僕の宝箱

 大切なものを箱にしまう子供だった。一つの箱に、一つの大切なもの。そうすると、お菓子の空き箱でもそれが宝箱となったんだ。
 ジュースの王冠、道端で拾ったパチンコ玉、校庭の砂の中に紛れるきらきらした透明な粒、表面がつるりとした黒い石、綺麗な赤色の葉っぱ等々……他愛もない、今にして思えば何故大切だったのかも分からないようなものばかりだったけれど、押し入れの奥深くに隠した宝箱が一つ増えるたびに数をかぞえて一人で喜んでいたよ。
 小学校の高学年になるまでその習慣は続いた。きっと小学校を卒業して中学生になり、高校生になり、大学生になって大人になっても、大切なものを箱に入れ続けると思ってた。
 でも、大切なものをいつでも箱に入れられるわけではないと気付いたのは、小学五年生の三月。クラスメイトの美都姫ちゃんが、六年生になると同時に転校すると聞いた時だ。
 彼女のことが大好きで、学校や塾にいるどの女の子より大切で、どこにも行ってほしくなかったけど、美都姫ちゃんを箱に入れられるわけがない。だから仕方なく、美都姫ちゃんとの思い出を――実際には空だけど――百円ショップで買った鍵付きの箱に入れて、押し入れの奥にしっかりとしまいこんだんだ。そうすれば、ずっと美都姫ちゃんのことを忘れないと思ってね。
 思い出も箱にしまうようになったのは、それからだね。どうしても忘れたくない、いつまでもその時と同じように覚えていたい思い出を鍵付きの箱に入れて、押し入れの奥に積み重ねていった。
 高校の一年生の頃までは、思い出の詰まった箱もどんどん増えていったよ。急に増えなくなったのは、二年生になったくらいから。まあ、忘れたくない思い出ができるような出来事がほとんどなくなったんだ。その理由は、想像に任せるよ。
 大学に入ってもしばらくは変わらない状態だった。大学入学と同時に一人暮らしを始めて、小さなワンルームには狭い押し入れが一つしかなかったから、むしろそれでよかったと思ったよ。
 でも、やがて狭い押し入れじゃ事足りなくなるほど、また大切なものや思い出が増えていったんだ。
 ――美都姫に再会したから。
 嘘みたいな話だけど、大学で、勧誘されてなんとなく入ったサークルに、彼女がいたんだ。
 美都姫は最初、僕のことを覚えていなかった。でも僕は、忘れてなんかいなかった。箱に、彼女の思い出を大切にしまっていたから。
 美都姫もすぐに僕のことを思い出して、それがきっかけで昔みたいに、いや昔以上に親密になった。僕の部屋の押し入れは、美都姫との新しい思い出や彼女からもらったものの入った箱でいっぱいになったよ。
 もうこれ以上は入らないかな、そう思っていた頃だった。美都姫が別れ話を切り出したのは。小学生の時みたく親の都合で遠くに行くわけでもないのに、僕から離れたいと言ったんだ。
 彼女はそう言ったけど、僕にとって相変わらず美都姫は大切な人だった。それに、何もできない小学生じゃないからね。
 僕は、大切なものを箱にしまう子供だった。今も、大切なものは箱にしまっている。ただ子供の頃と違うのは、箱はお菓子の空き箱なんかじゃなくて、もっと頑丈で鍵もかけられるものだけどね。さすがに、大切なものが増えすぎてこの押し入れには入らなくなってしまった。
 僕の一番大切なものが入っている箱はどこにあるかって? それは教えられないよ。僕にとって、大切なものが入っている箱は宝箱だからね。自分の宝箱のありかを、他人に教えるわけないだろう。

〈了〉