最終話 勇者と魔王の生まれた本当の理由 03
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「……うん、そうだね。シルヴァナの言うとおりだよ」
 ユマは顔を上げ、俺を見た。
「説明してくれよ、ユマ」
「シルヴァナにここまでネタばらしされたら、もう隠しようもないね」
 ユマが苦笑した。こんなにユマがころころ表情を変えるのを見たのは、ずいぶん久しぶりだ。というか、珍しい。
「ある古い本を見ていたら、『世界を救わなければ死んでしまう』という呪いを見つけたんだ。どうしてそんな風変わりな呪いがあるのか興味が湧いて、呪いを編み出した魔女のことやその背景を色々調べてた。そしたら、その呪いは、シルヴァナが言ったとおりある勇者にかけるために編み出されたものだって分かって、今度はどうしてその勇者は勇者にならなければならなかったのか、興味が湧いた。そうやって次々調べていくうちに、勇者と魔王が現れる時にいくつか共通した条件があることを知ったんだ。それで、その条件がわたしやエルにあてはまることも分かった。魔王が現れる可能性が、現在はきっと高いだろうということもね。だからわたしは、それなら先に自分が魔王になれば、エルが勇者になってきつい目に遭うこともないんじゃないかと思ったんだ」
「補足するけど、一人の勇者の前に二人の魔王は現れないわ。そういう事例は、今のところ確認されてない」
 ユマの長い説明に、シルヴァナが付け足した。
「でも、そのためにはいくつもの条件を満たしていかないといけない。わたしは本来『魔王』になる者じゃないから、とにかく一つでも多く、過去に勇者が経験したことをエルにもやってもらおうと思った。エルに同じようなことをさせることで、歴史を踏襲しようとしたんだ」
「じゃあ、ユマが俺に呪いをかけた後に起きたことは、全部おまえが筋書きに書いたことだったのか? ルーインさんやヒエラが、ティエラに来たのも」
「……ヴィトラルにシマリウス一号を送って、事情を話してルーインさんに内密に協力してくれるように頼んだんだよ」
「そう、だったんですか……?」
 ヴィトラルからルーインさんと共にティエラまで来て、その後俺についてここまで来たヒエラがなにも聞かされていなかったことは、今の驚いている顔から明らかだ。
「ルーインさんは、もっと落ち着いて考え直した方がいいと言って、あまり賛成はしてくれなかったけど。無理を言って片棒担がせて悪かったなと思ってる。それから後のことも、全部わたしが仕組んだことだよ。シマリウス一号にエルたちを監視させて、行く先には夜業軍を放ったんだ」
 夜業軍というのは、深夜の町を徘徊していたあの紙人形集団のことだろう。まさか名前が付いているとは思わなかったけど、紙人形の役割ごとに名前を付けたりと、しおれた様子で告白しているわりに結構乗り気だったんじゃないのか、ユマ。
 俺は両手を腰に当て、目を閉じて上を向いた。それから、大きく息を吐き出しながら下を向く。
「あの、エル……怒ってる?」
 俺が長々とため息をついているから、ユマがおっかなびっくりした声で言った。うん、なんだか人生で初めて、ユマより優位に立った気がする。
「……もっとほかのやり方、なかったのかよ」
「深く考える前にエルに呪いをかけちゃったから、とりあえずその時点で最良だと思う方法にしたんだけど……」
 かけちゃったってなんだ、かけちゃったって。確信犯だろうが。
「ジュドー十傑に俺を襲わせたのも、歴史を踏襲させるためとやらなのか? 下手したら怪我してたんだけど」
 俺はまだ下を向いたままだから、ユマがどんな顔をしているかは分からない。でも、気まずそうな顔をしているんだろう。
「あれは、はじめはシマリウス一号に全部やらせるつもりだったんだけど、シルヴァナがエルたちについてきて、そのうえ余計なことを言ったりするから」
