最強の壁 03
 《南の白館》を出たアルドレは立ち止まると、肩の力を抜いて大きく息を吐き出した。
 緊張した。ここ最近で一番緊張した一時だった。何人かの団長や副団長と会うことになるかもしれないと覚悟はしていたが、まさかリーベスリートの父親であるオイセルストに会うことになるとは思ってもいなかった。しかし、よく考えてみれば実戦部隊の《蒼の冬月》は、《緋の夏陽》と入れ替わりで北方の戦地から戻ってきているのだから、王宮にその団長がいてもおかしくはないのだ。
 アルドレは自分の行動を思い出す。緊張はしたものの粗相はしなかったから、オイセルストに変な印象は持たれていないはずだ。
「……よしっ」
 自分に言い聞かせると共に、気合いを再注入する。緊張するお使いは終わった。あとは、昼休みが終わるまでになんとかリーベスリートを捜すだけである。
 とはいっても、リーベスリートがいったい王宮のどこで働いているのかは全然知らない。この前《西の朱の塔》を探していたから、そこが主な職場だろうか。《西の朱の塔》と本営は離れているから、本営の近くに用事で訪れて迷子になってしまった可能性はある。まさか職場周辺で迷子になることはないだろうから、リーベスリートが働いている場所は本営のそばではないはずだ。しかし、それでも探す場所は広すぎる。
 立ち止まって考え込んでいてもらちが明かないので、アルドレは《南の白館》の北側に広がる中庭を突っ切って、その向こうの《西の朱の塔》に行ってみることにした。職場ではないだろうが、闇雲に捜しまわるよりは少しでも彼女が関係している場所へ行ってみる方がいいと判断したのだ。
 中庭は回廊に取り囲まれているが、そこを通るよりは横切る方が早いのでアルドレは芝生の植えられた中庭を進んでいく。王宮内にある庭はどれも広く、それぞれの季節を楽しめる木々や花が植えられているが、ここの中庭は周辺に低木が植えてあるくらいで、それ以外は芝生だ。騎士団と関係する《南の白館》のそばにあるから、騎士団が集合することを想定してこれだけすっきりしているのかもしれない。
 《西の朱の塔》の入り口が低木の向こうに見え、アルドレは切れ目から回廊へ戻った。入り口は開け放たれていて、奥には人の気配もする。中庭側の窓に人影が見えた。年若い娘の姿が数人。侍女のお仕着せを着ている。彼女たちは、アルドレの存在に気付いた様子もなくお喋りに興じているようだった。
 人はいるのだが、彼女たちの元に乗り込んでリーベスリートのことを尋ねるのには相当勇気がいる。王宮の方に滅多に姿を見せない見習い騎士が、本営から離れた《西の朱の塔》に現れて、一人の侍女の行方を尋ねる――。人の口の端に登る噂になるのではないだろうか。
 《南の白館》に行った時とは別の緊張感が、アルドレを襲う。接する機会が殆どないだけに、同年代の少女はまるで別の生き物だ。騎士たらんとする者として、みっともないところを見せるわけにもいかないが、しかし、かといってどうやって話を切り出せばいいのか、そもそもなんと言って声をかければいいのか分からない。変な奴と思われて警戒されたら最悪だ。
「どうされたんですか」
 アルドレが《西の朱の塔》の前の廊下を行ったり来たりしてどうしたものか考えていたら、突然後ろから声をかけられた。不審者がいると、誰かが見に来たのかもしれない。まずい、《暁の盾》に通報されるとかいう最低最悪の事態だけはなんとしても避けなければならない。
「俺、いや僕は怪しいモノじゃ――」
 慌てて振り返って、絶句する。
「あ、この間の……」
