Phase1
いいぃぃぃやっはあぁぁっ!!
紳士淑女諸君、『狂喜で愉快な道化と朝まで語りまSHOW!』に来てくれやがってあっりがとーございまぁっす!
道化と、って言いながらも語るのこの道化だけですけれどもおぉ!
道化が今宵朝まで語るは、国際防衛軍のとある女兵士のお話でござーい!
そう、ジャパーンの兵士、チカ・コオリモトのお・は・な・し?
赤い竜に乗ってドラゴンを撃墜する赤髪の女兵士! Woohoo! かっこいー!!
あのくっそおっそろしーいドラゴン手懐けちゃったんだから、これはもうふッつーじゃないどうやってそんなことできたのーって思わずにはいられなぁぁい!
道化が今宵語るは、チカ・コオリモトと相棒のドラゴン・ハヤホシ号の嘘みたいなほんっとーの実話!
しッかーも! この道化だけが知ってるお話もあったりしますよほほぉー!
マジ、嘘、ほんとー!? と思った方々々、ほんっとーなんですよってねぇ、胸張っちゃいますよ道化はー!
チカ・コオリモトと道化は竹馬のフレンド!
同じ釜のライスを食べた仲!
でも幼馴染みとフォーリンラブ! な展開にはならなかった仲! 涙!
こんな前置き胡散臭く思われるけど、チカ・コオリモトは道化にとっていッちばんの誇り!
だから言わずにはいられないこの道化ゴコロを理解してもらったところでぇ、早速始めちゃいまSHOW!
Phase2
ドラゴン。dragon。
鱗に覆われトカゲのようなは虫類を連想させる巨体には翼があり、太い爪を持ち、火を吐く化け物。
太古の時代は実在する生き物として恐れられたかもしれない。しかし、いつしか架空の生き物であるという認識は確固たるものとなり、小説や映画、ゲーム等の中で様々な姿形、役割を与えられ、空想の世界にのみ棲息する存在になった。
ドラゴンが現実の世界に出現したのは2088年。最初にドラゴンの襲撃を受けたのは、日本のミナミトリ島だ。
生存者が撮影した、炎を吐くドラゴンの映像は世界中に瞬く間に広がり、CGだと言っていた者達までもがドラゴンの実在を知るのに長い時間はかからなかった。
ミナミトリ島を襲ったドラゴンはわずかに二匹。その一年後、確認できただけでも世界中で500匹以上のドラゴンがどこからともなく飛来し、灼熱の炎を吹きかけたのである。
当初、被害は太平洋沿岸に集中していたので、ドラゴンの発生源は太平洋上のどこかと推測されたが特定には至らず、やがて大陸内部も襲撃を受けるようになった。
時に数十匹の群で飛来するドラゴンに対抗するため、ドラゴンの生態等の情報収集のため、国際防衛機関が設立され、人類対ドラゴンの戦いはいよいよ激しくなっていった。
Phase3
「ケイトを『処分』するですって!?」
チカは勢いよく立ち上がった。広い会議室に椅子が倒れる音が響く。
「三日後の午後に行われる」
机を挟んで向かいに立つ男――チカの上官で世界屈指の精鋭部隊と呼ばれた隊の隊長・木皿儀は、淡々とした表情と口調を変えることなく続ける。
「ケイトはこの戦争の功労者です。それなのに何故ですか。到底納得できません!」
「残るドラゴンは速星号一匹のみ。国際防衛機関はドラゴンの殲滅を宣言している。ゆえに、速星号は処分しなければならない。速星号が生きている限りドラゴンは殲滅したとは言えないのだ」
「彼はドラゴンじゃない! わたしの相棒で、一緒に戦ってきた仲間です! 隊長も彼を頼りにしていたじゃないですか!」