「ちょっと。わたしのせいにするの?」
「だって、エルがここに来る前に全部わたしが仕組んだことだって知ったら、そこで引き返すかもしれなかったんだよ? それじゃあ意味がないから、急いでジュドー十傑を作って、なにがなんでもここに来させるためにちょっと強めの武器にしたんだ」
「……」
 つまり、俺が襲われた遠因はシルヴァナにもあるということか。つくづく、俺は魔女と関わるとろくな目に遭わないな。
「ユマ。どうして、こんな騒動をわざわざ引き起こしたんだ」
「……本物の魔王が現れたら、エルなんて瞬殺されてもおかしくない。でもそんなのは嫌だから、わたしが先に魔王になろうって思ったんだ」
 俺に戦闘能力がないのは認めるが、瞬殺されるなんていくらなんでも言い過ぎだ。ユマにさんざんな目に遭わされてきたおかげで、こう見えても少しは打たれ強いんだぞ。
 俺はもう一度、深々とため息をついた。言いたいことは、やっぱりいくらでもある。聞きたいことも、同じくらいあるだろう。でも、今すぐ言いたいことはそれほど多くはない。
「どうしてそれならそうと、俺に一言も相談しなかったんだよ」
 顔を上げて、俺はユマを見た。ユマ一人の問題じゃなくて俺も関わっているんなら、一方的に呪いをかけてさっさと姿をくらませなくても良かったじゃないか。物心つく前から隣同士の家で兄弟のように育ってきたのに、それではあんまり寂しいと、俺は不覚にも思ってしまった。
「相談したら、エルは素直に勇者を引き受けてくれたの?」
「……」
 俺がいま思ったことは、心の奥底にそっとしまっておこう。やっぱりよく考えたら、相談されてもどうやって答えていいか、分からない。いや、でも、大事なのは気持ちだ、気持ち。
「別に、勇者と魔王をやらなくったって、ほかの方法があるかもしれないわけで」
「わたしはなかったと思うけどね」
 しどろもどろに答える俺に、シルヴァナが水を差す。そうかもしれないと俺だって思ったけど、やっぱり大事なのは気持ちだ。そういうことにしておこう。
「とにかく、帰るぞ。勇者と魔王ごっこはもうお終いだろ」
 俺は話を打ち切った。これ以上勇者だ魔王だという話をしていたら、魔女二人に、勇者役を引き受けない俺が悪者にされそうな気がする。
「ごっこじゃないけど、エル」
「いいからとにかく、帰るぞ。おじさんとおばさんも待ってるんだから」
「エル、それでいいの?」
「それでって」
「怒ってるんでしょ。ほかにも言うこととか」
「たくさんあるに決まってるだろ。でも、帰るのがとにかく先だ。家出してからどれくらい経ってると思ってるんだよ」
 手紙は時々出していたけど、いつまでも帰ってこない息子や娘をそろそろ心配していることだろう。俺の母さんだって、ユマのおじさんたちだって。
「……エル。わたしの負けだよ、今回ばかりは」
 ユマは椅子にとすりと座り込んで、苦笑した。ユマの敗北宣言に、俺は目を丸くする。俺がユマに勝つなんて、いつかの木登り以来だった。
「ごめん」
 ユマが家を出て行く直前、俺の部屋に押し掛けてきて同じように謝ったことを思い出す。あの時も、ユマの口からこんな殊勝な言葉が出てくるなんて珍しいと思った。でも今は、その時よりもずっと本気でユマが謝っているんだと分かっていた。
「……俺に謝るより先に、謝らないといけない相手がいるだろ」
 俺はヒエラを見た。俺は昔からユマに振り回されてきたから別にいい、とは言い切れないけどここはひとまずいいとして、ヒエラはまったく無関係なのに巻き込まれてしまったのだ。しかも、ユマのせいで余計な恐怖まで刷り込まれて。
 ヒエラは、途中からぽかんとした顔で俺たちのやりとりを見ていた。今も、自分がどうすればいいのかよく分からない顔で、俺を見た。
 ユマは、椅子を降りると俺たちの前までやって来た。
「巻き込んでしまって、ごめんね」