 立っていたのは、リーベスリートだった。この前出会った時と同じお仕着せを着ている。艶のある黄金色の長い髪、綺麗に澄んだ青い瞳、輝くばかりの美しい面立ち。出会って以来、アルドレが幾度も頭の中で思い描いていた彼女が、そこにはいた。いや、やはり記憶の中の彼女よりも、実物の方がずっと素晴らしい。
「こんにちは。先日は、お世話になりました」
 リーベスリートは柔らかに微笑んで、頭を下げる。
「あ、いやいや、全然あれくらい構わないよ」
「今は、休憩中なのですか」
 頭を上げ、リーベスリートが尋ねる。不思議そうな顔をしているのは、やはり見習い騎士のアルドレが本営ではなく王宮にいるからだろう。不審者と思われてはいけない。彼女にだけは、絶対に。
「うん。団長――《碧の秋星》の第一分団長のお使いで、こっちに来たんだ。それで、王宮には滅多に来られないから、ちょっと散策でもと思って……」
 なんだかさっきオイセルストたちと話した時よりもずっと緊張する。あの時も、オイセルストたちの登場は不意打ちだったけど、リーベスリートも同じだ。緊張とリーベスリートに会えた嬉しさで、いやでも胸は高鳴る。
「お使いって、そこの《南の白館》に?」
「うん、そう」
 なんとか少しでも長く話をしたい。オイセルストに会ったことを言おうかと思ったけれど、アルドレはリーベスリートの名前と素性をハルスから聞いて知っているが、彼女から直接聞いたわけではないのを思い出して、慌てて口をつぐんだ。アルドレに名乗ってもいないのに名前を知られていたら、不気味に思うかもしれない。
「そうなんですか、偶然ですね。わたしも、ちょうど今《南の白館》から戻ってきたところなんですよ」
「え?」
 もしかして、アルドレが《南の白館》にいたのと同じ時に、リーベスリートも同じ建物内にいたということか。なんという偶然だろう。いや、もしかしたらこれは運命なのかもしれない。同じ日の同じ時に同じ場所にいるなんて。運命に違いない。アルドレの思考は一気に飛躍していた。
「今、騎士団の団長たちがお集まりになっていますよね。皆さんの昼食のご用意で、そこにいたんです。わたしは、父に用事があったので少し残っていたんですけど」
「父?」
 オイセルストに用事ということは、《南の白館》で彼女と顔を合わせていたかもしれないのか。それならば、《南の白館》で遭遇するよりも、用事を済ませたあとの今の方が、ゆっくり話せる時間はきっと長い。ほんのわずかな時間差の幸運に、アルドレはますますこれが運命に違いないと勝手に確信を深めていた。
「はい。まだ名乗っていませんでしたね、ごめんなさい。わたしは、リーベスリート・ヘル・シュナウツといいます。《蒼の冬月》の団長、オイセルスト・ルフティヒ・シュナウツが、わたしの父なんです」
「俺も名乗ってなかったね。俺は、アルドレ・ヴェルソ。君のお父さんには、ついさっき俺も会ったんだ」
「まあ。ますます奇遇ですね」
「うん、そうだね。《フィドゥルムの双璧》とそのお嬢さんに会えて、光栄だよ」
 偶然に驚くリーベスリートに、アルドレは満面の笑みを向けた。
「身内自慢のようですが、すごいのは両親で、わたしには両親のような才能なんて、ないんですよ」
 もしかしたら、アルドレがいま言ったような言葉は、昔から耳にたこができるほど聞いているのかもしれない。リーベスリートは少し困ったように微笑んだ。有名で優秀な両親を持つと、その子供もなにかと両親の名を出されたり比べられたりして、案外肩身が狭いのだろうか。アルドレはごくごく普通の家に育っただけに、想像することしかできないが、彼女に嫌な思いをさせたくはなかった。
「そういうつもりで言ったんじゃないんだ。気を悪くしたのなら、謝るよ。ごめん、俺は本当に、君に会えてよかったと思ったから……」
