黒い羊と予知夢を見る夜

 夜、眠れないときに羊を数えるといいと言う。
 遠足の前の日とか、楽しいことがあって眠るのがもったいない気分の日とか、テストの前で緊張感が昂ぶっている日とか、嫌なことがあってむしゃくしゃして眠れない日とか。そんな夜、ベッドに横になって目をつぶって、頭の中に、青々とした草で覆われた草原を描く。遠くには地平線が見えていて、真ん中には、なんの脈絡もなくどこまでも延びている柵をどんと置く。柵の向こうには数え切れないほどたくさんの、もふもふの毛に包まれた羊がいて、一頭ずつ、とととと、と駆けてきて、ひょいっと柵を跳び越える。
 羊が一匹。大きさ的には一頭だと思うけど、羊が一匹。
 すると次の羊が、また、とととと、と駆けてきて、ひょいっと柵を跳び越える。
 羊が二匹。柵を跳び越えた羊はすました顔で、どこかへ悠々と歩いて行ってしまう。
 前の羊が柵を跳び越えると、次の羊がとととと、と駆けてきて柵を跳び越える。
 羊が三匹。羊が四匹。羊が五匹……。
 もふもふの毛は柔らかい白い色だけど、たまに、黒い毛色の羊がいる。柵の向こうにいる羊を見れば、黒い毛の羊なんてすぐに見つかりそうなのに、柵を跳び越えたあとでないと、なぜか気付かない。
 黒い羊が一匹。
 その羊を見たのははっきりと覚えていても、そのあとのことはよく覚えていない。
 でも、眠れない夜に羊を数えて、その中に黒い羊がいると、必ず夢を見る。
 単なる夢ではない。未来の夢だ。いつか来る、必ず起きる出来事を、夢に見る。
 いわゆる予知夢だ。子供のときから、時々、そんな夢を見る。
 でも、休んだ子の分の給食のプリンをかけたじゃんけんでグーを出せば勝てるとか、冬休み前最後の宿題は作文だとか、そういう、役に立つような立たないようなものばかり。それも、近い未来なのか遠い未来なのかわからない。
 でも、眠れないときに羊を数える癖がついていて、いくつになっても、眠れない夜は羊を数えていた。
 羊が二千三百三匹。次の羊がとととと、と駆けて、ひょいっと柵を跳び越える。あれ、この羊は黒い。
 黒い羊が一匹。
 そのあと見た夢は、やっぱり役に立ちそうにないものだった。
 白いテーブルクロスのかかったテーブルの上で、細長いキャンドルがちろちろと燃えている。キャンドルの向こうには、背広にネクタイを締めた男の人。社会人っぽく見える。二十代後半か、それとも三十代か。よくわからない。にこにことしていて、おもむろにテーブルの下から花束を取り出した。
 にこにことしている男の人に、わたしもにこにことしていたのに、そのあと出てきたものを見て、ぽろりと一粒、涙が零れた。
 夢はそこで終わり。ケータイのアラームが枕元でやかましい。たぐり寄せてとめると、のろのろとベッドから抜け出した。
 顔を洗い、朝ご飯を食べて、制服に着替える。黒い羊が出てきたあとに見た、いつの未来のことなのかわからない予知夢。
 それが現実のものとなるのが十年も先だとは、この時知るよしもなかった。

〈了〉