最終話 勇者と魔王の生まれた本当の理由 02
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 ユマが本気で『魔王』をやるつもりなら、『勇者』の俺は邪魔者以外のなんでもない。根城にまでやって来た『勇者』は、『魔王』にとってはなんとしても排除すべき存在であるはずなのに、ユマは俺を退けるつもりは、ないのだ。ジュドー十傑たちを一斉にけしかけないのも、俺を積極的に害しようとしていないからなのだ。ユマ本人の口からはっきりと聞いていないけど、でも俺の考えときっと大きな差はないだろう。
「なあ、ユマ」
 俺はジュドー十傑・その一の肩越しに見えるユマを見た。ユマの青い目は、俺を見ていた。
「俺に呪いをかけたり、家出してみたり、そのくせ迎えに来いと自分で伝言を残したり。ヴィトラルでは国王のご寝所にまで紙人形をけしかけたりして、やってくれたことは今までで一番厄介だ。おじさんとおばさんはああいう性格だから、あまり心配してないようにも見えたけど、もしかしたら本当はものすごく心配してるかもしれないんだぞ。俺の母さんも心配してたし、居酒屋のポリナーさんだっておまえのこと、気にかけてたんだ。おまえはそれを全部、ちゃんと分かってるのか?」
 ユマに会ったら俺はまず、ジュドー十傑に俺を襲わせた理由を聞くつもりだった。でも、それより先に口をついて出てきたのは、ティエラを出た時からずっと思っていたことだった。
 なんだよ、俺は結局、襲われたことよりも、このことを言いたかったのか。
「しかも、陛下付きの占術師のルーインさんや、ここにいるヒエラまで巻き込んで。まったく無関係の人まで振り回してるんだぞ、おまえは。シルヴァナは、まあ勝手についてきてるからいいかもしれないけど」
「勝手に、とはなによ、エルトック。いいよって言ったじゃない」
 シルヴァナが俺の斜め後ろから言うが、聞こえないふりをする。だいたい、あの時は言ったんじゃなくて言わされたんだ。
「おまえが俺に魔法だか呪いだかをかけるのはいつものことだけど、今までは俺以外の人を巻き込んだことなかったじゃないか。それなのに、今回ばかりはなんだよ、いったい。紙人形を徘徊までさせて、不特定多数の人に迷惑かけてるぞ。ユマなら、わざわざそんなことしなくたって、呪いなんて解けたんじゃないのかよ」
 ユマはぽかんとした顔で俺を見ていた。なんだか言っているうちに、だんだん腹がたってきて、俺の声ははじめよりいくぶん荒くなっていた。
 俺に説教されるなんて、ユマは想像もしてなかったに違いない。だからあんな顔をしているんだろう。無表情じゃないユマは珍しいけど、驚くよりは反省した顔を見たいぞ、俺は。
「え、エルトックどの?」
 俺の口調が明らかに激しくなってきているのに驚いていたのは、ユマばかりじゃなかった。ヒエラも、今度は俺を驚いた顔で見ている。魔王を倒すためにここまで来たと思っているヒエラにしてみれば、勇者の俺が当の魔王に怒っているんだから、驚くのも無理ないのかもしれない。
「エル……。その、とにかく、とりあえず落ち着いて」
「これで『全部悪ふざけでした』なんて言ったら、俺は一人でティエラに帰ってやる。誰がおまえを連れて帰ってやるもんか!」
 冷静だったらきっと言わない、自分でも子供みたいだと思うようなことまで俺は口走っていた。でもそれくらいに、俺はなんだか腹が立っていたのだ。もしかしたら、長年の鬱憤をこの場で晴らしたかったのかもしれない。
「エル……」
 ユマは完全に戸惑って言葉に詰まっていた。俺は俺で、とりあえず言いたいことを言い終えて、自分でも思った以上に感情が高ぶっていて、呼吸が少しだけ上がっていた。ジュドー十傑たちは固まったように動かず、誰の上にも沈黙がのしかかる。
「――ユマは、エルトックのためにこうするしかなかったのよ」
 ため息と共に沈黙を破ったのは、意外なことにシルヴァナだった。俺は斜め後ろにいるシルヴァナを振り返った。
「俺のため? でも、呪いを解くためだからって、こんなやり方はいくらなんでもやりすぎだ」
「呪いを解くため、は口実よ」
「シルヴァナ!」
 ユマがいきなり大きな声を上げた。シルヴァナが言ってはいけないことを言い出そうとしているからそれを止めようとした、そんな声音だった。