 束ねられていないつややかな黒髪が肩から流れ落ちる。ユマは腰を折り、丁寧にヒエラに頭を下げていた。ヒエラは拍子抜けした顔で、今度はユマを見る。この場で今いちばん混乱しているのは、きっとヒエラだろう。
 けれどこれで、『魔王を退治する』ための旅は終わったのだ。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 俺がちょっと待てと言って止めてから、ジュドー十傑・その一は腕を振り上げたままの体勢でずっと制止したままだった。帰ろうということになって、ユマに命じられてから、ようやくジュドー十傑・その一は動き出す。その一は、残りのジュドー十傑やシマリウス一号たちと共に、洞窟の中の掃除をはじめた。引き上げるための後片づけかと思っていたが、どうもそうではないらしい。
「引き上げるわけじゃないのかよ」
「引き上げないよ。だって、ここはずっと前からわたしがこっそり使ってる場所だもの。これからも、時々ここへ来るよ」
 それなら別にいま掃除しなくてもいいじゃないかと思ったけど、掃除をして(いや、シマリウス一号たちにさせて、か)一区切りとしたいんだろう。俺も、真相が明かされてからすぐに帰るよりは、少し休んでから帰る方が良かった。
「その時は、ちゃんとおじさんたちに一言いってから行けよ」
「分かってるよ。子供じゃないんだから」
 今回はその一言がなかったせいもあって、俺がアルキマ山まで来ることになったんだぞ。さっきまではしおらしい態度を見せていたユマだが、今ではもうすっかりいつも通りだ。謝ったのは、やっぱり俺の幻だったんだろうか。
「あの、ずっと気になってたんですけど」
 シマリウス一号たちが掃除するのを眺めながら、ふと思い付いたようにヒエラが口を開いた。
「シルヴァナさんは、ぐるじゃないと言うのにどうして詳しく知っていたんですか」
「……わたしも、色々古い本を見ているうちに知ったからよ。ユマとは知り合いだったし、ユマの性格ならいつかなにかやらかすんじゃないかと思ってたけど、案の定『魔王』になんてなるから、ちょっと手助けしようと思って駆け付けたわけよ。勇者を手助けする『魔女』役としてね」
 壁にもたれて腕組みするシルヴァナの声は素っ気ない。照れ隠しなんだろうか。
「へえ、優しいんですね、シルヴァナさん」
「それは違うぞ、ヒエラ。主さまには別の思惑があってだな」
 ヒエラが感嘆の声を漏らすと、すかさずティトーが口を挟んだ。
「ティトー!」
 そこに、シルヴァナのかつてないほど鋭い声が届く。ティトーは慌てて口をつぐみ、俺の足下にささっと隠れた。
「え? あの、思惑って?」
「気にしなくていいのよ、ヒエラ。あんたたちには関係ないことだから」
「でもやっぱり気になるから、全部すっきりさせた方が……」
 シルヴァナのついさっきの形相を目にしてなおも訊こうとするなんて、すごいぞ、ヒエラ。俺は、おまえこそが勇者だと思う。
「シルヴァナは、『魔女』になりたかったんだよ。だから、エルたちについてきたんだ」
「ユマ!」
 自分の目論見を暴露された仕返しとばかりに、今度はユマがシルヴァナの目論見を暴露した。
「魔女って……。だってシルヴァナは、元から魔女だろう。それなのになんでわざわざ」
 俺もヒエラも首をひねった。魔法を使う女を魔女と呼ぶもんだと、俺は昔から思ってたんだが、その認識が間違っていたんだろうか。
「それは主さまが『魔女』じゃないからこそ」
 俺の足下でこそこそしていたティトーが、ぼそっと言った。
「ティトー!」
 再びシルヴァナの怒声が響く。なんか、このままティトーが俺の足下にいたら、俺も巻き添えを食いそうだ。
「どういうことだよ、ユマ」
 俺はユマに尋ねながら、さり気なくその陰に隠れた。男のくせに卑怯だと言われたって構うもんか。怒った魔女は本気で怖い。
「……シルヴァナの本名は、シルヴィスと言うんだ」
 ユマは小さく息を吐いた後、ぽつりと言った。
