第四話 魔王の手下はストーカー 04
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 真夜中に、紙人形を詰め込んだ薄汚い木箱を持ち帰った俺たちは、宿屋の従業員にあからさまに胡散臭げに、なおかつ不審な目で見られたのだが、ヒエラが甲冑を着込んでいたこともあり、「軍事機密なので、見なかったことにしてくれ」と言ってなんとか部屋まで持ち込むことができた。その言い訳も苦しいところが多々あるが、関わり合いにならない方がいいとその従業員が即断してくれたのが幸いだった。
 木箱は俺が寝るベッドの脇に置くことになった。紙人形にイヤな思い出があるヒエラに配慮して、ヒエラが使うベッドとは反対側に置いた。ヒエラはそれでも、口にこそ出さなかったものの紙人形と同室であることに不安を覚えていたみたいだったけど、さすがに睡魔に勝てず、木箱を置いたところで俺たちはそろって夢の世界へ旅立った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 眠りについた時間は遅かったというのに、悲しいかな日頃起きる時刻になると、自然と目が覚めてしまう。が、それでも眠気は継続しているから、うっすら目を開けた俺は、すぐさま二度寝に入ろうとしていた。
 一度は目を閉じた。けれど、その直前に飛び込んできた光景があった。うつぶせになって寝ている俺の顔は、ヒエラが眠っているベッドがあるのとは反対側、あの木箱が置いてある方を向いていた。木箱は床の上に置いてある。そのすぐ向こうはもう壁なのだが、ベッドと壁の狭いすき間に、寝惚けた俺の見間違いでなければ、甲冑姿のヒエラが立っていたのだ。いや、立っている。確かめるように何度も瞬きをして、俺は壁際で朝から甲冑を着込んで立っているヒエラの姿を確かめた。
 確か、眠る時はヒエラは甲冑を脱いでいたはずだ。今着ているということは、起きてから改めて着込んだということだろう。しかし、どうして甲冑を着ているのかとか、昨夜寝るのが遅かったんだからもっと寝ていたらいいんじゃないかとか、実は寝惚けて甲冑を着て立ったまま寝ているんじゃないかとか、次々と疑問が湧き出てくる。そのおかげで、俺の眠気はずいぶん弱くなってしまった。
 改めて目を開け、じっくりとヒエラを見ると、
「あ。おはようございます、エルトックどの。もしかして、起こしてしまいましたか?」
 エルトックは俺に見られていることにすぐ気が付いて、ハキハキとした口調でそう言った。そんな格好で立っているのが気になって目が覚めたから、ヒエラに起こされたと言えなくもないが、気になったのは俺の勝手であり、ヒエラがうるさくしていたとかそういうことは一切ないので、俺はいいやと答えて起きあがった。体はまだだるかったけど、ばっちり目を開けてヒエラを凝視したうえに答えたのだから、いまさら二度寝するわけにはいかない。
「なあ、ヒエラ。なんで朝っぱらからそんな格好で立ってるんだ?」
「それはもちろん、エルトックどのをお守りするためです」
 目が覚めることになった直接の原因である疑問を解決すべく、起き抜けに質問した俺に対し、ヒエラはやっぱりハキハキと、しかも使命感に燃えた目で答えてくれた。朝からなんて元気なんだ、ヒエラ。いやそれよりも、ヒエラが朝っぱらから甲冑を着込んでいる理由は分かったけど、新たな疑問も湧いた。
「……守るって、何から?」
 この部屋の中にいるのは、俺とヒエラの二人だけだ。窓もドアも戸締まりはしっかりとしたはずだから、泥棒だって多分そう簡単には入ってこられないはず。それ以外に、俺に危険をもたらしそうなものは、あいにく思い付かなかった。
「もちろん、『それ』からです」
 キッと、ヒエラは足下――俺がいるベッドの脇を睨みつけた。俺はヒエラの視線を追わずとも、彼が何を見ているのかはすぐに分かった。ヒエラが睨む先にあるものは一つしかない。紙人形を詰め込んだ木箱だ。