「もういいじゃない、ユマ。わたしだってね、これ以上、あんたの作ったそのマヌケな紙人形の相手をするのは、いくら自分のためでもこりごりよ。気が抜けるったらないわ。それに、ここまでエルトックが来たのなら、もう十分じゃない」
「シルヴァナ。まだ駄目だ、確実じゃないよ。シルヴァナはそれでもいいの?」
 ユマが椅子から立ち上がる。ユマが焦っているのは、少しうわずった声からもよく分かった。ユマが焦るなんてものすごく珍しいから、俺は驚いてユマを見、それからユマをそれほど焦らせているシルヴァナを見た。
「どこまでやれば確実なのか、結局は曖昧じゃない。確かに確実じゃないかもしれないけど、わたしが加わったことで少しでも確実さが上がってるんだから、ここで終わりにしても大差ないんじゃない?」
「でも、どうせ大差がないって言うなら、わたしはちゃんと最後までやった方が良いと思う。それが、必要ないとわたしは思うけど、シルヴァナのためでもあるんじゃないの」
「必要ないは余計よ。でも、わたしは最後までやることはないと思うわよ。あんなマヌケな紙人形が手下でも、あんたは一応やることはやったわけだし」
 二人の魔女の会話は、聞いていてもいったい何のことなのかさっぱり分からない。どうして魔女たちは、俺にはよく分からないことばっかり言うんだ。しかし、今の話から少しはうかがい知ることができたこともある。
「なあ。シルヴァナは、ユマとぐるだったのか?」
 会話の中身から判断すると、そうとしか思えなかった。シルヴァナは、ユマは何か目的があって俺に呪いをかけた、とかいかにも意味深なことを言っていたし、よく考えれば怪しくないか、色々と。あ、まさか、シマリウス一号と同じく俺たちを監視する目的で近付いたのだろうか。
「違う」
 しかし、ユマは強い口調で、シルヴァナはそれにきつい視線を付け足して、即座に否定した。予想をあっさり覆された俺は、二人がいったいなんのことを言っているのか、これでもう本当に分からない。
「ユマとぐるだと思われたくないし、本当のこと教えてあげるわよ」
「シルヴァナ」
 ユマはまだ乗り気ではないようだったが、それでもさっきほど強い口調ではなかった。観念したということだろう。それにしても、本当のことっていったいどんなことだ。それに、どうしてユマとはぐるじゃないって言い張るシルヴァナが、それを知っているんだ。
 今それを聞いたところでシルヴァナが答えてくれるとは思えなかったから、俺は大人しくシルヴァナの言葉を待った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「この間、昔は魔王も勇者もたくさんいたっていう話をしたの、覚えてるでしょ」
「ああ、覚えてるけど」
 ユマが俺にかけた呪いは、そんな時代に編み出されたって話もしてたな。
「どうして、昔はたくさんいたんだと思う?」
「え。どうしてって……。魔王がいたから、それを倒すための勇者が現れたわけで……」
「まあその通りなんだけど。じゃあ、どうして魔王がたくさんいたんだと思う?」
 本当のことを教えてくれると言ったわりに、どうして俺が質問ばかりされないといけないんだ。しかも、シルヴァナがどんな意図で訊いているのか分からなければ、質問の答えだって分からない。
「……魔王になりたい奴がたくさんいたからなんじゃないのか?」
 これで、どうしてそんな奴がたくさんいると思うと聞かれたら、もう答えを絞り出すことはできない。訊かれたところで俺はなりたいと思ったことがないんだから、どうしてそんなことを思うか理由さえ思い付かないぞ。
「そうね、それもある。けど、なりたいと思っても、条件がそろわなければ無理なのよ。ずっと昔は、その条件がそろうことが多かった。だから、魔王も多く現れたというわけよ」
「へー」
 シルヴァナの説明を聞いて分かったようで、いまいちよく分からない。
「条件というのは、どういうものなんですか?」
 同じ話を隣で聞いて、やはり俺と同じでよく分かっていないヒエラが尋ねた。とりあえず相づちだけ打った俺とは、やっぱりヒエラは違うな。
