エピローグ
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 墓地にはほとんど人の姿がなかった。おかげで、女二人でも誰にも怪しまれることなく埋葬できた。ただ、墓地に埋葬しただけで、葬儀としては何もしていない。
 弔うべき相手はキシルの隣に立っている。外套をまとい、顔を隠すように頭巾を目深にかぶっていた。自分も手を貸したこととはいえ、その死を見届け、たった今埋葬を終えた友人がそこにいるのは、奇妙な気分だった。どちらが本当の彼女なのか、わからなくなりそうになる。隣にいるイフェリカが本物であれば、と思わずにいられない。
「……時間があれば、ちゃんとしたお葬式をしたんだけど」
「構いません。こうして埋葬できただけで十分です」
 頭巾の下で、イフェリカが小さく笑った。彼女を寸でのところで取り逃がしたから、リューアティン兵たちは今頃必死で探しているだろう。ミファナスにいたらいつ見つかるかわからないし、魔術はいつまでも保つものでもない。
「次は、家族のお墓参りですね」
「もしかして一人で行くつもり?」
「キシルにこれ以上の迷惑はかけられません」
「無理だよ。イフェリカは今、魔術を使えないんだから。一人でヴェンレイディールに行ってお墓を探すなんて絶対に無理。危険すぎる」
 人がいないこともあって、つい声が高くなる。イフェリカは、しかし決意の固そうな表情だった。
「でも」
「護衛をつけるべきだよ。ちょうどいい傭兵がいるから、彼に頼めばいい。大丈夫、いい奴だし、ちょっとくらい危険なことでも引き受けてくれるから」
 本当はキシルがついて行きたいところだが、戦闘向けの魔術はあまり得意ではないし、女の二人旅は目立ってしまう。
「でも、その方にも迷惑がかかってしまいます。それに、知らない方に頼むのは……」
「ハルダーは傭兵だから、迷惑とかなんて考えなくていいよ。それにね、あいつなら、安心してイフェリカを任せられる」
「キシルの信頼している方なのですか」
「腕は保証する。性格もね、結構人の好いところがあるから。イフェリカと二人きりでも変なことするような奴じゃないし。ただ……」
 ぶつぶつと文句を言いながらも、キシルの頼みごとを引き受けてくれる傭兵の顔を思い浮かべ、キシルは一度、言葉を切った。
「四年前に、護衛に失敗したことがあるんだ。ある魔術師の護衛をしてたんだけど、守り切れずにその人は殺されて、自分は右腕をなくした」
 その依頼も、キシルからハルダーに持ちかけたものだ。依頼としては大失敗だった。依頼主であり護衛対象だった魔術師は殺され、ハルダーは右腕まで失ったのだから。それでも、今イフェリカをヴェンレイディールへ無事に連れて行けるのは、ハルダーしかいないと思った。
「でも、必ずイフェリカを守って、望みを叶えてくれるよ」
 人の好いあの傭兵は、イフェリカの身の上に同情し、全力で守ってくれるだろう。
「――これ以上、誰にも迷惑はかけたくないのです。ただでさえ兄のせいでたくさんの人が亡くなり、怪我をしたのですから。そして、それを知りながら、わたしは己のわがままを叶えるためだけにこうしてここにいるのに……」
「イフェリカを一人で行かせたくないというのは、わたしのわがままだよ。無事に思いを果たしてほしいから、護衛をつけてほしいんだ」
 ほとんど懇願である。イフェリカの目には迷いが浮かんでいた。自分でも、一人では危険だとわかっているのだろう。
「わかりました。キシルの協力がなければ、ここにいなかったのですし。キシルが信頼している方なら、任せてみます」
 まだ見ぬ護衛への不安をわずかににじませ、イフェリカが微笑む。
「絶対に大丈夫だよ」
 安心させるように、イフェリカの手を強く握った。
「はい」
 にじむ不安が消える。キシルは安堵の笑みを浮かべつつ、絶対にイフェリカを守りきるんだよ、と、まだ話をつけてもいないハルダーに、心の中で強く念を押した。

〈了〉

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