チカの言葉に、木皿儀の表情がほんのわずか動いた。眉間に小さくしわを寄せる。
「『彼女』はドラゴンだ。違うと言いたい君の気持ちは理解する。だから君も、ドラゴンを一匹残らず駆逐しなければ安心できない我々の気持ちを理解してくれ」
最後の一言はなかったことにされたが、かえってチカの言葉を肯定しているようなものだ。
「違う、そうじゃない! わたしがドラゴンじゃないと言っているのは、そういう意味じゃないわ! ケイトは、体はドラゴンかもしれないけど、心は違う。彼は、人間です!」
ほとんど絶叫するチカを、木皿儀は眉間にしわを寄せたままじっと見ていた。けれど、顔をしかめている理由は、さっきとは違っているだろう。
公式には速星号と呼ばれているドラゴンへの認識の違いだ。
『彼』の外見がドラゴンと同じなのはチカも同意する。速星号と公式には呼ばれているドラゴンの性別が雌であることも認める。
だけど、その意識は――心は、違う。チカだけしか『彼』をそう呼ばないかもしれないが、本当の名は速星号ではなく、ケイトなのだ。性別は男。
だから、たとえドラゴンとしての体が雌でも、チカはケイトを『彼』と呼ぶ。ケイトの心は、人間の速星恵人の心なのだから。
「……速星号はドラゴンだ。それも、ドラゴンの中で最も凶暴性と攻撃能力の高い『火炎竜』に分類されている」
まるで痛々しいものを見るような木皿儀の眼差し。
彼の名前や、ケイトの心が本当は人間だということは、彼の語る言葉から知った。彼が喉を鳴らすと、チカの頭の中に声が聞こえる。それが、ケイトの声だ。でも、チカ以外の誰にもその声は聞こえない。
ケイトは喋れると言っても、ドラゴンが人の言葉を話せるわけがないと誰も信じてくれなかった。同じ部隊の仲間も、隊長の木皿儀でさえも、チカの話を信じてはくれなかった。ドラゴンとの終わりの見えない戦いで、チカの頭はちょっとおかしくなってしまった、と言わんばかりの気の毒な顔をされることも、少なくはなかった。
「君が訴えても、決定が覆されることはない」
決定を下したのは木皿儀ではない。国際防衛機関の幹部たちだろう。木皿儀は嫌な役回りを押しつけられただけだ。それでもチカは、木皿儀を睨んだ。彼にこの役回りを押しつけ非情な決定を下したお偉方の姿を、木皿儀の向こう側に見ながら。
Phase4
国際防衛機関は、人間の管理下にあった唯一のドラゴン・速星号が死亡したと発表した。日本時間2117年5月14日午前10時46分のことである。
地球上のあらゆる地域に現れ破壊の限りを尽くしたドラゴンを殲滅し、人類は空飛ぶ化け物のもたらす災厄とその影に脅えることのない日々を完全に取り戻したのです、と国際防衛機関の長官が力強く言うのを、わたしは街頭のテレビジョンで見ていた。
歓喜の声を上げる周囲の人々と同じ感情はこれっぽっちも湧いてこない。
これが現実なのか。
乾いた呟きは誰の耳にも届かず、風に流されて消えた。
Phase5
喘ぎすぎて喉が痛い。顎も痛い。真冬だってのに汗だくだ。空は赤黒く不気味に光り、夜でも視界に不足はない。
火の赤。
血の紅。
焦げた黒。
煙の灰色。
杉の緑があったはずだが、燃えてしまって影も形もない。
畜生!
血の混じる唾を吐く。
畜生! 畜生!!
焼け焦げて、元は何だったのかも分からない消し炭を蹴飛ばした。
「畜生ぉ!!」
俺に残された武器は、アサルトライフルとマガジンが一つ、そしてサバイバルダガー。それだけだ。
くそったれ!
