この世界を創造した神を封じ込め、代わって世界を支配しようとした魔王がいた。
しかし、魔王とは勇者に倒されるもの、と相場が決まっている。
魔王の手下である魔物が我が物顔で暴れ回り、人々が困り果てている時に颯爽と現れた。
勇者の活躍はめざましく、魔物を蹴散らし魔王の城まで乗り込んで、死闘の果てに魔王を倒し、封印された神を解放したのである。
神は、ほんのお礼だと言って、勇者に立派な屋敷を与えた。
世界さえ創ってしまう神サマなのだ。
百は下らない部屋数を持つ屋敷を作り出すことなど、容易かったに違いない。屋敷は、目の前に広がっていた更地に、まばたき一つする間に現れたのだった。
苦労して魔王を倒した甲斐があったってもんだ。
キラキラと輝きながら去っていく神サマを見送りながら、勇者の俺はしみじみと思った。
「勇者やってて良かったー!」
神サマが去った後、歓声を上げながら俺は屋敷へ入った。そして溜息を漏らす。
輝いている。とにかくあちこちが、神サマとは違ったキラキラを放っている。今まで一度も見たことのないような豪奢な装飾が、いたるところに施されていた。
三階まで吹き抜けのエントランスの天井には、これまたキラキラと輝く、重たそうなシャンデリアが吊り下がっている。そこを見ただけで、テンションは最高潮に達しそうだ。
地に足がついていないような足取りで、ほかの部屋も見て回る。どの部屋も、ドアを開けてまず溜息を漏らさずにはいられなかった。探索を続けるうち、何度溜息をついたかも分からなくなっていた。
主寝室とおぼしき部屋にたどり着いたので、天蓋付きの広々としたベッドに思い切り身を投げ出した。このまま沈むんじゃないかと思うほど、柔らかい。
「まいったな~。魔王を倒したからって、こんなバカでかい屋敷もらっちゃってさ~。独身者には広すぎるって~」
このベッドだって、大人五人が並んで寝てもまだ余裕がありそうだ。これじゃあ寝た気がしないかもな、と寝返りを打った時、俺ははたと気がついた。
これだけ広い屋敷に俺一人しかいない。こういうお屋敷につきものの、執事とかメイドとかコックとかメイドとか、一人もいないじゃないか。
屋敷はあげるから、メイドは自前で用意しろということなのか?
待て待て。俺は勇者だが、使用人を雇う余裕があるような家で育ったわけではない。魔王を倒すための旅を続けてきたから、蓄えだってほとんどない。
魔王を倒せば国王から報奨金が出るはずで、それはまだ受け取っていないんだが、果たして報奨金は、この屋敷に見合った数の使用人を雇えるほどの額なんだろうか。
そもそも、この屋敷を維持するのに年間いくら必要なんだ?
「あ。こちらにいらっしゃいましたか、勇者どの」
ベッドの上であぐらをかいて慣れない計算をしていたら、いきなり見知らぬ人物が現れた。身なりも品も良さそうな、壮年の男だった。
もしかして執事? メイドじゃないのは残念だが、神サマの手配が遅れていて、今頃到着したのか。
「初めまして。私、王の元で税務を取り仕切っている税務長官でございます」
「税務長官?」
執事ですらないらしい。それにしても何故、税務長官が訪ねてくるんだ。
「このたびの勇者どののご活躍、陛下も大変お喜びでございます。つきましては、勇者どのに所定の報奨金が支払われることとなったのですが、その前に」
税務長官の目がきらりと光る。
「このお屋敷の所有者は、勇者どのでございましょうか?」
「ああ。神サマから贈られた、魔王を倒したお礼だ」
「なるほど、そうでございましたか。でしたら、固定資産税を納めて頂かねばなりません」
「勇者に税金を払えっていうのか!?」
報奨金をまだ受け取っていないというのに――というか、魔王を倒したお礼をもらって税金を払え、なんて納得できるわけがない!
「魔王のせいで今は不況のまっただ中。勇者どのとはいえ、免税というわけには参りません。しかしご安心を。今年度の固定資産税に関しましては、報奨金とほぼ同額となるので、そこから納税するという形で処理させて頂きます」
税務長官が事務的な口調で告げた内容に、俺の頭の中は真っ白になる。
「報奨金の方が若干多いので、差額は後日お届けいたします」
言うだけ言って、彼はさっさと帰っていった。
数日後、届いた差額分の報奨金は、贅沢をしなければ十日暮らせる程度でしかなかった。
切ない気持ちで明細書を見て、固定資産税の額に目玉が飛び出すほど驚いた。
こんな大金、毎年払えるわけがない。
魔王を倒したせいで、跳梁跋扈していた魔物はもういない。
俺は己の剣と腕だけを頼りに生きてきた。魔物も魔王もいない今、どうやって生活費を稼いだらいいんだ、神サマ!
しかし答えはなく、俺は心機一転、屋敷を売り払い新たな旅に出ようと決心した。
ところが、不景気なので買い手はなかなか現れなかった。
俺は税務長官が再びやって来る前に、闇に紛れて屋敷を抜け出したのだった。
〈了〉