ぼくのサンタクロース

 冬になると雪に閉ざされる北の国々と違い、南方の面影が濃いこの地方では、冬であっても氷が張ることさえ稀だ。吐く息が白くけぶるのは朝も早いうちだけのこと。日が、その姿をすべて現せば、たちまち白い息は光の中に溶かされ見えなくなる。師走となり、風が吹けば肌寒く感じるようになった。さりとて、凍てつくにはほど遠く、この地にとどまる限り、それを知ることはないだろう。
「北の方ではもう雪が積もっているのでござろうか」
 境内の片隅で、六郎は空を仰いだ。白い雲がぽかりと一つ浮かんでいるだけの澄んだ青空だった、
「いんたぁねっとであとでぐぐればよいでござるよ。それより、今日は煤払いでござるぞ。六郎、はよう掃除道具を運ぶでござる。定刻までに準備が整っていなかったら、神主どのがまた激おこぷんぷん丸に変身してしまうでござる」
 兄弟子の五朗丸に急かされる。年の瀬のこの時期に、一年の汚れを落とすのがこの神社の伝統行事だった。社をきれいにして清め、くりすますと新年を迎えるのである。
「兄弟子どの。今年のくりすますも、さんたくろぉすは来るのでござろうか」
 倉庫から掃除道具を引っ張り出して台車に乗せながら、五朗丸に尋ねる。
「毎年来ているでござるからな。おぬし、去年も贈り物をもらったでござろう」
「二十五日の朝、枕元に置いてある栗須升と焼き印が押してある升のことでござるか」
「左様でござる」
「あれは、神主どのが置いていっているものでござろう。それがしは去年、寝たふりをしていてわかったでござる! あの臭い足は神主どのに相違ないでござる!」
「六郎……おぬしも、大人になったでござるな」
 竹ぼうきをにぎりしめた五朗丸がしみじみと言う。六郎はこの秋で十になった。兄弟子の五朗丸はその三つ上である。
「神主どのに、それを伝えるでござるよ。きっと喜ばれるでござる」
「足が臭いことをでござるか?」
「それを言ったら激おこぷんぷん丸になるでござる……。さんたくろぉすの正体を知った、とだけ言えば十分でござる」
 道具を全部大八車に乗せ終える。五朗丸が大八車を曳き、六郎は道具が滑り落ちないか見張る役だ。
 神主が扮したさんたくろぉすはなかなか凝っていた。贈り物を贈る相手は眠っているであろうというのに、そりに見立てた大八車を赤鼻をつけた宮司に曳かせて宿舎の周りを何周かして、屋根裏から部屋に入ってくるのである。神楽で使う翁の面をつけ、巫女が着る赤い袴を履くという、いんたぁねっとでぐぐって見たさんたくろぉすとはだいぶん趣が異なる出で立ちだった。正直、変質者が来たのかもしれないと思ったが、さんたくろぉすが六郎の枕元に栗須升を置いていたとき、かすかに漂ってきたくさい臭いに思わず鼻をつまみたくなると同時に、さんたくろぉすの正体を悟ってしまったのである。臭いし、薄々怪しいとは思っていたさんたくろぉすの正体がはっきりとわかってしまったしで、六郎はなんだか泣きたい気分になった。
 六郎が神主に言えば、神主はとうぶんさんたくろぉすを演じる必要はない。ついでに宮司が、赤鼻の鹿のまねをすることも。この神社で寝起きする子供の中では六郎が最年少なのだ。去年、栗須升をもらったのも六郎だけである。神社の前に置き去りにされるという哀れな子供が現れない限り、さんたくろぉすはもう境内の中を大八車で走り回らない(実際に走っているのは宮司だが)。
 思えば師走の二十五日、栗須升を不思議そうに見る六郎を、神主は楽しげに眺めていたような気がする。
「……言わなくてもいいでござるかな、兄弟子どの」
「言わなくても構わぬでござるが、神主どのは六郎はまだまだ子供だな、と悦に入るでござろうよ。おぬし、それでもよいのでござるか」
「それがしはもう大人でござる。神主どののさんたくろぉすに、それがしが付き合ってあげるのでござる。それがし以外、できる者はいないでござるゆえ」
 振り返った五朗丸に、六郎は胸を張ってみせる。
「それじゃあ、今宵も枕元に足袋を置いておかないといけないでござるな。用意しているでござるか?」
 毎年、新品の足袋を枕元に用意してきた。さんたくろぉすに、栗須升と引き替えに持って帰ってもらうために。今年の分も、六郎は一応用意していた。
「兄弟子どの。今年は足袋の中に、匂い袋を入れておいてもいいでござろうか」
「やめておいた方がいいと思うでござる……」
「左様でござるか」
 では、鼻に綿を詰めておくのもだめであろう。今年は寝たふりはせず、ぐっすり寝ておく方が良さそうだ。
「あ。神主どのがもう来ているでござる。六郎、急ぐでござるぞ」
「はい、兄弟子どの」
 五朗丸が駆け足になる。がたがたと大八車の上で掃除道具が大きく揺れ、落ちないかと冷や冷やしながら、六郎も走った。

〈了〉