最終話 勇者と魔王の生まれた本当の理由 01
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 洞穴は、大の男が立って歩くのにも十分な高さがあって、幅も三人並んで歩けるくらいある。奥もなかなかあるようで、入り口からしばらく歩いても、ずっと同じ広さの自然の通路が続いている。中へ入ったら暗いかと思っていたけど、等間隔に灯りが設置されていて、暗闇で困ることはなかった。通路は右に左に大きくうねりながらも一本道で、迷うこともない。
 ジュドー十傑・その三が俺たちの到着を告げているのに、俺たちの侵入を阻止しようとする紙人形(もうそれ以外の手下がいると思えない)たちは一向に現れる気配がなかった。とうとう紙人形が姿を見せたのは、拍子抜けするほどあっさりユマのいるところへ辿り着くのかと思い始めた時だった。
 現れたのは、初めて見る紙人形たちだ。といっても、今までのものと形に変わりはない。大きさは、町中を徘徊していたのと同じくらい。違っていたのは色だ。洞窟に入って初めて遭遇した紙人形は、真っ赤だった。
「な、なんでこいつらは赤いんですか」
「さあ……」
 予想に違わず現れたのがやっぱり紙人形だったから、俺は多少毛色(紙色?)が違っていても大して気にならなかったが、ヒエラはそうではないらしい。いつもと同じ形ながら、いかにも攻撃的と思わせる赤い色をしているものだから、結構ひるんでいるようだった。
「ん?」
 赤い紙人形をよく見ると、それぞれが手に小さな剣らしき細長いものを持っている。しかしジュドー十傑たちと違って、今度こそそれは紙製らしい。
「よくもここまでやって来ましたね、勇者どの。しかし、これ以上奥に行かせるわけにはいかないのです」
「え。しゃべるの?」
 意外なことに、赤い紙人形が甲高い声で言った。全部がしゃべっているわけではないようだが、数が多いし小さいからどの紙人形がしゃべっているのか全然分からない。
「勇者どの、お覚悟ー!」
 先頭に並んでいた紙人形の一体が、俺たちめがけて剣先を掲げる。どうやらそれがしゃべっていて、この集団を仕切っているらしい。そしてよくよく見ると、胴体に小さな文字で『ファルノー常駐部隊長・その一』と書いてある。ユマの命名法には、紙人形の造形と同じでとことんひねりがない。
 ともかく隊長・その一の突撃合図と共に、赤い紙人形からなるファルノー常駐部隊が俺たちに向かって突っ込んでくる。しかし掛け声は隊長・その一の一人(?)分しかないから、みんながみんなしゃべれるわけではないらしい。
「あ、いたっ! 痛い! やめろ、チクチクするっ!」
 ファルノー常駐部隊の武器は紙製で、しかも小さいから攻撃力は皆無に等しい。俺たちのつま先を突いてくるが、紙の剣はあっさりと靴に負けて折れ曲がっていく。痛くもかゆくもない。
 しかし、ティトーだけは例外だった。俺たちのように靴を履いているわけでも服を着ているわけでもないし、体高は紙人形たちより少し高いくらいだから、格好の標的にされていた。赤い紙人形がティトーに群がっている。
「エルトックぅ」
 紙とはいえ、つつかれるとそれなりに痛いらしい。ティトーが俺に駆け寄り情けない声で助けを求めてきたので、俺はティトーを抱き上げた。
「はいはい、よしよし」
 格好の標的をなくした紙人形は、奪ったのが俺だからか、あるいは俺が一応の勇者だからなのか、今度は俺に群がり出した。しかし、いくら総員に群がられても、やっぱり痛くもかゆくもない。
「とりあえず、先に進むか」
 ファルノー常駐軍に俺たちの足止めをする効果は全くない。俺はつま先をブンブン振ってファルノー常駐軍たちを払いのけ、なるべく踏まないように気を付けて、再び群がろうとする彼らを跨いでいく。
「あ! 待つのです、勇者どの!」
