第四話 魔王の手下はストーカー 05
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 よく見たことのある形の、しかし大きさが等身大の紙人形が、木陰で風にたゆたうようにひらひらと動いている。一応、木の陰からのぞき込むように俺たちの様子を伺っているらしいのだが、頭隠して尻隠さずもいいところで、足くらいしか隠れていない。ほとんど全身が俺たちから見えている、と言った方がむしろ適当だ。
 等身大紙人形の頭部分には、太く同じくらいの長さの線が三本、平行に走っている。配置からして、おそらく目と口なのだろう。そして胴体部分には、俺たちのいる位置からでも分かるくらいにでかでかと『シマリウス一号』と書いてあった。それがユマの字であるところを見ると、ヒエラの言うとおり、あれは間違いなく『魔王』の手下なのだろう。だが。
 どこまでいっても紙人形が手下って、ユマ……。
「勇者どのとその手下どのには初めてお目もじつかまつります。わたくし、シマリウス一号と申します。ユマさまの手下ですので、以後お見知りおきを」
 見つかったことを焦るわけでもなく――あの隠れ方では、見つけてくれといわんばかりではあるが――紙人形は全身を小刻みに動かして、そう言った。魔王の手下のくせにやたら慇懃(いんぎん)である。そんな丁寧に自己紹介しなくても。しかも、以後お見知りおきをってことは、見つかったとはいえ、今後も俺たちの前に現れるつもりなのだろうか。いやそれよりも、シマリウス一号とやらは、さり気なくヒエラのことを手下と言わなかったか?
「か、紙がしゃべったぁ!!」
 すぐそばで上がる、ヒエラの素っ頓狂な声。確かに、紙がしゃべれば驚くだろう。しかし俺からすれば、シマリウス一号と書かれた紙人形がユマの手下だというのなら、しゃべったとしても驚いたりはしない。
 ユマは命を持たないものを操り、意志を持たせてしゃべらせることくらい朝飯前だ。昔、俺の枕に意志を持たせて、夜通し俺に語りかけさせたことがある。三日三晩しゃべり続けた枕にうんざりして床の上に放り投げたら泣き出したので、俺は仕方なくその枕を使い続けた。十日後、ようやく静かになってどれだけ俺がホッとしたことか――。
「ヒエラ。驚きすぎだろ、おまえ」
「だって、普通は驚くじゃないですか、エルトックどの。紙がしゃべってるんですよ!? はっ。でもさすが勇者であるエルトックどのですね。あれしきのことでは驚かないということですね!?」
 しまった! 俺は昔からユマのしでかす奇天烈なことに慣れているせいで、こういった状況に耐性がついてしまっているのかもしれない。これは由々しきことだ。俺は、ごく普通に生きたいだけなのに。普通と違う感性はいらない!
「いやその、驚きすぎて声にならないんだ」
「そのわりに、滅茶苦茶冷静な声なんですけど」
 ヒエラめ。さっきまで驚き慌てふためいていたくせに、どうしてそういうところは冷静に見ているんだ。
「あー、その、とにかく、シマリウス一号。おまえが、ずっと俺たちを見張っていたんだな?」
 俺はヒエラの突っ込みには応じないことにして、シマリウス一号に向き直った。状況からして、シマリウス一号が俺たちを見張っていた可能性が高いことは間違いない。
「恥ずかしながら、そうでございます」
 何故恥ずかしがる。むしろ見つかったことを恥じた方がいいんじゃないのか、シマリウス一号。
「実は、ユマさまがティエラを離れられてからほどなく、勇者どのを見守り申し上げておりました」
 そんな前からなのか、いやいや、それよりなんだか色々とおかしくないか。おかしいだろう。どうしてこっちが訊いていないことまでしゃべっているんだ。しかも、見張っているんじゃなくて、見守っているって。違うだろ、シマリウス一号。
「エルトックどの。のんきに話をしている場合じゃありませんよ。あれも魔王の手下というのであれば、倒さないと!」
 と、ヒエラはシマリウス一号を指さした。指さされたシマリウス一号は、相変わらず木の陰に足下を隠し、俺たちをのぞき込んでいる。攻撃されるかもしれないというのに、逃げる素振りも見せない。
「ふふふ。わたくし、まだここでやられるわけにはいかないのであります」