「色々、いくつもあるわ。そのうちのいくつかの条件がそろえば、まあおおむね魔王は現れたみたいね。当時は魔王の出現条件があるなんて分からなかっただろうけど、現在では過去に起きたいくつもの事例を調べて、ある程度分かってるわ」
「それで、条件とは?」
「現在でもそのいくつかがそろっているから、こんなことになっていると思わない?」
 魔女とは、説明する時でもとことん真正面からは教えてくれないものなのか。そんなこと言わないでさくさく説明してくれよとシルヴァナに頼んだところで、少しは頭を使えとか言い返されそうだから、俺は黙って考えてみる。
 しかし、考えてみたところで、手掛かりが少なすぎるな。そもそも、過去に魔王も勇者もたくさんいた時代があったというが、それを知らなかったんだから、時代や世情を参考にすることができない。
 ヒエラを見ると、腕を組んで頭をひねり、真剣に考えていた。でもやはり、考えても分からないのは俺と同じらしい。
「考えてみても、その条件っていうのは俺らには見当がつかないんだけど」
「やっぱりそんなものかしら」
 俺があきらめて降参すると、シルヴァナはあっさりとそんな言葉を返してきた。それなら、考えさせないでさっさと教えてくれよ。
「わたしに分かる限りでは、現在そろっている条件は三つあるわ」
 そう言ってシルヴァナは右手の指を三本立てた。
「一つは、国王付きの占術師がいること」
「それって、ルーインさまのことですか」
 ヒエラが驚いた顔をする。
「ええ、そうよ。かつて魔女もたくさんいた時代は、国王付きの魔女や占術師は国王が代替わりしても数人はいたものだけど、近年は魔女の数が減って、国王付きの魔女がいないことも珍しくなくなったわ。でも、今は数十年ぶりに国王付きの占術師が存在している。これが、一つ目の条件ね」
 シルヴァナは、同意を求めるようにユマを見た。ユマは、仕方なしといった感じで小さく頷く。
「二つ目は、ユマという魔女の存在」
「え」
 今度は俺が驚く番だった。俺は、シルヴァナとユマを交互に見る。ユマは気まずそうな顔で、俺の視線を避けるように顔を背けた。
「強力な魔女の存在が、二つ目の条件ね。本人の前で言うのもなんだし、わたしだってあんまりこういうことって言いたくないんだけど、魔女としてのユマの能力は、群を抜いて高いのよ。魔女が少ない現代においては、デタラメなくらい強いわ。魔女の多かった時代に生まれていたとしても、決して目立たない存在にはならなかったはずよ」
 驚いている俺にはお構いなしに、シルヴァナは早口にまくし立てた。シルヴァナが誰かを褒めるなんて珍しい。でも、俺はユマがそんなに優れた魔女だとは思いもしなかった。物心ついた時にはユマは魔法を使っていて、俺はいつでもそれを横で見ていたから、すごいとは思っても、それが特別にすごいことだと思わなかったのだ。ほかに比べるような存在がいなかったせいでもあるだろう。
「あの、でも、魔女はルーインさまやシルヴァナさんをはじめ、ほかにもいるんですよね。それなのに何故、彼女の存在だけが、条件になるんですか」
「ヒエラ。主さまには悪いが、主さまでは条件にあてはまらないのだ」
 小さく手をあげて尋ねたヒエラに答えたのは、ティトーだった。
「ティトー。余計なことは言わなくていいのよ」
 シルヴァナが凄みのある声で、ティトーを睨む。睨まれたティトーはもちろん、ヒエラまですくんでいた。なんなんだ。どうしてそんなに怒るんだ、シルヴァナは。訊いてみたいけど、あんな形相で睨まれるのは間違いないから、あとでこっそりティトーに訊いてみる方が良さそうだ。
「ユマほどではないにしろ強力な魔女はほかにもいるわ。でも、やっぱりユマの存在が条件となる。ユマでないといけない理由は、三つ目の条件とも関係があるのよ。むしろ、二つ目と三つ目は、一つの条件と見なしてもいいのかもしれないけど」
 シルヴァナは、俺を見る。まさか、俺の密かな企みがばれたのだろうか。そんな変な勘は働かせなくていいから、さっさと続きを話してくれ。
「三つ目は、エルトックの存在よ」
「……」
 なんだ、ばれたわけじゃなかったのか――じゃなくて、どうしてここで俺の名前が挙がるんだ! 俺はひたすらユマのしでかしたことに巻き込まれて振り回されてるだけだぞ。それなのに。
「なんで、俺が」