 と、アルドレは自分が謝った勢いのまま、リーベスリートへの想いを口にしてしまいそうになり、慌てて口を閉じた。一度しか会ったことのない男からいきなり告白されても、リーベスリートの身の上からすると、金や名誉目当てに近付いてきた不埒な輩と勘違いされかねない。アルドレの気持ちにはそんな邪な下心など欠片ほどもないのだが、会うのが二回目、まともに話すのは今回が初めてでは、偽りないこの想いならばまっすぐに届くはずだと信じるほど、アルドレも楽天的ではなかった。
「わたしの方こそごめんなさい。余計な気を遣わせてしまいましたね。光栄に思って頂けて嬉しいです」
 リーベスリートが顔を綻ばせる。
「でも、変わった人ですね。悪い意味ではなくて」
 固く閉じていたつぼみが一気に花開くような笑みに、アルドレは思わず見とれてしまった。
「わたしに取り入って両親に近付こうとする人は、だいたい『そんなことはない』と言って過剰なほどわたしを褒めるんですよ。謝ったのは、あなたが初めてです」
 リーベスリートはそう言ったが、アルドレは心の中でそんなことはないだろうと思っていた。彼女自身に近付こうとする者も少なからずいたはずだ。
「アルドレでいいよ」
 そんな輩と自分は違う人間なのだともっと思ってほしくて、言った。
「え」
「そんなかしこまった話し方もしなくていいよ、君と歳も近いしね。あなたじゃなくて、アルドレで構わないよ」
 アルドレの申し出に、リーベスリートは目をしばたたいた。それから、また微笑む。
「ありがとう、アルドレ。お言葉に甘えさせてもらうわ。それから、わたしのことはリートと。本名は、ちょっと長いから」
 彼女を愛称で呼ぶことを許されて、アルドレは天に駆け上りそうな気持ちだった。徒競走に勝ち抜き、緊張感みなぎるお使いを乗り越えた甲斐は、十分すぎるほどにあった。人生でいちばん幸福な瞬間を迎えている。
「ねえ、アルドレはお昼ご飯、食べた?」
「いや、まだだけど……」
 気持ちの半分は中庭を駆け回っていたアルドレは、変ににやけた顔をしないように精一杯顔面に気を付けながら、リーベスリートを見た。
「よければ、一緒にどう? わたしもいまから食べるから」
「え。でも、俺の分の食事なんて」
「一人分くらい余計にあるから、大丈夫よ」
 嬉しすぎるリーベスリートの誘いは予想外の出来事過ぎる。思考と感情がそれに対応し切れていないアルドレの腕を取り、リーベスリートは《西の朱の塔》の中へアルドレを連れて行った。
 なんだかもう、今すぐここで死んでもいいくらいに幸せで嬉しくてどうしようと、アルドレは自分の腕を取るリーベスリートの体温を感じながら、このまま昼休みが終わらなければいいのにと思った。

 ○ ● ○ ● ○

「……ナーゲル。あの馬の骨はなんですか」
「は? 王宮に馬の骨なんて落ちてるわけないじゃないですか。何を言っているんです」
 二階の別室に用意された昼食を食べるため、《白鎖の間》から二階に下りたところでオイセルストが足を止め、窓の外を見ていた。
 ナーゲルはオイセルストより少し先に進んだ位置で立ち止まり窓の外を見たが、馬の骨なんて当たり前だが、中庭には落ちていない。もしもそんなものがあったら大騒ぎになるだろう。
「何を言っているんですは、君の方ですよ。俺が言いたいのは、あの少年のことです」
 オイセルストは少し苛立って、顎で外を示す。ナーゲルはオイセルストが示した方向を見た。《西の朱の塔》の方だ。
 どうやら、そちらの方面に誰かいるらしいが、なんだと言っているからにはオイセルストが知らない人物のことだろう。見知らぬ人間に対して、いきなり馬の骨はないだろうと思うが、それを彼に言っても無駄なので言わないことにする。
「どの少年ですか」