 シマリウス一号は、なんとも平坦な声で笑い――と解釈したものの、目や口はまったく動かない――、ペラペラした見かけのくせに、意外にも強気な発言をした。大きいししゃべっているから、小さな紙人形と同じようにはいかないだろうとは思っていたが、まさかここまで強気なことを言うとも思っていなかったので驚いた。
「わたくしには、勇者どのの動向を逐一ユマさまにご報告するという大役がありますので」
 それは、別に俺たちに教えなくてもいいことなんじゃないかと思うんだが。
「なんだって! 大変ですよ、エルトックどの。あいつがいる限り、僕らの行動は魔王に筒抜けじゃないですか。やっぱり倒さないと!」
 ヒエラは見るからに慌てふためいているが、シマリウス一号は相変わらず危機感もなさそうな感じにヒラヒラしている。
「ふふふふ。威勢が大変よろしいようで。ですが、そう簡単にやられるようなわたくしではありませんよ」
 かと思ったら、やっぱり意外にも好戦的なことを言い、ようやく木の陰から全身を現した。しかし、改めてシマリウス一号の全身像を見ると、むしろ体の一部を隠していた方がマシなんじゃないかと思えるほど、頼りなさげだった。足の先から頭のてっぺんまで、薄っぺらな紙でできているからちょっとした風で揺れるし、シマリウス一号がしゃべれば小刻みに振動している。簡単にやられそうだ。
「さあかかってきなさい、勇者どの。紙だからといって侮っていたら大間違いでございますよ。薄い紙でうっかり手を切ったりするなんて、よくあることでございますからね」
 シマリウス一号は余裕たっぷりに、しかしなんとなく情けないことを言ってのけた。おそらく挑発しているのだろうが、とてもそれに乗っかる気にはなれない。シマリウス一号が等身大とはいえ、所詮紙だ。手を切ることはあるかもしれないが、それでもそれだけである。致命傷になることはないだろう。
 武器なんかなくても、シマリウス一号を捕まえて丸めてしまえば、それで終わるような気がする。そうしてもいいんだろうかと思い、ヒエラを見ると、ヒエラは腰に帯びている剣に手をかけていた。
「ヒエラ……そんな物騒なモン、抜くなよ?」
 実際にヒエラが剣を抜いている場面をまだ見たことはないが、ヒエラだって一兵士なのだから、いかにも重そうな剣を振り回すことはできるのだろう。でも近くでそんなことをされたら、巻き添えを食いそうで怖いから、俺としてはなるべくやめてほしいところだ。
「しかし、エルトックどの」
 俺が止めたので、ヒエラは手をかけたままではあるが、とりあえず剣を抜くのはやめてくれた。
 シマリウス一号は等身大でしゃべっていようが、紙であることに違いはない。木の枝でだって、対抗できそうな気がする。そう言おうとする前に、シマリウス一号が口――いや、全身を小刻みに震わせた。
「来ないのならば、こちらから行きますよ」
 ますます好戦的なことを言うやいなや、ヒラヒラと突進してきた。
 小さい紙人形が動く様子を、そういえばこれまで一度もよく見ていなかったから知らなかったが、紙人形は一応足を前後に動かして進むらしい。しかし、足を動かすはずみなのか、あるいは空気抵抗のせいなのか、足から上もうねうねと動いていて、なんだか間抜けな突進だった。
「勇者どの。お覚悟ー!」
 眼前に迫ったシマリウス一号の、ペラペラの腕が俺に向かって突き出される。指なんて細かい細工のされていないただ四角いだけの先端は、拳を作っているつもりなのか、ちょこんと丸まっていた。
 俺はその先端を、虫を追い払うような仕草で払いのけた。そんなことができるくらいにシマリウス一号の攻撃には勢いがなく、そして体重がない分それだけであっさりと全身が大きく傾いだ。その上なんとも絶妙な間合いで、シマリウス一号に向かって風が吹き抜けたものだから、傾いだシマリウス一号の体は大きく後ろ向きにたわみ、薄っぺらな足ではバランスを取ることが難しかったのか、そのまま後ろへぺたりと倒れてしまった。
 かなり弱いぞ、シマリウス一号。あまりの弱々しさに、ヒエラでさえ呆気にとられた顔をしている。
「うう……さすがは勇者どの。そう簡単に倒せる相手ではないようでございますね」