「『これ』からって……昨夜、動かなくなったから大丈夫じゃないのか?」
 俺はベッドの上から木箱をのぞき込んだ。昨夜置いた時と変わらず、ぐったりとして動かない――紙としては、それが当たり前といえば当たり前だ――紙人形がある。動いたような形跡もない。
「いいえ、分かりませんよ。もしかしたら死んだふりして油断させておいて寝首をかく……なんてことを企んでいるかもしれません!」
「死んだふりって……」
 そもそも生きていないだろう、紙だし。
 という突っ込みは心の中でしつつ、再び動き出さないという保証がないのはヒエラの言う通りなので、俺は手を伸ばして一番上の紙人形を手に取って見た。
「ああ、エルトックどの! 危険かもしれないですよ」
 ヒエラが叫ぶが、相手はたかが紙だからそんなに危険なことはないだろう。現に、俺が手に取ったところで、紙人形はぴくりともしない。正真正銘、ただの紙のようにしか見えなかった。もしかしたら夜の間しか動けないのかもしれないけど、昨夜は夜のうちに動かなくなったからそんなこともないだろう。
「大丈夫そうだぞ、ヒエラ」
「いいえ、まだ安心できませんよ」
 悲鳴をあげそうな顔で壁に貼り付くヒエラに見守られ、紙人形が動かないのをいいことに、俺は木箱に手を突っ込んでごそごそ引っかき回してみた。
 それでも何事も起こることはなく、俺はこれでカタルタの安眠を取り戻せたと思ったのだが。
「カタルタを恐怖のどん底に叩き落とす紙人形の軍勢が、これだけとは限りませんよ、エルトックどの!」
 恐怖のどん底に叩き落とされている張本人は、恐怖と使命感をない交ぜにした目で強く主張した。
 これだけの数の紙人形がここにあるから、もうこれ以上はカタルタにはいないんじゃないかとも思ったけど、万が一ということもあるので、俺たちはもう二晩、夜の町で張り込むことになったのだった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 空が白むまで、俺とヒエラはカタルタの中を見回った。木箱に集めた紙人形が再び動き出すかもしれないということで、紙人形の入った木箱を抱えたまま見回りをしたから、怪しさは初日の比じゃなかった。夜が更けていたおかげで、ほとんど人と出くわさなかったのは幸いだ。
 けれど紙人形に遭遇することはそれから一度もなく、木箱の中の紙人形が動き出すこともなく、俺たちが見回りをした二晩の間に紙人形を見かけたという噂も聞かなかった。
 ようやくヒエラもカタルタには紙人形はいないだろうと納得したので、俺たちはカタルタを出発することになったのだけど、困ったのは紙人形の処分である。泊まっていた宿屋に処分を頼もうかと思ったけど、俺たちが来た途端紙人形が徘徊しなくなってその上その紙人形を大量に持っていたとなると、俺たちが紙人形を徘徊させていた犯人と思われかねない。それは困るのでどうしようかとヒエラとあれこれ考えて、結局町の外へ出てから穴を掘って埋めようということになった。紙だから、いずれ土に戻るだろう。
 木箱を抱えて宿を去る俺たちに、宿屋の従業員はやっぱり不審な眼差しを送ってきたけれど、これで変なモノを持ち込んだ客がいなくなったという安心感も、そこには混じっていた。
 どうして俺がそんな目で見られないといけないんだと、なんだか悲しくなりつつも、ヒエラと二人、カタルタを出てからしばらく行ったところで、道から少し離れた場所に穴を掘り、そこに紙人形を埋めた。土をかけてすっかり見えなくなるまで、ついに紙人形が動くことはなかった。
 それでようやく、ヒエラも少しは安心できたらしい。
「これで魔王の手下を倒すことができましたね、エルトックどの」
