フタマタノオロチ

 元は、奇形であるが普通の蛇であった。
 頭が二つあるので、頭が一つの蛇の倍、頭が良かった。
 頭が良いので、人の話す言葉を理解できた。そうして、自分は普通の蛇ではないらしいと思い至った。
「右の。我らは普通ではないらしい」
「左の。今更何を言っている。鈍いな、馬鹿」
 人の文化も理解していたその蛇は、双頭の蛇は滅多にいない故に縁起の悪いものとして忌まれることを知っていた。それ故、人里には近寄らぬべしと、二つの頭の意見は一致していた。
 人里離れた地で、その蛇は平穏に暮らした。冬が近付くと眠り、春の訪れと共に目覚めた。夏は木陰に涼を求め、秋は眠りにつく季節に備えてひたすら食べ物を求めた。
「右の。我らは少々長生きではないだろうか」
「左の。百回目の春を迎えてようやく気付いたか。鈍いな、馬鹿」
「右の。それに昔より体が大きくなってないだろうか」
「左の。本当に鈍いな、馬鹿。九十年以上前から、我らは大きくなり続けている」
 その蛇は、樹齢五百年を超える大木よりも太い体になっていた。
 山奥といえど、小さな蛇の頃のようには隠れられず、とうとう人の目に触れてしまった。脅える村人が石を投げ、それは右の頭に当たり、左が止めるのも聞かず右の頭は人に噛み付いて怪我を負わせた。
 化け蛇退治の山狩りが始まり、右の頭は襲い来る人を次々と牙にかけた。
「右の。彼らは脅えているだけだ。我らが何もしないと知れば……」
「左の。何もしていない我の左目を人は潰した。許せぬ」
 許せぬ、と右の頭は繰り返した。
 村人はある時一人の巫女を呼んだ。化け物退治が得意という若く美しい娘だった。
 その蛇の左の頭は巫女に心奪われてしまった。右の頭は厄介な者が来たと毒づいた。
「右の。許せ」
「左の。何をだ」
 左の頭は、右の頭に噛み付いた。右の頭の左目は潰れていたので左の頭の動きは見えず、避けられなかった。
 しかし一噛みでは右の頭は死なず、二つの頭はお互いに噛み付き合った。
「右の。許せ、我はあの巫女に心奪われたのだ」
「ひだりの……我が死ねばいずれお前も死ぬ……鈍いな、馬鹿……」
 右の頭は息絶えた。首は半分取れかかっていた。左の頭は激痛の走る体で巫女の元に向かった。死ぬ前に想いを伝えたかった。
「なんとおぞましい」
 その蛇を見た巫女は顔をしかめ、弓を構えた。左の頭の眉間に矢が突き刺さり、蛇はどうっと倒れた。
「われは、そなたが」
 勇敢な村人が斧を振り下ろし、蛇の言葉はそれきり途絶えた。

〈了〉