サプライズはディナーのあとで

 紅茶よりコーヒー派と言うわりに、彼女はブラックは飲めない。苦くてダメらしい。
 だったら飲まなければいいのにと思うが、砂糖をたっぷり入れたカフェラテが好きなのだと言って、スターバックスでラテを飲むときにはたっぷりとガムシロップを入れている。
 そんなに甘いのが好きなら、もういっそのことケーキかアイスでも食べていればよかろう。
 ある日、呆れてとうとうそう言ったら、コーヒーも飲みたいの、と言われた。ちょっと拗ねた口調がかわいかったから許してあげよう。
 彼女のそんな子供っぽくもかわいいところがかわいいと思うが口にはしないわたしと、彼女がいわゆる男女交際を始めて二年。交際をするにあたってあらかじめ契約書を取り交わしたりはしていないが、年齢的なこともあり、お互い結婚を意識して交際を始めた。だがしかし、それはわたし一人の思い込みかもしれず、口頭ですら確認をとっていないので事前に確認はしておく方がいいと思われる。そこで、一緒にいるときの彼女の行動や発言を観察し分析したところ、わたし一人の思い込みではなさそうだと判断した。
 よって、クリスマス・イブの夜にホテルのディナーなんぞを柄にもなく予約した。
 白いテーブルクロスを掛けられたテーブルの真ん中にキャンドルがあり、雰囲気演出はなかなかのもの。見回せば、どのテーブルもわたしたちのような男女二人組ばかり。クリスマス・イブの今夜、ここと同じような客構成のレストランはさぞかし多いことだろう。
 おいしい食事に舌鼓をうち、出されたワインでほんのりと顔を赤くする彼女は、すっぴんでもかわいいが、今夜はいつにもましてかわいく見える。わたしが柄にもなくクリスマス・イブの夜にディナーへ行こうと誘ったから、素直にはしゃいでいるようだ。
 食後に出されたコーヒーに、わたしは手を加えず、彼女はミルクとガムシロップをたっぷりと入れた。ここでもやはりカフェラテなのだ。
 コース料理のどれが美味しかったと、皿が運ばれてくるたびに撮った写真をわたしに見せて、楽しそうに話す。
 さて、そろそろ本題に入りたい。話がひとしきり終わる頃、わたしはコーヒーをとっくに飲み終えて、お冷やを頂いていた。
 まずはこれである。テーブルの下に隠し持っていた花束を取り出すと、彼女に差し出した。
 目を丸くして口元に手を当て、彼女は満面の笑みでそれを受け取る。花束に顔を近付けてにおいを吸い込み、また嬉しそうな顔をする。喜んでいるのが非常にわかりやすく、かわいらしい。
 わたしも、と彼女がハンドバッグからなにかを取り出そうとしているが、実は花束は前座である。おそらくクリスマスプレゼントであろう品物を取り出すのを彼女には一時的にやめてもらい、わたしは背広のポケットから本題を取り出した。
 掌に収まる小箱を彼女に見せ、ふたを開ける。ベタであるが、中に入っているのは白銀の環に炭素の塊が飾り付けられている指輪だった。
 黒い羊。彼女は意味不明な呟きをこぼし、ついでに涙も一粒、ぽろりとこぼした。

〈了〉