 隊長・その一が先頭に立ってその後に部下たちが続いて追いかけてくるが、俺たちに追いつけるわけもなく、どんどん距離は開いていく。そのうち、隊長・その一の声は聞こえなくなり、そこまで来て俺はティトーを地面に下ろした。
「やれやれ、さんざんな目に遭った。さすがは、魔王の潜む洞窟だな、エルトック」
 ティトーはそう言ったが、さんざんな目に遭ったのはティトーだけで、俺は曖昧な返事を返すに留めた。
「やっぱりにおいは奥に続いているぞ」
 地面に降り立ったティトーは鼻をひくひくと動かして、自分の役目を再開する。
「ずいぶんと長い洞窟ですね」
 曲がりくねった道だから奥はまったく見えないが、それでもヒエラの言うとおりかなり長い洞窟のようだ。
 俺たちが更に奥へ進んでいくと、太い通路から枝分かれした細い通路に、初めてぶつかった。
「どっちか分かるか、ティトー」
「うぅむ……、細い方はそれほど奥深くはないようだが、シマリウス一号ともジュドー十傑たちとも違うにおいがする」
 違うにおいでティトーが知らないにおいということは、ユマのものなんじゃないだろうか。
 ヒエラとシルヴァナも同じことを考えていたようで、俺たち三人は顔を見合わせた後、細い道の方を誰もが見る。俺たちは、細い道へ踏み出した。
 ティトーが言うとおり、細い通路はそれほど奥まで続いておらず、すぐに突き当たりに辿り着いた。突き当たりは、通路よりも大きく横に広がっていて、洞窟の中には不似合いな戸棚や流し、かまどが設置されていた。
「……台所?」
 ユマの姿はどこにもなく、扉のない戸棚には皿やコップなどの食器類が収まっている。戸棚の横には木箱もあって、のぞいてみると芋や干し肉など、食材が入っていた。どう見たって台所だ。
「台所じゃない、ティトー」
 シルヴァナが、気まずそうに俺の足下をウロウロしているティトーを見た。
「……でも、ここには確かにシマリウス一号たちのとは違うにおいが……」
 あいつらがモノを食べるわけないから、ここを使うのはユマだけだろう。日常的に使っているはずだから、においが残っているのも道理だ。
「食べ物もあるんだから、そのにおいで台所だって」
「まあまあ。これでここにユマがいることがはっきりしたわけだし、大した距離でもないんだし、もと来た道に戻ってまた奥を目指せばいいわけだろ」
 シルヴァナがティトーを叱責しようとするのに割って入る。シルヴァナは途中で俺に遮られたのに少し不満そうな顔をしたが、すぐに「そうね」と言ってさっさと台所を出て行った。
「エルトックぅ~」
 怒られずに済んだティトーが、俺の足に鼻先を擦りつける。
「いいから、また案内してくれよ」
「照れるな、エルトック。さすがは心の友だな」
「……」
 俺としては早くユマに会って色々と訊きたいことがあるしさっさと家に連れて帰りたいし、シルヴァナの小言を聞きたくもないからであって、それほど感謝されるようなことでもないのだが。ついでに言えば、俺はやっぱりティトーの心の友になった覚えもないのだが。
 とにかく、俺もヒエラもティトーも、シルヴァナを追ってもとの道へ戻った。寄り道をしたけど、まだファルノー常駐軍には追いつかれていなかった(諦めずに追いかけてきているかは分からない)。
 太い通路はその先でも細い通路と枝分かれしていて、やはり奥からユマのものらしいにおいがするとティトーが言うので、確かめに行った。今度は寝室らしき場所で、掛け布団をはねのけてそのままにされているベッドがでんと置いてあった。そばには机と椅子もあり、机の上には食事に使ったと思しき皿とコップが取り残されている。その脇には数冊の本が積み重なっていて、たぶん食べながら読んでいたんだろう。ユマが寝起きしている場所に違いない。俺たちは、またもとの道へ戻り更に奥を目指した。
「どんどんにおいが強くなってる……間違いない、魔王はこの道の奥にいるぞ」