 満面の笑みである。ヒエラはすっかり魔王(というかユマ)の手下を退治した気分のようだが、まさかあの紙人形が手下のすべてじゃあるまい。ヒエラがそれを分かっているのか、この笑みを見る限りではちょっと心配になるのだけど、ヒエラの爽快そうな気分に水を差すのも悪いかと思い、俺はとりあえず今言うのはやめようと思った。
 それから、カタルタの更に南にあるキティロスには、その日の日没後にたどり着いた。薄暗くなってから見知らぬ町を歩き回って宿屋を探すのは、少し時間がかかったけど、それでも部屋は空いていたから野宿だけはしなくてすんだ。
 キティロスに着くのが遅くなったから、部屋に荷物だけ置いて、俺とヒエラはそのまま夕食を食べるために外へ出た。宿屋の店員に手頃な値段でおいしい食堂がある場所を聞いてから出たのだけど、やはり慣れない町なので途中道を間違えたりしてしまった。混雑時から少し遅い時間にはなったけれど、なんとか無事に食堂を見つけることはできた。
 料理を注文して、先に運ばれてきた飲み物を口にした時、俺とヒエラの耳に酔客のだみ声が飛び込んできた。
「カタルタにも、同じのが出てると言うじゃねえか」
「俺ぁキティロスの方に先に出ていたと聞いたがなぁ」
 酔っ払い同士の会話は、酒が入っているせいなのか周りのしらふの客達の会話よりもひときわ声が大きく、俺たちの二つ隣の席にいるというのに、はっきりとその内容が聞こえた。
 周りの迷惑だろうと眉をひそめる前に気になったのは、当然その内容だ。なんだか、カタルタでも同じようなことがなかっただろうか。まさかと思っていたら、男の一人が豪快に笑って言った。
「まあなんにしろ、動く紙人形なんて面白いじゃねえか。捕まえりゃあ、いい見せ物になる」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 俺とヒエラは、まるで当たり前のように、キティロスの路地で息を潜めていた。いや、もちろんこんなことをするのは当たり前だ。むしろ義務だ。そう思わなくっちゃ、一日歩き通してきて休む間もなく夜中に張り込んでいるがずはない。いやいや、そうではなく、ヒエラを見習おうと決めたのだから、そんな愚痴を言っていちゃダメだ――。
 うっかりするとすぐに注意力が散漫になり、そんなことをぐるぐると果てしなく考え続けてしまう。慌てて頭を振り、改めて気合いを入れ直した。
 キティロスでも動く紙人形が現れるという話を聞いたから、カタルタでしたように、こうして張り込んでやつらが現れるのを待っているのである。もちろん、紙人形を捕まえて見世物にするためではない。食堂でその話をしていた客達は豪快に笑っていたが、キティロスの中にはヒエラのように不気味に思って怖がっている人たちも少なくはないだろう。現れると知った以上は、見過ごすわけにもいかない。
 ヒエラは相変わらずがちがちに緊張しているようだが、俺はカタルタでの最初の夜ほど、気負ってはいなかった。いや、決して早くも気持ちがたるんでいるわけではないし、不真面目に待ち伏せているわけでもない。ただ、カタルタでは紙人形に指一本触れることもなく、あっさり奴らが動かなくなったから、今回もなんとなくそうなるんじゃないかと思っているだけなのだ。
 根拠もなくそう考えているわけじゃあない。紙人形は、ヴィトラルに出たのもそうらしいが、一度も人に危害を加えるような真似をしていないのだ。カタルタでもそうだ。そもそも攻撃力があるようにも見えないが、ともかく紙人形――ユマの目的は、人に直接的な危害を加えることじゃなく、闊歩させることにあるように思える。
 まあそれでも、ユマやルーインさんにしてみれば、『世界の危機』になっているようだから、魔王となったユマのやることとして、間違いではないのだろうが。一応勇者の俺を前にしたら襲いかかってくるかとも思ったけど、カタルタではなにもしないうちに動かなくなってしまったから、今回もそうなるじゃないかと思っているわけだ。