たったそれだけで、象よりでかいドラゴンと戦わなければならない。
ドラゴンの体を覆うメタリックレッドの鱗が周囲で燃えさかる炎を反射して、人類の敵である存在をより禍々しく見せている。ドラゴンが皮膜でできた翼を広げた。所々に穴があいている。が、飛ぶのに支障はなさそうだ。
「今更逃げようってのか、あぁ!?」
ドラゴンが翼をはためかせ、突風が起きる。風圧に押されて瓦礫が飛ばされ、俺も後ろに倒れそうになるが踏みとどまった。
銃口をドラゴンに向けた。装甲のような鱗に守られた化け物にとって、アサルトライフルなんて豆鉄砲と同じだ。
それでも俺は引き金を引いた。
同僚のニシノはドラゴンに胴を食いちぎられて死んだ。
後輩のタケオはドラゴンに三十メートルの高さから落とされて死んだ。
隊長のアメヤはドラゴンの吐く灼熱の炎に巻かれて死んだ。
一六二七、十一時の方向から五匹のドラゴンが飛来。一匹は迎撃に成功。
一六四〇、基地に降り立った四匹との戦闘開始。
一九三三、ドラゴン残り二匹。この時までに隊のおよそ四分の三が戦死。壊滅状態だ。
別のドラゴンの襲撃に遭って援軍が来るのはほぼ絶望的という知らせが入った。俺たちは、四分の一となった戦力で、残り二匹のドラゴンと戦わなければならなかった。
そして現在。
二一〇五、生き残ったのは俺だけだ。炎と煙に巻かれたこの場で生きて動いているのは俺と、このドラゴンしかいない。
ドラゴンは翼を動かすのをやめ、ぐっと頭を下げる。炎を吐くための予備動作だ。ドラゴンの吐く炎は火炎放射器なんか比じゃない。生き物が吐くとは信じられないほどの超高温だ。
ドラゴン最大の武器だが、同時に弱点ともなる。鱗は撃ち抜けなくても、鱗に覆われていない、口の中であればマシンガンでも傷を付けられる。
だが、ドラゴンは巨体のくせに動きが俊敏だ。
俺が引き金を引くために指を動かした瞬間、ドラゴンは開けかけた口を閉じて身を翻し、長い尾を振った。
とびすさる。大木のように太い尾がうなりをあげて鼻の先を通り過ぎる。
ドラゴンがまた体を翻した。
それとほぼ同じくして、俺は着地する。すぐさまマシンガンを構えた。
ドラゴンが口を大きく開ける。何十本と並ぶ鋭い牙がぬらぬらと光っている。ところどころに肉塊らしきものが詰まっているように見えた。
熱風を全身で感じる。
畜生、くそったれ!
引き金を引いたのと、視界が真っ赤に染まったのはほとんど同時だった。
Phase6
引き金を引いたのと、視界が真っ赤に染まったのはほとんど同時だった。
熱い。
だけど、思っていたよりも全然熱くない。どころか、わたしは炎に包まれてさえなかった。
視界は真っ赤だ。目の前にあるのは、金属を思わせるような赤い光沢を放つ鱗。
「ドラゴン……?」
象よりも大きなドラゴンが、わたしと、わたしに炎を吐きかけたドラゴンとの間に立ちはだかっていた。まるでわたしを炎から守ろうとするように。
でも何故、ドラゴンがわたしを守ろうとするのだろう。ドラゴンは人類の敵だ。燃やし破壊することしかしないはずなのに。助けるなんて。
そのドラゴンが吠え、太い足で地面を蹴って炎を吐いたドラゴンに突進する。巨大な砲弾のようだった。
低く重く大きな音が響く。ドラゴンの巨体同士がぶつかる。わたしを助けたドラゴンの方が、一回り体が大きい。
火炎竜とも呼ばれるドラゴンだ。
メタリックレッドの鱗に覆われ、その吐く炎はドラゴンの中で最高温度。火炎竜と出くわして生き残れる確率はゼロに近い。
火炎竜を見るのはこれが初めてだった。
部隊の仲間は全滅、生き残ったのはわたしだけ。ドラゴンと一人で戦い生き残れるはずもない状況で現れた火炎竜が、ドラゴンの喉を食い破った。
アサルトライフルなんか豆鉄砲にも等しい装甲のような鱗なのに、それを食い破るドラゴンの咬合力は炎に匹敵する脅威だ。目の前でそれをまざまざと見せつけられて、熱いはずなのに寒くなる。
喉を食い破かれたドラゴンの巨体が地に沈む。火炎竜が、ゆっくりとこちらに振り返る。同族の血で真っ赤になった牙をのぞかせ、喉を鳴らした。
食い殺される。そう覚悟した。
『ケガはないか?』
聞こえたのは、若い男の、声だった。
声の主が、目の前の火炎竜だと分かるのにしばし時間を要し、そこに宿る意識はケイト・ハヤホシという人間のものであると信じるまでに更なる時間を必要とした。
わたしは、こうしてケイトと出会ったのだ。
Phase7
蝉時雨が降り注ぐ。
真夏の日差しが降り注ぐ。
真っ黒なスーツがあまりにも似合わない天気だ。だけど、今日はこの服でなければ。