「え。それって男名じゃあ……」
「いかにも。主さまが女性であれば、自分はどんなに嬉しかったことか……」
 ちゃっかり俺についてきて、俺と一緒にユマの陰に隠れているティトーが、性懲りもなく飼い主の秘密を明かした。
「ティトー。あんた、拾ってやった恩も忘れてそんなこと思ってたわけ」
 シルヴァナが恨みがましい目で、ティトーを見ていた。ティトーはますます俺の足下で縮こまるが、それよりも。
「お、男ぉ!?」
 ヒエラが素っ頓狂な声を上げて驚く。俺も、目を向いてシルヴァナ――いや、シルヴィス? をとにかく見た。
 どこからどう見たって、女にしか見えない。肩幅が多少あるようにも見えるが、骨張った体付きではないし、顔のつくりも俺やヒエラと同性とは思えない。声だって、女のそれそのものだ。
「ユマ、どういうことだよ!?」
 俺は、ユマから真相を聞かされた時よりもずっと驚いていた。これが驚かずにいられるものか。
「どうもこうも、シルヴァナは男なんだよ、エル」
 性別をばらされたシルヴァナは、唇を尖らせてあさっての方を向いている。ばらされた以上、もう何も言う気はないのだろうが、それでもやっぱり俺には女にしか見えない。
「魔法を使えるのは魔女ばかりじゃないよ。魔女よりずっと少ないけど、魔法を使える男は昔からいたんだ。シルヴァナもその一人で、わたしよりもずっと珍しい存在だよ。でも、シルヴァナは男として生まれたけど、心まではそうじゃなかったから、女装してシルヴァナと名乗るようになったみたい」
「女装……あれが」
 装っているというより、完璧に化けている。魔法のなせる技なんだろうか。
「シルヴァナは魔女たちの会合に顔を出すようになって、そこで知り合ったんだ。魔法を使える者自体が少ないから、性別に関係なくみんなシルヴァナを歓迎したよ。でも、本人は自分が男だってことを気にしてたみたい」
 ユマに言われるまでシルヴァナが女だと疑いもしなかったけど、ユマがシルヴァナの性別を知っていたということは、初対面の時は女装してなかったんだろうか。それとも、女装は既にしてたけど、シルヴァナが自ら明かしたのか?
「……仕方ないじゃない。わたしはどうしたって、女にはなれないんだから」
「それじゃ、シルヴァナが無理矢理俺たちについてきたのは……」
「わたしが『魔王』になろうとしたのと同じように、シルヴァナも『勇者』であるエルに同行することで『魔女』になろうとしたんだよ」
 シルヴァナはそっぽ向いたままだが、反論しないということはユマの言うとおりなのだろう。しかし、ユマが自分を魔王に、俺を勇者に見立てたのと違って、シルヴァナが魔女役を果たせても、『女』になれるわけではないはずだ。それを分かっていても、シルヴァナは魔女役を果たすことで『魔女』に近付きたかったのだろうか。意外と、いじらしいところがあるもんだ。
「……それで、シルヴァナは『魔女』になれたのか?」
 俺はシルヴァナの視線の行方を気にしながら、こそっとユマに尋ねた。
「魔女になれたもなにも、誰もそんなこと気にしてないんだよ。シルヴァナが男でも女でも、みんながシルヴァナのことは魔女だと言うよ、仲間だもの。わたしはシルヴァナにそう言ったけど、シルヴァナも強情だから……」
「強情なのはお互い様でしょう。一人で突っ走るユマに言われたくないわ」
 シルヴァナはふて腐れた声で言ったが、その横顔はどこか満足そうであり、嬉しそうでもあった。男だという劣等感のあるシルヴィスは、魔女であるユマたちに『シルヴァナ』という存在を認められていることを確かめたかったのかもしれないと、今の横顔を見て思った。
 でも、シルヴァナがユマたちに素直に一言尋ねれば、あっさり解決していたことだろう。現に、ユマはあっけらかんとした口調で、シルヴァナを仲間だと言っていた。ユマといいシルヴァナといい、魔女は真正面から話さないから、いちいちめんどくさいことを引き起こすのかもしれない。