 なんてことを考えて、結局注意力が落ちていた俺の袖を、ヒエラが急に引っ張った。なにかと思ってヒエラを見れば、顔面蒼白である。どうやら現れたらしい。
 ヒエラの視線を追っていくと、その先には案の定、紙人形の集団がいた。数としては、カタルタに出たのとそれほど差はないように見える。紙人形は、やはり襲いかかってくる様子もなく、じっとしている。
「気を付けてください、エルトックどの」
 紙人形と正面から対峙し、いざ踏み込もうとする俺に、ヒエラが少し震えている声援を送る。俺は小さく頷きながら、紙人形達の前にずかずか歩いていった。もう一歩で、紙人形を踏みつぶせるところまで来た時。
「へ?」
 ヒエラの間の抜けた声があたりに響く。紙人形は、俺の靴底の餌食になることもなく、カタルタでそうだったように、次々にパタパタと倒れていった。ある程度予測していたとはいえ、拍子抜けするほど予測通りの展開である。
 けれど今日は紙人形を詰めるのに適当なものがなかったから、かき集めた紙人形は俺の上着に包んで宿まで持って帰ることになってしまった。次からは袋を用意しようと密かに決意し、俺とヒエラは宿へ戻ると、睡魔に誘われるままに眠りについた。
 翌朝目覚めてからも、カタルタと同じような展開が待ち受けていた。
 ヒエラはやはり紙人形が再び動き出すんじゃないかと疑い、そしてまだ現れるかもしれないということで、やっぱり二晩続けて夜通し見回りをすることになった。それでも何事も起こることはついになく、俺とヒエラは紙人形を抱えてそそくさとキティロスを後にして、道から離れた場所に穴を掘って人形を埋めたのだった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 同じようなことは、キティロスの次の町でも、そのまた次の町でもあった。
 その町にたどり着いた日に紙人形が最近現れているという噂を聞き、夜中に待ち伏せをすれば果たして噂通りに紙人形は現れるものの、特になにもしないうちに勝手に動かなくなる。念のため二晩続けて見回ってみるものの、動かなくなった紙人形が動くことは二度とないし、町に紙人形が現れることもない。それを確かめてからその町を後にして、穴を掘ってそこに埋める――。
「おかしくないか、ずいぶん」
 こうやって穴を掘って紙人形を埋めるのが五回を数えた頃、俺は腕組みをしてヒエラを見た。ヒエラは埋め戻した土を念入りに踏み固めながら、なんとも言い難い表情をした。ヒエラも、俺と同じくなにかおかしいと感じているらしい。
「俺たちの行く先々で紙人形が現れるという噂が流れているし、待ち伏せをすればその日には必ず現れるし、まるで俺たちの行動に合わせているみたいじゃないか」
 それを偶然と呼ぶには、あんまりだろう。五回も立て続けに同じようなことが起きて、それでも偶然を疑わないほどお気楽ではない。
「見張られている、としか考えられませんが……」
 ヒエラがゆっくりと注意深く辺りを見回す。いるとすれば当然ユマの放った見張りということになるが、見回しただけで簡単に見つかるようでは、見張りの意味もないだろう。それでも、見張られていないとはもはや思えなかった。俺もヒエラと同じように、いかにも隠れていそうな木や繁みの陰に目を凝らし、なにかが隠れていないかと見回した。
「……」
 勇者の動向を密かに探るのが、魔王から見張りを仰せつかった手下の役割なのだろうと思う。そう思うのだが、俺は正直、頭が痛い。
 ヒエラも呆気にとられたようで、一点を凝視してしばらく固まっていた。しかしそれからはっと正気を取り戻したかのように、
「あれは、魔王の手下!?」
 ヒエラは恐れとやる気の入り交じった声を上げた。一方の俺は、声を出すこともなく、むしろ疲れた目で、『それ』を見ていた。

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(C) Nagasaka Danpi 2006-2009