 台所や寝室といった生活感溢れる場所を通り過ぎたあともいくつか分岐路にぶつかったけど、ティトーがそう言うのでもう寄り道はしなかった。
 最後の分岐路を通り過ぎ、大きく右に曲がると、突然広い空間が通路の先に広がっているのが分かった。そこは通路よりもずっと明るいらしく、光が通路の方に漏れてきている。
 いかにもという感じだが、そこが『魔王のおわす場所』といったところだろう。
「ここにいるぞ、エルトック」
 ティトーが小声で言った。俺は、ただ黙って頷いた。
 枝を握ったまま、俺は先頭になってその空間へ踏み込んだ。薄明かりに慣れていた目には、そこの光量は眩しいくらいだった。しかし、すぐにそれにも慣れる。
「……ユマ」
 広さでいえば、ここに来るまでに見た寝室と台所を足してそれを三倍にしたくらいだろうか。しかし、一番奥に陣取っているユマの座る椅子以外これといったものがないから、ただっぴろく見えた。
 ユマは、俺が最後に見た時から少し髪が伸びていたけど、それ以外はなにもかもが相変わらずのように見えた。魔王と名乗っているけれど、服装は今まで通り、ユマの見た目に反して地味で簡素なもの(そういえば母さんがよくもったいないと言っている)だ。椅子は、一応威厳を出すためなのか、無駄なくらいに背もたれが高いけれど、左右にはべっているのがシマリウス一号やジュドー十傑たちなので、高い背もたれの威厳はそいつらの存在で相殺されている。いやむしろ、本人には面と向かって言ったことがないような気がするが、美人の部類に間違いなく入るユマが、見た目も中身もマヌケなシマリウス一号たちに取り込まれている光景は、少々滑稽だった。
「久しぶりだね、エル」
 背もたれに体を預けて両肘は肘置きに載せ、足を組んで少し顎を上に向けてユマはそう言ったけど、口調は相変わらず抑揚に乏しい。表情もだ。シマリウス一号たちがあんな単純極まりない顔なのは、もしかしてユマが無表情なせいなんだろうか。
 それはともかく、それほど心配していたことは断じてないとあらかじめ言ったうえで、俺はユマが変わらず元気そうであることに、自分でも意外なほどほっとしていた。
 台所もあって食材もあったし、ちゃんと食べてたみたいだ。あいつは熱中し出すと寝食を忘れて没頭するところがあるから、おばさんもいないこんな場所で『魔王』なんてやってたら、もしかしたら食事をおろそかにして痩せてるんじゃないかと思ったりしてたんだ。
「あの子が『魔王』なんですか、エルトックどの」
 ヒエラが戸惑った声で、俺の袖を引いた。
「あー、まあな。自称だけど」
「なんだか、ものすごく……意外な感じがします」
 ヒエラは目を見開いて、ユマを凝視していた。
 そう言えば、ヒエラは魔王を名乗るユマが俺の幼馴染みだという話は知っている(というか覚えている)はずだが、もちろん会ったことはないから顔は知らないんだった。ヒエラを心底震え上がらせた紙人形の生みの親が、まさか(見た目だけは)可憐な美少女だとは思いもしなかったのだろう。
「よくここまで辿り着いたね、エル」
 ユマは、おそらく彼女にできる限り精一杯の力で重々しく言った。顔はいつものごとく無表情だが、この場合は口調と合っているから顔の筋肉にまで気を遣う必要はなかったみたいだ――じゃなくて。今までの道のりを思い返してみると、「よくぞ来た」と言われるほど苦労してはいないような気がするんだが。
 ルーインさんが南へ行けと助言してくれたし、贅沢はできないけど路銀に困ることもなかったし、そりゃ新しい町へ入るたびに紙人形退治のために真夜中まで張り込まないといけなくてちょっと寝不足気味になっているのは事実だけど。シマリウス一号がユマの居場所を口走ってくれたおかげでアルキマ山まで来られたし、さっきジュドー十傑・その一に攻撃された時はちょっと動揺したりもしたけど、あいつらは俺をここまで誘導するためにいたんじゃないかと思うから、俺ほど苦労なしに『魔王』のところに辿り着けた『勇者』はきっといないだろう。まあ、俺は自分が『勇者』だとは『魔王』を前にしても思えないけど。というか、そもそも『待っている』と言ったのはユマのくせに、俺を出迎える台詞がそれっておかしくないか。