 地面に仰向けに横たわったまま、シマリウス一号が体を震わせてしゃべる。地面にくっついているせいか、振動の具合が立っている時と違うようで、微妙に声が震えている。
 それにしても、シマリウス一号を倒したのは、俺と言うよりはむしろ風のような気がするのだが。それに、見張り役のくせにここで俺を倒すつもりでいたのか、シマリウス一号。
「しかし」
 シマリウス一号はなんの前触れもなく、ふわりと上半身を起こした。手をつくこともなく起きあがったのが、ちょっと不気味だ。
「わたくしシマリウス一号に地面を味わわせたとしても、アルキマ山の洞窟におわすユマさまに敵うはずなどないのでございますよ」
 捨て台詞っぽいことをシマリウス一号が口走る。紙人形に言われるまでもなく、俺はユマに対抗することはとっくの昔に放棄しているんだが、それよりも。
「勇者どの。次に会う時は、もう容赦などいたしませんよ」
 容赦してあの弱さでは、容赦しなかったとしてもたかがしれている気はしたが、俺はそれよりもその前にシマリウス一号が口走ったことが気になって仕方がない。
「また会いましょう、勇者どの!」
 シマリウス一号はひとりで勝手に話を進めた。むくりと立ち上がると、「いざ!」と言ってヒラヒラと、隠れていた木の陰へ戻っていった。今度は、全身きっちりと隠れる。
「……あいつ、ユマの居所を口走ったよな?」
 アルキマ山と言えば、この国の南部最高峰の山だ。いま俺たちがいるところから更に南へ下ればたどり着く。
「罠に違いないですよ、エルトックどの」
 ヒエラは完全に信用していない目で、俺を見た。一方の俺は、ヒエラとはほとんど正反対で、実は結構信用していたりする。
 ルーインさんは南へ向かえと言ったが、このままでは南へ下るばかりで目的地は一向に分からないからどこまで下ればいいかも見当がつかない。けれど、シマリウス一号へのつっこみどころは多かったが、あれは紛れもなくユマが操っている紙人形のひとつ。それが話している言葉は、ユマが言わせていると考えるのが妥当だ。それならば、その言葉に嘘はあるまい――俺は、そう考えていた。
 ユマが魔王となったのは、俺にかけた呪いを解くためだ。俺を困らせる――そもそも呪われた時点で困っていないわけではないが――ためではないはずだ。世界を救わなければ死んでしまう呪いは、世界を救えば解ける。ユマは俺に『世界を救わせる』ために、紙人形を操っているのだから、罠を張るなんてややこしいことをする必要なんてないはずだ。だから、アルキマ山にいるというのは、本当なのだろう。ユマだっていつまでも魔王をしていたくは、多分ないはずだし。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 ヒエラはなおも罠ではないかと疑っていたが、俺の説明になんとか納得してくれたので、俺たちはアルキマ山を目指すこととなった。
 シマリウス一号はというと、あの時、木の陰に隠れて姿を消したのかと思いきや、どうやらずっとそこに留まっていたらしく、俺たちが出発するとそろそろとついてきた。
 一度見つかったからには、もう姿を隠す必要はないとあきらめたのかどうかは分からないが、いつでも振り返ればシマリウス一号の姿が飛び込んでくる。俺たちとシマリウス一号の距離は、そのときどきによってまちまちなのだが、必ず見える範囲にいた。
 ヒエラが追い払おうと、シマリウス一号との距離が比較的近かった時に試みたことがあるのだが、いったんは追い払われるものの、いつの間にかシマリウス一号は俺たちの後ろをついてくる。
 ユマに俺たちの行動は筒抜けだが、迎えに来いと言ってきたのはユマの方だ。問題はあんまりないだろう。
 俺がそう言ったこともあってか、あるいは大きな紙人形が動く上にしゃべっているから、本心ではあまり近付きたくなかったのかもしれないヒエラは、俺が思っていたよりも早く、追い払うことをあきらめていた。
 かくして、俺とヒエラは、魔王の手下であるシマリウス一号にあとをつけられながら、魔王のいるというアルキマ山を目指すこととなったのである。

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