊の誰かに寄生していると聞いていたら、ガリルのように何食わぬ顔で振る舞うことはできなかったかもしれない。討伐隊で出会う人すべてに、疑いの目を向けていたかもしれない。
 そうはいってもしかし、取り残されたという思いはぬぐうことができなかった。
 魔物を見つけた時、いつも先に駆け出していくのはガリルだ。レキはその背中を追いかけることに必死で、追いつけないこともしばしばである。追いついてみたら、既に魔物は退治されていたことだってある。
 どれだけレキが必死に走っても、ガリルには追いつけない。取り残されて悔しい気持ちもあるが、自分はまだガリルと共に並んで走ることができないのだと思い知らされた気分でもあった。

 ◆ ◆ ◆ ◆

 警備隊の物見台の上で、魔物を待ち構えること数刻。
 物見台は、下から見るよりもずっと小さく、上には三人がいるのがやっとの広さだ。一人で見張りに立つことが前提らしく、一人でいる分には十分な広さではあったが、三人もいるとやはり狭い。少し動けば、隣の誰かにぶつかりそうである。
 ハゼイにあらかじめ言い含められていたのだろう。共に物見台に立つ警備隊員は、上がってきたレキたちを見てご苦労様ですと言うだけで、それ以上は何も話しかけてこなかった。
 魔物は、討伐隊のある西側よりは、東側の方に多く現れているようだった。そのこと自体、やはり魔物が寄生しているのは討伐隊の誰かであることを裏付けているように思えてならない。夜の帳が落ちたアージェのどこかに、あの魔物と、それに寄生された彼女もいるのだ。
 レキは街のとある方向へ顔を向けた。そちらに、レキの実家がある。そして、その近くにはシキの墓も。
 警備隊のハゼイの話では、どうやらレキの実家周辺ではまだあの魔物が出た様子はないらしいが、それでも放置していればいずれ、アージェのどこにでも現れるようになるかもしれない。灯りの数が少なくなった今の時刻では、レキの両親も眠っているだろう。頑健な一の壁の内側に魔物がいることも知らず――
 それは、大部分の住民も同じことだ。あの魔物を放置しておいたら、いずれ警備隊以外の者も襲われるようになるかもしれない。ガリルが恐れるように、もしもその魔物が増殖したら、魔物の存在を知るのは討伐隊と警備隊ばかりではなくなるだろう。夜、しかも壁に囲まれた中に魔物が現れるとなれば、アージェの住民が安眠できる夜はなくなる。そしてその魔物が人に寄生すると知れば、隣人さえ信用できなくなるだろう。そうなれば、ガリルが呆れるほど平和な夜が、アージェから失われてしまう。
 守らなければならないのだ。魔物から、人々とその暮らしを。
 眠りについた街を見つめ、レキは静かに自分に言い聞かせる。アージェに討伐隊はひとつしかない。魔物が少ない地域であるため、それを構成する人員の数は平均的討伐隊より少ない。それに、彼らの前に魔物は現れない。警備隊の人数は多く、彼らの前に魔物は現れはするものの、誰もがその毒牙にかかっている。返り討ちに遭わせたという話も聞かなかった。
 自分たちしかいないのだ。
 強く言い聞かせようとする。脳裏に、魔物の姿が、魔物に寄生された彼女の姿が甦る。それを抑え込むために、レキは自分に強く言い聞かせていた。
 そうしなければ、退治はおろか《紅蓮》を向けることさえできない。
 人の姿で、人の言葉で、死にたくないと叫んでいたのだ。あの顔、あの声。あれは、レキが幾度となく目にしてきた、魔物に襲われた人々の悲痛な叫びとまったく変わらない。彼女のあの声が、彼女自身のものなのか、それとも魔物が彼女の口を借りて言ったものなのか分からない。もし後者であれば、狡猾な魔物だ。見る者を惑わすために、決して人とかけ離れた姿をとらない。相手の同情を誘う言葉を操る。
 けれど、前者だったらどうする?
