ふつうではない図書館

 ふつうの図書館には置いていない本が置いてある図書館がある。ふつうの図書館には置いていない本を置いてある図書館だから、ふつうの場所にはない。ふつうは行けない。ふつうはたどり着けない。そもそもふつうは存在自体を知らない。
 具体例を挙げて説明しよう。
 名前は仮に甲さんとする。甲さんはふつうの人だ。毎朝同じ時間に起きて同じ時間に家を出て同じ時間に仕事を始め、帰る時間はその時の仕事によりけりだけど大概残業がある。一応土日が休み。時々ある休日出勤は慣れたもので、日曜日の今頃になると「ああ、もうすぐ月曜日がくる。いやだなぁ」と思うふつうの人だ。
 そんなふつうの甲さんが、いつの間にか月曜日が来るのがいやではなく、むしろ心待ちになった。これはふつうではない。もちろんそれには理由があった。最近転勤してきた、名前は仮に乙さんとする同僚に恋をしたのである。甲さんが月曜日は心待ちにする理由は、そんなわけで実はふつうだった。
 甲さんはふつうに乙さんと親密な関係になりたいと望み、それを実現するために行った努力はふつうであるかもしれないが、草食系と陰で揶揄される甲さんにとってはふつうではなかった。その甲斐あって甲さんは乙さんと親密な関係になり、関係は順調に育まれ、やがて求婚するに至った。ふつうである。
 しかしここでふつうではないことが起きた。甲さんは求婚拒否されるとは思っていなかったのに、乙さんは求婚受託を渋ったのである。理由は、乙さんが宇宙人だから。地球人がまだ宇宙人の存在を公式に認めていないため、宇宙連邦政府は地球人との交際は黙認しても、正式な結婚は認めていないという。
 甲さんが何度求婚しても、乙さんは宇宙連邦政府が許してくれないからと言って受託してくれない。甲さんは乙さん以外の人と結婚するつもりがなかったので困り果ててしまった。どうすれば乙さんが求婚受託してくれるだろう、どうすれば宇宙連邦政府が二人の正式な結婚を許してくれるだろう、と悩み続けた。
 そんなとき、甲さんはふつうの図書館には置いていない本を置いてある図書館にたどり着いた。会社帰りに立ち寄ったコンビニの隣にあった。
 そこがふつうの図書館には置いていない本を置いてある図書館だと司書から説明を受けた甲さんは、乙さんと結婚できる方法が書いてある本は置いてあるか司書に尋ねた。司書は蔵書目録を調べた後、地下書庫から甲さんの求める本を持ってきた。貸出厳禁なので、甲さんは目を皿にして本を読み、特に重要そうなところはスマホで撮った。本当は撮影禁止だけど見なかったことにしておく、と司書は笑った。
 こうして乙さんと結婚する方法を手に入れた甲さんは、無事乙さんと結婚した。ふつうに結婚式を挙げ、ふつうに新婚旅行へ行き、ふつうに子どもが生まれ、ふつうの家庭を築いた。時々ふつうに夫婦喧嘩をして、ふつうに乙さんの機嫌が直らなくてふつうに大変困った甲さんは、乙さんの機嫌を直す方法が書かれた本があったらいいのにと思ったけれど、二度とふつうの図書館には置いていない本が置いてある図書館にはたどり着けなかった。そもそもコンビニの隣に図書館がなかった。
 ふつうの図書館には置いていない本が置いてある図書館は、ふつうではどうやっても解決不能な悩みや問題を抱えた人だけがたどり着ける図書館だということが、これでお分かりであろう。

〈了〉