 ナーゲルはオイセルストの隣へ行き、改めて窓の外を見た。言われてみれば、《西の朱の塔》の前の回廊に人がいる。しかし、この位置からでは回廊の屋根と低木に遮られ、人物の顔は下半分から腰の上あたりまでしか見えない。それでも、服装から男女二人ということは分かった。だが。
「えー……顔が半分しか見えないので、僕ではその、ちょっと誰なのかまでは」
「隣にいるのはリーベスリートですよ。それも分からないんですか」
 言われてみれば、確かについさっきここへやって来たオイセルストの愛娘のような気はする。服装は侍女のものだ。
 しかし、これでナーゲルは合点がいった。彼の愛娘と親しげに話をしている少年を、低木と回廊の屋根で見えにくいだろうに、オイセルストはめざとく見つけていたのだ。
「あの格好からすると、まだ見習い騎士のようですね」
「そう、みたいですねぇ」
 少しくたびれて薄汚れた衣装は、王宮内で働く者のそれではない。動きやすさを重視した服だが、剣を帯びていないから騎士でもない。そうなると、おそらく見習い騎士だろう。
「すると、さっきイルゼイの使いでやって来た少年ですね」
 あっと思い、ナーゲルはオイセルストの横顔を盗み見た。齢を重ねた口元に、なにやら不穏な笑みが浮かんでいる。
 このあたりをうろつく見習い騎士は、用事を言い付けられて訪れた者くらいだ。ナーゲルとオイセルストが知るかぎりでは、ついさっきマニエラに書状を届けに来た見習い騎士しかこの近辺にはいない。使いを済ませて《南の白館》を出たあの少年と、やはり用事を済ませて《西の朱の塔》へ戻っていったリーベスリートが遭遇しても、おかしくはない。
 気になるのは、少年が《西の朱の塔》の前にいることだ。《南の白館》を出てすぐに本営へ戻るのなら、《西の朱の塔》の前を通る必要はない。あの見習い騎士は、すぐには本営に戻らずに《西の朱の塔》の方へ回り込んだのだろう。
 王宮にみだりに入ってはならないと言い付けられている以上、目的もなくそんなことをするわけがない。見習い騎士がわざわざそんなことをする理由は、騎士ならば容易に想像がつく。会いたい少女が、どこかにいるのだ。
 オイセルストも少年の目的に気付いているからこそ、リーベスリートと話をしている彼の姿を見咎めたのだろう。親バカだ過保護だと言われているオイセルストだが、いくらなんでも立ち話をしているだけの少年を咎めたりはしない――はずだ。
 屋根に隠れてよく見えないが、話は弾んでいるらしく、少年は本営に戻る素振りも見せない。それどころか――。
「あ」
 ナーゲルは思わず声を漏らしていた。
 リーベスリートが少年の腕を取り、彼と共に《西の朱の塔》の中へ消えていったのだ。
 少年がここへ現れた時間からすると、昼食をとる前に訪れていただろうし、リーベスリートもこれから昼食をとると言っていたから、彼女の方から誘ったのだろう。ああいうところは、父親に似て積極的だ。
 しかし、それを当の父親が嬉しく思っているかどうかは別問題である。ナーゲルが恐る恐る隣を見ると、オイセルストは凍り付いた笑みを浮かべ、さっきまで二人がいた地点を見ていた。
「見習いという未熟者の立場もわきまえず、図々しくも我が娘に話しかけるとは言語道断、不届き千万です。あの、ゆるみにゆるんでたるみきって弛緩している軟弱脆弱ひ弱な根性は、即刻厳重に一分の隙もなく矯正する必要があります」
 昼食の誘いを受けたとしても見習い騎士の目当てがリーベスリートかどうかは定かではなく、仮にそうであってもオイセルストのやろうとしていることは、いくら愛娘とはいえ、はっきり言って人の恋路の邪魔である。しかし、普段の冷静さが微塵ほども残っていないこの父親には、そんなことすら思い付かないらしい。しかも、いまの発言はいくら何でも言いすぎだろうとナーゲルは思ったが、いまオイセルストに言ったところで耳にも入れてもらえないだろうから、あえて指摘はしなかった。