 魔物に寄生されながら、己の意識がはっきりしている彼女の叫びだとしたら。助けを求める彼女に、レキは《紅蓮》を向けなければいけない。死にたくないと叫んだ彼女に、死を与えなければならない。
 それが自分にはできるのだろうか。いや、やらなければならない。けれど、彼女を助けたい。ガリルはいるが、ガリルは有無を言わさず魔物を斬る。寄生された者を助ける術はないと断言する。レキが迷っていても、ガリルは迷わない。ためらうことなく《氷牙》を魔物に突き立てるだろう。レキが何もせずとも、ガリルに任せておけば決着はつくに違いない。
 しかし、レキが迷っていたとしても、それでいいのかと自問せずにはいられない。同じようなことが、この先二度と起こらないとは限らない。その度にレキは迷い、ガリルに任せてしまっていいのか。
 迷い、ためらうのは、彼女を助けたいから、死なせたくないからだ。彼女もろとも寄生した魔物を倒すしかほかに退治方法がないとしても、魔物と共に彼女を殺したという事実は、決してなくならない。
 レキは、自分の手でそうすることを恐れているのではないか。
 守ると言ったその手で、守るべき人に手をかけることに耐えられないから、ためらいを持たないガリルに、その役目を押し付けて済ませようとしているのではないか。汚れ役をガリルにだけ負わせ、自分の手を汚したくないだけではないのか。
 彼女を助けたいために魔物を見逃しても、いずれ誰かが傷付き、命を落とす。自分の手は汚さず、けれど誰もかもを守りたいという願いは、わがままに過ぎないのかもしれない。何も失わずに、ほしいものだけを手に入れるたいと願うことは、子供じみていて自分勝手に思えた。なんの代償も払わずに望むものが手に入るなど、理想郷にでも行かなければ叶わない夢だろう。
 同時に、誰かを失わなければ、ほかの誰かを守ることのできないリトラという国が、悲しかった。そうすることでしか誰かを守れない世界と知りながら、それを変えることのできない自分の無力さに腹が立つ。
 失わないために、守るために、自分は魔術士になったのに。
 あの魔物を倒すためには、彼女を犠牲にしなければならない。強く自分に言い聞かせたはずなのに、それでもまだ踏ん切りがつかなかった。
 この迷いを振り切ることができるのが、一人前の魔術士なのだろうか。レキは、同じように夜のアージェを見つめるガリルの横顔を盗み見た。そこには、宿屋で見たような苦悩の色はうかがえない。ガリルが悩んでいたのは、魔物を退治しないままリジュネイへ帰るか否かということであり、彼の中で魔物を退治することへの迷いなど、最初からないのだ。
 アージェに来る前、オオグログモに襲われて亡くなった商人たちを埋葬する時にわずかに見せた、ガリルの無念そうな表情。魔物に襲われて死んだ人を見て、何も思わない者はきっといない。しかしそれでも、ガリルはなにを守りなにを犠牲にするかを即断する。それが完成された魔術士の姿なのだろうか。無念さや悔しさを抑え込む代わりに魔物退治に心血を注ぎ、そのためならば多少の犠牲には目をつぶる――それが、魔術士の行き着く姿なのか。レキも一人前を目指すからには、そうならなければならないのだろうか。
 ガリルのことは嫌いではない。魔術士としての技術と知識は尊敬に値すると思っている。今回の策をガリルが一人で練ったと知った時、取り残されたようで悔しくかった。けれど、時々彼の考え方について行けない。いつか自分もガリルのようになるのだとしたら、やはり薄ら寒い思いがした。
 本当に寒かったわけでもないのに、思わず身震いをする。今はまだ、そんな自分の姿は想像することができない。夜の闇に描こうとしても、煙のように霧散して消えていく。なりたくない、と思っているのかもしれないし、まだ未熟だからなのかもしれなかった。

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