「強い力を持つ魔女と近しい存在だからよ。過去に現れた勇者って、魔女の近親者であることが多いのよね」
「それなら、俺以外にもいるだろ。ユマのおじさんとかおばさんとか」
「そりゃそうだけど、やっぱり同い年の幼馴染みってのが勇者としてはふさわしいじゃない?」
 俺は心底驚いているんだが、シルヴァナは大したことでもなさそうな顔だ。
「ちょっと待てくれ。それじゃ、シルヴァナもルーインさんみたいに、俺が勇者になる運命だとか言うのか?」
「そういうことよね、要は。強い力を持つ魔女が生まれて、そのすぐ近くでエルトックが生まれたわけだから」
「いや、生まれたのは俺の方が先だ」
「そういう問題じゃないと思うけど。先だろうと後だろうと、エルトックとユマは、そういう運命のもとに生まれたわけなんだから」
「俺は運命とかそういうあやふやなもののせいにされたくない!」
 もっと合理的な理由が欲しいんだ。いや、合理的な理由があれば納得するのかと言われたらまた別問題なんだけど、そんなどこの誰にでもあてはまりそうなことを、わざわざ運命だとか言われたくない。
「かつて勇者になるのを拒否した男がいるって話も、したわよね」
「へ? ああ、その時に『世界を救わなければ死んでしまう』呪いを編み出した魔女がいるって……」
「その魔女と呪いをかけられた勇者も、幼馴染み同士だったのよ」
 俺は、やっぱりその時呪いをかけられた彼に同情する。というか、親近感がとても湧いてくる。いやむしろ、俺はその時の勇者の生まれ変わりなんじゃないかという気さえしてくる。
「いや、でもそんなの偶然たまたまってことも……」
「そういうこともあるかもね。でも、今言った三つの条件がそろっていることで、魔王が現れる可能性はずいぶん高くなるのよ。だから、ユマは行動に出たわけ」
「あの、それってちょっとおかしくないですか」
 俺がなんだかたそがれたい気分になり始めていたところに、ヒエラの声が割って入る。
「なにが?」
「今までの話からすると、魔女が魔王になるわけではないんですよね?」
「そうよ。エルトックが勇者なら、ユマはそれを助ける魔女ってとこね。まあ、魔王が本当に現れたら、だけど」
 その話が本当かどうか、俺にはやっぱり疑わしい。俺がユマに助けられたことなんて、ほとんどないぞ。
「それならどうして、ユマさんはあえて自ら『魔王』を名乗っているんですか」
「そりゃあ、俺に『世界を救わなければ死んでしまう』呪いをかけたのがユマで、解く方法が世界を救うことしかないとかあいつが言い出したから『魔王』になったんであって……」
「そこがおかしくないですか、エルトックどの。エルトックどののその話が本当なら、ユマさんは『魔王』が現れる前に呪いをかけたんですよ」
「……確かに」
 『世界を救わなければ死んでしまう』呪いは、魔王退治を拒否した勇者を無理矢理行かせるために編み出されたものだ。つまり、呪いをかけられたのは魔王が現れた後。しかし、俺は魔王が現れる前にかけられている。そのおかげで、ヒエラたちを巻き込んで行かなくてもいい旅に出る羽目になったんだ。
「ユマ。おまえは、今シルヴァナが言った話を全部、知ってたのか」
「……」
 ユマは答えなかった。
 俺の旅は呪いを解くためで、『魔王』になったユマに再会できればその旅も終わって呪いも解ける。ユマがシルヴァナの言ったようなことを少しも知らないというのであれば、この旅はただそれだけの意味しかない。でも、ユマが魔王の現れる条件とやらを知ったうえでこんなことをしているのだとすれば、ずいぶん違ってくる。 
「だから、言ったじゃない? エルトックのためだって」
 シルヴァナが肩をすくめる。
「どうして俺のためになるんだよ。俺には呪いをかけて、人には迷惑かけてるのに」
「国王付きの占術師ルーイン・ヴァーロ、ユマ、それにエルトック。この三人がいることで魔王が現れる可能性は高くなるって言ったわよね」
「ああ」
「ユマは、それで先手を打つことにしたのよ」
「先手?」
「そうでしょう、ユマ」
 シルヴァナに問われ、ユマはため息をついた。

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(C) Nagasaka Danpi 2006-2009