チカについてくる影も真っ黒だ。彼女の髪の毛も。
赤く染めていた髪は、防衛軍を退役してすぐ黒に染め直した。赤くしていたのは、ケイトとお揃いにするためだった。でも、もうそうする理由はなくなった。なくなってしまったのだ。
「こんにちはー!」
虫取り網を持った子供たちとすれ違うとき、元気な挨拶をもらった。子供たちはもう夏休みの季節だったのか。歓声を上げ道路沿いの雑木林に入っていく子供たちを見送る。
目的の家までもうすぐだ。この時間に訪ねる約束は取り付けてあった。
「郡元千華です」
「『世界の英雄』がこんな田舎に来てくださるなんて思いもしませんでした」
クーラーの効いた和室、冷たい麦茶を出してくれたケイトの母親が笑う。チカは曖昧な笑みを返した。
「しかも息子と一緒に戦ったこともあるだなんて。みんなに自慢できますわ」
「伺うのが遅くなって申し訳ありませんでした。お線香をあげてもよろしいですか」
快諾したケイトの母親は、チカを仏間に通した。
遺影がいくつもある。ほとんどは長寿を全うしたであろう齢だ。一人だけ、飛び抜けて若かった。精悍な表情に防衛軍の礼装。写真でしか見たことがない、速星恵人の本当の顔だった。
チカと出会い、ともに戦ってきたドラゴンの姿とは当然ながら違う。似ているところなどまるでないはずだけど、芯の強さと不屈の精神をうかがわせる眼差しは、チカは同じだと思った。
仏壇に手を合わせる。
ケイトは、最後のドラゴンとして殺されたケイトの魂は、どこで眠るのだろう。彼は故郷へ帰ってこられただろうか。
巨大な体や口に太い鎖を幾重にも巻かれ、地面にアンカーを打ち込んで拘束された。翼の皮膜はすべて取り除かれていた。砲弾でも割れないという頑丈な防護ガラス越し、何人もの武装したスタッフに囲まれて、丸腰のチカはケイトが『処分』されるのを見ることしかできなかった。
国際防衛機関の判断は正しい、とケイトは言った。そういう決定が下されなければ、自ら命を絶つつもりだった、とも。
いつからケイトがそう考えていたのかは分からない。チカは、ケイトがそんなことを考えていると夢にも思わなかった。ドラゴンとの長い長い戦いが終われば、ケイトと穏やかな時間が過ごせるだろう。のんきにもそう思っていた。
ケイトの首筋に、信じられないほど太い注射針で薬物が打たれる。それまでずっと目を閉じていたケイトが、ゆっくりと瞼を上げる。防護ガラス越しに目が合った。数回目をまばたかせ、ケイトはまた目を閉じた。そして、瞼が開くことは、それきり二度となかった。
ここへ来る途中すれ違った子供たちの姿を思い出す。空をよぎる影におびえることなく子供たちが走り回る姿を、そのために戦ってきたのに、ケイトはついに見ることはなかった。
スタッフや学者たちが、ケイトの息が絶えたことを確認する作業を見ていたときでも、速星号というドラゴンが死亡したという報道を見たときでも、涙は出なかった。
でも今、目頭が熱かった。
ドラゴンの炎に晒された時よりも熱いと感じた。
Phase8
戦闘機であれば整備士達がその周りで忙しくしているが、ケイトとチカの周囲はいつも静かだ。ドラゴンであるケイトを恐れ、誰も近寄ろうとはしない。
「速星号に乗って飛ぶのは、どんな気分になるのだね」
どういう風の吹き回しか、隊長の木皿儀が珍しく現れた。ケイトに取り付けられた鞍を見る。
「月並みな言葉ですが」
ケイトを見上げる木皿儀の横顔を見ながら、チカは続けた。
「ケイトと一緒に風になったように感じます」
「そうか」
目深に被った官帽の下に、憧憬にも似た表情があったのは見間違いだろうか。
後ろで手を組んだ木皿儀は、チカを乗せたケイトが飛び立ってもずっと、二人を見上げていた。その姿が見えない高さまで舞い上がってから、チカはふと思い付いた。
「もしかして、キサラギ隊長はケイトに乗ってみたいのかしら」
『男を乗せるのはごめんだね』
嫌そうに言うケイトに、チカは苦笑する。
『何がおかしい?』
「ううん、何でもない」
ドラゴンとの戦争が終わったら、一度くらいは乗せてあげて、とケイトにお願いしよう。
ケイトも木皿儀も、二人してきっと嫌そうな顔をするだろう。チカがどうしてもと言えば、二人とも渋々空の散歩へ出かけるに違いない。
ケイトは、たぶん本当に仕方ないと思いながら。そして木皿儀は、内心では心躍らせながら。
その時にはもう、襲い来るドラゴンは一匹もいない。危険も憂いもない空は今よりも果てしなく広く、美しく見えることだろう。
〈了〉