「だけど、安心するのはまだ早いよ。わたしはまだ倒されていないからね。エル、おまえの呪いを解きたければ、わたしを倒すことだな」
 俺がここまでの旅路を思い出していると、ユマが物々しい口調のままで続けた。しかしちょっと待て。呪いは『俺の』じゃなくて『ユマが俺にかけた』ものだ。そこは、特に張本人にぜひともはっきり自覚していてもらいたい。
 それにしても、ユマが俺にかけた『世界を救わなければ死んでしまう』呪いは、本当にユマを倒せば解けるんだろうか。いまだに納得できないんだけど、やっぱり人々の安眠妨害が『世界の危機』なのか? はっきり言って、俺がユマを倒せるとは思えないのに、どうしろって言うんだ。それに、ユマの魔法の餌食になる俺が体を張る(張らされる)のはいつものことだが、自分の魔法のために体を張るユマを見たことがない。ユマはいつでも、体を使うよりも魔法を使っていた。だから、木登り競争で俺に勝てなかったのだ。
「あのさ、ユマ。珍しく情緒豊かにしゃべってるとこ悪いんだけど」
「ただし、簡単にわたしを倒せるとは思わない方がいい」
 いや、全然そんなことは思っていない。そんな考えはとっくの昔に捨て去っていて、ユマを倒さないと呪いが解けないんじゃどうすりゃいいんだと思ったばかりだ。
「わたしを倒したければ、まずは彼らを倒すことだね、エル」
 ユマは俺の反応を確かめることもなく、ついでに言葉は無視して、一人でとっとと話を進めていった。ユマに言われて、その前にずずいと進み出たのは、ジュドー十傑たちだった。
 初めて見るその四からその十まで、姿形ともまったく同じである。全部で九体しかいないのは俺がその二を倒したせいだけど、紙人形とはいえそれが一度に九体並ぶと、一応それなりの迫力はある。しかも、ジュドー十傑の持つ武器は殺傷能力がある。一斉に襲いかかられたら、さすがにやばいだろう。思わず俺がひるんでいたら、紙人形のどれか一体が口を開い――いや、全身を小刻みに震わせた。
「皆が勇者どのと戦いたく血潮を熱くたぎらせているだろうが、一番手はこのわたしに任せてくれないか」
 紙人形に熱くたぎる血潮があるかどうかはともかく、そう言って一歩前に出たのはジュドー十傑・その一だった。名前が書かれていなければ、どれが何番目なのか区別がつかない。
「勇者どのとは、改めてもう一度手合わせ願いたいのですよ」
 その一はそう言って、剣の貼り付いている右手に左手を添える。ほかのジュドー十傑たちもユマも異論はないのか、黙ってその一の行動を見守っていた。
「エルトックどの。山の中と違って、ここは紙人形の動きを妨げるものがありません。ここは、俺が相手を――」
 多勢に無勢ではなくなったが、武器といえるものが木の枝しかない俺を気遣ってヒエラが申し出る。
「いや、いい。大丈夫だよ、ヒエラ」
 俺は、ヒエラの申し出をありがたく思いながらも断った。
「でも、エルトックどの」
 ヒエラは心配そうに俺を見る。俺は、そんなヒエラに向かって笑って見せた。
「勇者どの。いざ、尋常に勝負!」
 ジュドー十傑・その一が改めて構え直し、威勢のいい声を出す。
「まあ、ちょっと待ってくれよ」
 俺は片手をあげて、ジュドー十傑・その一を制した。その一は腕を振り上げたところで、素直にぴたりと動きを止める。
 それを見て、俺は「ああ、やっぱりな」と安心していた。

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(C) Nagasaka Danpi 2006-2009