「エルトックどの……。僕は、この旅で驚いてばかりです。世の中色々あるんですね」
 ヒエラはシルヴァナが男だったという衝撃の事実から未だ抜け出せていないようだが、思い返してみれば、ヒエラは道中でも紙人形やシマリウス一号に驚いてばかりだった。驚きすぎて、ヒエラの寿命が縮んでないといいんだが。
 そこでふと、俺は肝心なことをまだ訊いていなかったことを思い出した。
「なあ、ユマ。おまえが俺にかけた呪いは、ちゃんと解けたのか?」
 安眠妨害を解決しなければ死んでしまうかもしれないという、他人にとってはそれほどでもないが俺にとっては一大事である呪いを解くためにも、俺はティエラを旅立ったんだった。これで解けていなかったら、俺はユマをはり倒してでも『魔王退治』をするしかない。しかしそんなことをしたら、きっと倍返しされるだろうが。はり倒されるんじゃなくて、吹き飛ばされそうだ。
「大丈夫だよ、エル。『勇者』はこうして『魔王』の根城までやって来て、『魔王』を説得して『倒した』ことになるから。これから帰路につくんだし、解けてるよ」
 俺がユマをはり倒した後、ユマに吹き飛ばされる心配はなくなったらしい。けど、呪いをかけられた時もそうだけど、解けたと言われた後でも俺にその実感はない。なんだか不安だな。もしもこれで実は解けていなかったら、どうしてくれる。
「心配そうだね、エル」
「当たり前だろう。全然解けたって感じがしないんだから。なにかこう、儀式みたいなものでもあれば、少しは実感できるけど」
 俺がそう言うと、ユマは少し何か考えるような仕草をして、それから俺を手招きした。
「エル、ちょっと」
 と、もっと近付けとさらに手招きする。俺は、ユマの方に首を伸ばした。
 その直後、ユマの顔が俺の頬に最接近する。柔らかく温かな感触を俺の頬に残し、ユマはさっさと体を引いた。
「な、なにすんだよ、いきなり!」
 驚きと恥ずかしさのあまり、うわずった声を張り上げる。ヒエラもシルヴァナもティトーも一部始終を見ていたらしく、全員の視線が俺に集中していた。顔が火照る。今すぐここから逃げ出したい。
「呪いが解けたっていう実感が欲しかったんでしょ、エル」
 ユマは慌てふためく俺を面白そうに見ていた。
「そりゃそうだけど、なんだっておまえ……!」
 よりによって、人の目があるところで頬に口付けなんてするんだよ。いや、人目がなければいいってわけでもないんだが、この場に母さんやポリナーさんがいなくて良かった――じゃなくて、なんでそれなんだ!
「おとぎ話のようで、よかったろう」
 ユマがいたずらっぽく笑って見せた。
 くそう、仕返しか。仕返しのつもりなんだな、ユマ。そうなんだろう、そうとしか思えない。木登り以来久しぶりに俺に負けたから、その仕返しに違いない。いやいや待て待て、落ち着け自分。ほっぺにちゅーなんて、ずっと小さい子供の時にはよくあったことじゃないか。こんなに慌てることはなにもない。感触が気持ち良かったとほんのちょっとだけ思わなくはないけど、とにかく落ち着け、俺!
「それでもまだ不安だと言うなら、もう一度しようか?」
 今度はにやりと笑う。ユマめ、絶対に面白がっているな。
「いや、絶対にいい」
 俺は激しく首を横に振り、速攻で断った。これ以上振り回されてたまるか。俺の呪いは解けたんだ。確実に解けている。ああ、そうに違いないと、俺は強く自分に言い聞かせた。
 ユマは少し不満そうな顔をしたが、すぐにいつもの無表情に戻って紙人形たちに指示を出す。
 忙しく働くシマリウス一号たちを見ながら落ち着きを取り戻しつつあった俺は、家に帰ったら自分も部屋の掃除をしようと思った。

〈了〉

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(C) Nagasaka Danpi 2006-2009