「……その過保護ぶりも、少しは直した方がいいですよ」
 代わりに、ぼそっと呟く。
「何か言いましたか?」
 オイセルストの首がぐるりと回って、獲物を狙う肉食獣のような視線が、ナーゲルを射抜く。
「いえ、何も」
 ナーゲルは努めて無表情に言った。矛先がこちらにまで向いてはたまらない。
「そうですか、追及はしないでおきましょう。それよりも、ナーゲル。午後の会議が終わったら、そのあとの予定は特にないんでしたね」
「ええ、会議が終われば、今日のお仕事は終わりですが」
 嫌な予感を感じながら、ナーゲルはオイセルストの言葉を待った。
「せっかく予定が空いているんです。会議が終わったら、本営に戻って見習い騎士の修練に参加しましょう」
「ちょっと待ってください。どうしていきなりそんな。最近は歳だからと言って、積極的に見習いの修練に顔を出すことがないのに」
「誰が年寄りですか。失敬な」
「言ったのはあなたご自身ですよ。それより」
「手の空いているうちの若い騎士も、適当に何人か見繕ってください。たまには実戦経験豊富な騎士が修練に参加する方が、見習い諸子のみなぎる向上心が、更に燃え上がることでしょう」
「さっきはたるんでるだの軟弱だのおっしゃってたじゃないですか」
「僭越ながらこの俺が参戦することで、見習い諸子の士気の向上に繋がったらいいんですが」
 オイセルストはナーゲルの反論にはちっとも耳を貸さず、昼食の待つ別室へ向かいはじめている。
「顔を出すだけじゃなくて、手合わせにも参加するつもりですか。やめてください、それだけは」
「何故です。手合わせに騎士が参加して見習いが喜ぶのは、君もよく知っているでしょう」
 追いすがるナーゲルを肩越しに振り返り、オイセルストが不満そうに言う。
「ええ、知っています。あなたが後進の指導以外の目的で手合わせをすることがあることも、よーく知っていますとも」
 オイセルストが見習い騎士の修練に参加する目的は、ひとつしかない。分かり切っている。あの少年を、言い方は悪いが事実はその通りなのでこう言うが、いびるつもりだ。未来ある若者のため、そしてこの度が過ぎる過保護な父親の補佐役として、なんとしても止めなければならない。
「ナーゲル。騎士団の一つを預かるこの俺の、後進に寄せる期待を疑うのか」
 オイセルストの口調は変わっていないが、言い方にいつもの丁寧さがなくなった。ナーゲルは反射的に、背筋をただしていた。オイセルストがこういう話し方をするのは、だいたい機嫌が悪い時、あるいは強引に相手に言い聞かせたい時だということも、ナーゲルはよく知っていた。
「……それが本当に純粋でしたら言うことはないですけど、でも思いっ切り公私混同で職権乱用ですよ」
「ナーゲル」
 反駁を試みたが、先程よりも温度の低くなった声が返ってきただけだった。
「俺は、人に指図されるのは性に合わない」
「……はい」
 なんでオイセルストはこんなで国の英雄なんだろうかと思いたくなる時が、ナーゲルにはある。
 けれど、公私混同の上に職権乱用しても、彼の暴走の影響が及ぶ範囲が実は狭い中に限られていることも、知っている。わざとそうしているに違いなく、そして乱用できる職権を十二分に担うだけの強さを間違いなく誇っているのが、オイセルストという男の厄介なところなのだ。
 せめて自分がついていって、オイセルストの暴走をできるかぎり最小限に留めるしかない。ナーゲルは嘆息と共に決意したが、困った上司の困った提案を却下できなかった時点で、その決意はしても無駄かもしれないことを、ナーゲルは経験上分かっていた。