**. 傭兵たちのクリスマス
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「セド。今日は聖人の誕生を祝う日だそうだな」
 噴水の縁に腰掛けるライが、同じように隣りに座るセドに話しかける。二人とも顔は正面を向いたままだ。
「そうなのか? 俺は特に信仰心はないから、別にどうでもいいんだが」
 そう言えば、この国ではそんな宗教行事があったなというくらいの認識しか持っていないので、ライに言われなければ、それが今日だという事には気が付かなかっただろう。ならば、ライはセドと違って信仰心があるという事か。意外なものだ。敬虔な顔で神に祈る相棒の姿など、想像も出来ないというのに。
「馬鹿野郎! 今日は親子や恋人の親しい間柄で贈り物をし合い、幸福に満ち足りた夜を過ごす日なんだぞ。そんな無関心でどうする」
 街中どこか浮ついた雰囲気だったのは、そのせいかと納得する。しかし、納得できないこともあった。
「……ライ。それが聖人の誕生を祝う事とどう結びつくのか、不思議でならないんだが」
 知人の間で贈答をし合うことと、聖人の誕生を祝うことの関連性が見あたらない。その聖人に贈り物をするというのなら分かるのだが。
「そんなの口実に決まってるだろう。記念日なんてたくさんあった方が、贈り物をもらう回数は俄然増える! 消費活動が活発になって景気も良くなる! 良い事づくしじゃないか」
 ライは無駄なほど力強く説明するが、セドが納得出来るような答えではなかった。どうしてそれが口実として成り立つのか、やはり分からない。分からないが、本来の宗教行事としての意味や目的が忘れられ、変質してしまうことなどよくあることだろう。
「しかし、互いに贈答し合うなら、別にわざわざそんなことしなくても、自分で自分の欲しい物を買えばいいだけじゃないか? なんでわざわざそんな面倒くさいことを……」
「セド。贈り合うのが大切なんだよ。物だけじゃダメなんだ。気持ちが肝心なわけよ、気持ちが」
 したり顔でライが言う。
「気持ちを物に変換するわけか……まあ、分かり易くはなるな」
「セド……おまえ、結構イヤな考え方するな。そんなこと考えず、要は楽しめばいいんだよ、楽しめば」
「楽しめばねぇ……幸福に満ち足りた夜を過ごす日に、相棒とこうして仕事していても楽しめないんだけどな」
 二人がいるのは広場の中央にしつらえられた噴水の縁。広場は市民の憩いの場であり、町の中心部というだけ合って人の行き来が激しい。幸せそうに腕を組んで歩く恋人達や親子連れが多いのは、セドの気のせいではないだろう。
「俺だって、男よりは可愛くて綺麗な女の子と過ごしたいさ」
「相手がいたら、の話だろう」
「……昨夜のことさえなければ、俺は今日はアーニィと過ごせるはずだったのに……」
「アーニィ? ああ、昨夜の女のことか。おまえが酔って暴れて店の物を壊したせいで、女に逃げられた上に、壊した物の弁償をする金を稼ぐ羽目になったからこうしているんだろうが」
 昨夜のことは思い出すだけでも頭が痛む。ライが酒場で知り合ったアーニィとかいう女をめぐり、ほかの客と取り合いをしたせいで乱闘騒ぎを起こしたのだ。話を聞いてセドが酒場に駆け付けた時には、既に遅かった。アーニィどころか相手の男さえも逃げ出した後で、ライが一人で弁償をすることになったのだ。はっきり言って、セドは巻き込まれただけである。
「いやー、あれは不幸な事故だったんだよ、セド」
「ほう。それじゃあ、巻き込まれた俺はもっと不幸だな。今日生まれたとかいう聖人に俺の不幸をくれてやるから、もっとましな相棒を代わりにくれないもんかね」
 セドが嫌味たっぷりに言うと、ライが顔をしかめた。
「不幸をもらって嬉しい奴はいないだろう」
「じゃあ、おまえを供物にすればいいかな」
「聖人が絶世の美女だったら、それも悪くないな」
 セドの嫌味などあっという間に忘れたライの顔に、笑みが浮かぶ。
「……是非そうしてくれ」
 セドはうつむいて深々と溜息をつくと、再び顔を正面に向けた。
「セド。あいつじゃないか?」
 ライが人混みの一角に視線を向ける。
「意外に早く見つかったな。行くぞ、ライ」
 噴水の縁から腰を上げる。
「日頃の行いがいいおかげだな」
「……昨日の今日で、よくそんなことが言えるな、おまえは」
 二人は人混みをかき分け、何も知らない顔で若い娘を伴い悠然と歩く男に慎重に近付いていった。
〈了〉

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(C) Nagasaka Danpi 2006