血のように赤く、血よりも赤く

 こんにちは。お嬢さん、こちらは魔術道具を専門に扱うお店だよね。
 ああ、申し訳ない。私はご覧の通り魔術師だが、客ではないんだよ。
 実は売りたいものがあってね。どうか情けなくも懐事情が厳しい魔術師のために、買い取ってくれないだろうか。
 お嬢さんは店番をしているだけ? なるほど、店主は組合の会合へ。夕方には戻るというなら、ここで待たせてもらっていいだろうか。
 ありがとう。
 おや、何を売りに来たか興味があるかい? ははは、謝らなくていい。お嬢さんも魔術師のようだから、同業の私が何を売りに来たか、興味を持ってもおかしくない。好奇心は、向上心とともに魔術師に必要なものの一つさ。
 私が売りたいのはこれだよ。
 紅玉の首飾り――に見えるだろう。これが本物の紅玉なら、一生遊んで暮らせるくらいのお金が手に入るだろうね。
 そう、これは紅玉じゃあない。元々は、こんな血のように赤い色でさえなかった。これはね、呪われた石なんだよ。
 詳しく知りたいのかい? 暇つぶしに聞くにはずいぶん血塗られた話だよ。
 でも、これを売るならお嬢さんの師匠でもある店主にしなければならない話だからね。いずれ店主からお嬢さんの耳に入るかもしれないなら、お嬢さんの言う通りいま話しても同じだね。
 昔々の話だよ。
 この石は元はこんな色ではなかったとさっき言ったよね。元は、透明な石だった。色のない、澄んだ水のように透明な、美しく光り輝く石だった。
 残念、金剛石ではない。元の持ち主である魔術師が作り出した石なんだよ。
 その魔術師はある貴族のおかかえでね。研究資金を出してもらう代わりに、貴族のために魔術の腕を振るっていたんだ。
 ある日、主である貴族の妻が血のように赤い石の付いた首飾りが欲しいと言い出した。出入りの宝石商が紅玉の首飾りを用意したけど、夫人はそれに満足しなかった。紅玉よりももっと赤く美しく、この世に二つとない、血のように赤い石がいいと言って、魔術師がその石を探すことになったんだ。
 そうは言っても、魔術師は魔術師。宝石商じゃあない。だけど魔術師だからね。探すよりも自分で作り出す方が早いと考えたんだ。
 そう、この石をね。どうやって赤くしたか、そもそもなぜ最初から赤い石にしなかったのかって? まあまあ、それはいまから話すよ。
 もちろん、魔術師はまず赤い石を作ったよ。自信作だったけれど、夫人はその石に満足しなかった。もっと血のように赤い色が欲しいと言われて何度も作り直した。でも、夫人が満足することはなかった。
 困り果てた魔術師は、ある日違う方法で石を作ろうと思い付いた。透明な石を作り、それに血を吸わせて赤くすればいい、とね。
 魔術師は水のように澄んだ透明の石の首飾りを作り、それを若い娘に贈った。その娘は、魔術師の恋人なんかじゃあなかった。魔術師は、ふふ、私のように若く端正な顔立ちをした男だったから、街に行って適当に声をかければ若い娘はあっさりと落とせたんだ。娘は、そうやって見つけた娘だった。
 魔術師は知り合ったばかりの娘を人気のないところへ連れて行き、適当にねんごろになったところで首飾りを娘にかけてやった。娘は喜び、魔術師はそんな娘をにこやかな表情で見ながら、よく似合っていると甘くささやいて、娘の首を切り落とした。それでも首飾りは細い首にかかったまま。透明な石は娘の温かく新鮮な血をたっぷりと浴びて、透明から少しだけ赤くなった。
 だけど、夫人が満足するにはほど遠い。魔術師は石を赤くするため、何人もの娘を手にかけた。若い娘が次々と首を落とされた状態で発見されて大騒ぎになると、魔術師は違う街で同じことを繰り返したんだ。
 何人の娘の首を刎ねたか魔術師にも分からなくなった頃、ようやく満足のいく血のように赤い石はできあがった。
 魔術師がそれを差し出すと、夫人はたいそう満足したよ。こういう石を求めていたのだ、とね。
 夫人は早速首飾りを首にかけた。彼女の白い胸元で、魔術師の作った石は血のように赤く、あるいは血よりも赤く輝いていた。夫人は鏡を見て嬉しげに笑い、魔術師を振り返って似合うかどうか尋ねた。
 もちろん、似合っていたよ。魔術師はそのために血のように赤い石を作ったのだからね。魔術師は嬉しそうにしている夫人に近付き、よく似合っていますよと微笑んで――その首を刎ねたんだ。血のように赤い石を作るために、娘たちにしたのと同じようにね。
 石は夫人の血を吸ってさらに赤くなった。そして魔術師は、首飾りを持って姿を消した。
 この石には人の血を吸うと赤くなる魔術がかけられている。間違いなく魔術師が自らの手で作り出したものだ。だけど数え切れないほど娘の首を刎ねるうち、魔術師の感覚が麻痺してしまったのか石になんらかの魔性が取り憑いてそうさせたのか、ともかく、魔術師はその後も何も知らない娘にこの首飾りをかけては、首を刎ねて血を吸わせ続けたのさ。
 これは、そうやって赤くなった石の付いた首飾りなんだよ、お嬢さん。
 え? どうしてそれをいま私が持っているのかって?
 ははは。昔々の話、と言っただろう。この石が作られたのはもう二百年……いや、三百年は昔のことさ。ふつうの人はそんなに長生きじゃないだろう?
 思っていたよりも血生臭い話でびっくりしたかい? 大きくて美しい宝石にそういう気味の悪い話がついて回るのは、なに、珍しいことじゃあない。これも、宝石ではないけれどそんな石のひとつなんだよ。
 どうだい、お嬢さん。付けてみるかい?
 大丈夫さ。お嬢さんも魔術師なら、いまはこの石にどんな魔術もかかっていないと分かるだろう?
 ああ、やはり女の子だね。こういうものを付けてみたいというのは。はは、お嬢さんのお師匠には黙っているよ、もちろん。
 君のお師匠はその首飾りを買ってくれるかな。強大な魔術師が作り出し、何十人という乙女の血を吸ってきた魔の石だ。石にかけられた魔術はとうに消え、いまは魔性に取り憑かれている呪われた石――。
 どうしたんだい、お嬢さん。そんなに顔を青白くして。もっと表情は柔らかく、そう、笑っている方が、その血のように赤い石の首飾りには合っている。ああ、でも大丈夫。そのままでも、その首飾りはお嬢さんに似合っているよ。
 ――とてもよく似合っているよ。お嬢さんの首がなくなってもね。

〈了〉