14. 彼女を必要とする者
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「男の風上にも置いておけねえ!」
 オズワルズとの睨み合いをやめて、サリミナから犯行時の状況を聞いたライの第一声は、それだった。
「こんないたいけな少女を人質に、その姉を連れ去るなんて、男のやることじゃない!」
「そもそも人のやることじゃないぞ、ライ」
 セドがさりげなく突っ込むが、怒りに沸き立つライの耳には届いていないらしい。
「サリミナ、可哀想に。怖かっただろう?」
 ライはサリミナの前に片膝をついて、少女の手を取る。それを見たオズワルズが、また厳しい目をライに向けるが、ライはお構いなしだ。
「はい。あのぉ……」
「だがもう大丈夫。君のお姉さんは、俺が必ず助ける」
 ライがいつまで経ってもサリミナの手を離さないから、オズワルズは今度はセドを睨んだ。どうにかしろ、ということらしい。
 セドは溜息をついて、ライの頭をはたいた。
「何するんだ、セド」
 サリミナからようやく手を離したライが、セドを振り返る。
「話からすると、二十人近くの男に取り囲まれたわけだな?」
 しかしセドはライを無視して、サリミナに尋ねた。
「はい」
「おおかたカーナンの有力者に雇われておる傭兵じゃろう。家の護衛として、雇っている者は多いからのう」
「同業者か……」
 だが同業者とは言っても、おそらくカーナンに定住している傭兵だろう。隊商の護衛と違って、個人や屋敷などの護衛は長期間に亘ることがほとんどだ。ころころ護衛を入れ替えていては、守られる側としても安心はできないから、信頼できる者を長く雇う。しかしそうなってくると、その護衛はもはや傭兵とは呼べない。
 だから正確には、元・同業者たちがサリミナの姉を連れ去ったのだろう。
「セド。そんな卑怯で卑劣な奴らと、俺たちが同業者なわけないだろう。俺はそんなことはせん!」
「知ってるよ」
 セドは適当にライをあしらって、話を続けた。
「で、そいつらは君の姉さんのことを、よく知っていそうだったんだな?」
「はい。名前も職業も知っていたし、わたしが妹であることも知っていました」
 通りすがりに、たまたま見かけたから連れ去ったというわけではないようである。二十人も引き連れて、通りすがりをさらうということも考えにくいが。一人さらうにしては、人を使いすぎている気もするが、下調べをしっかりとした上での計画的な犯行ではあるようだ。
「君の姉さんを連れて行くことが男たちの目的だったとなると、狙いは彼女自身か、彼女の技能目当てってところだろうな」
 可能性として高いのは、後者だ。一人の女に思いを募らせ、二十人も使ってさらってしまうほど馬鹿な男はいないだろう。
「研磨師としての姉、ということですか?」
「ああ。君の姉さんは、研磨師としてはどれ程なんだ?」
「優秀な部類に入る子じゃよ。一級魔石三個を、二十日弱で研磨することができるくらいにのう」
 あいにく、セドたちには研磨師の知り合いはおらず、魔石にも詳しくないので、一級魔石三個を二十日で研磨することが、どれ程のことなのかはピンと来ない。だが、道具屋の主人がそう言うのだから、優秀なのだろう。
「優秀な研磨師を必要としている奴に連れ去られたということか……?」
 ようやく怒りも収まり、落ち着いたライが真面目な顔をする。
「だが、権力も金もあるなら、お抱えの研磨師くらい雇えるだろ。何でわざわざ連れ去るんだ」
 二十人も護衛が雇えるなら、研磨師一人を雇う方が安上がりだろう。だが、店主は首を横に振った。
「研磨師を個人で雇う者は殆どおらぬよ。そもそも、魔石があったとしても、魔術士でもない限りは加工せねば使えないわけじゃし。研磨師は普通、魔滅士と組んで仕事をするからのう」
 研磨師は、魔物から魔力を取り出さなければならないので、大抵は魔滅士と組んで仕事をしている。研磨師自身は、魔術士の部類に入るそうなのだが、彼らの力というのは戦闘に向いていないため、単独では魔物を退治する事ができない。イルクセンとサリミナの話では、そういう事だった。
「だとしたら妙だな。魔滅士がいないと研磨師は仕事ができないのなら、サリミナも必要という事じゃないのか?」
 だが、サリミナは人質にされたが、連れ去られはしていない。
「いや、傭兵を雇っているなら、そいつらと組んでやればいいだけだ」
 ライの言葉を、セドが否定する。それにすかさず、ライが反論した。
「まあ、確かに。だが、サリミナを置いていったという事は、目撃者を残した事になるわけじゃないか、セド。どうせ連れ去るなら、二人とも連れ去っても良かったんじゃないのか?」
「目撃者がいたとしても、自警団が動くわけじゃないから問題なかったんじゃないか」
 セドはオズワルズをちらりと見て言った。セドの視線に気が付いたオズワルズは、引き締めていた口元を、ますますきつく引き締めた。相当に悔しいようだ。
 護衛たちに指示を出したのは、当然彼らの雇い主であるカーナンの金持ちだろう。魔物を生け捕ってほしいというバークンデーゲンのように、金持ちが考えている事は庶民には理解しがたい。何か考えが合っての事かも知れないが、今のところその考えとやらがどんなものか、想像はつかなかった。
 セドが考え込んでいると、ライがイルクセンに尋ねた。
「じいさん。この街で、研磨師を必要としているのはどんな奴だ?」
「工房なんかは魔石を必要とするが、連れ去ってまで研磨師を欲しがったりはしないしのう」
「じゃあ魔石を必要とするような奴は?」
「わしのような個人規模の店でも必要としておるぞ」
 店主は少し的はずれな答えをしている。ライがそれに苛立った様子で、質問を続けた。
「それ以外で必要とするような奴はいないのか?」
「そうじゃのう……」
 年老いた店主は、心当たりを求めて、視線を宙にさまよわせ、あごをさする。
「交易商……そうだ、交易商も必要としてます」
 そう言ったのは、イルクセンと共に心当たりを考えていたサリミナだった。
「交易商が? そりゃまたどうして」
「そう言えばそうじゃ。魔石を扱う交易商もおってな。ティクルカランへ輸出しとるんじゃ。わしの店に買い付けに来た商人もおったわ」
 答えたのはイルクセンだった。サリミナに言われて、思い出したらしい。
「輸出するようなものなのか? ティクルカランにも研磨師はいるだろう」
「足りないんじゃよ。あそこは今、戦争をしておるじゃろう」
「ああ」
 ギルドでも、戦争へ参加する傭兵の募集が、そういえばあった。一般市民にとっては、隣国の戦争は対岸の火事のような話だが、傭兵にとってはそれほど遠い地の話ではない。それは、交易商も同じだったらしい。
「ティクルカランは、その戦争に魔石を使っておるらしい。それで、自国で作るだけでは足りないから、ここからも輸出されとるんじゃよ」
「姉に、魔石を売って欲しいと言ってきた交易商の方もいました」
「直接?」
「はい。でも、姉はいつも、このお店に魔石を売っているので、お断りしたんですけど……。それでも諦めず、声をかけてくる交易商の方はいました」
「それじゃないのか?」
 ライが同意を求めるように、セドに顔を向けた。
「可能性はあるな」
 ティクルカランが魔石を大量に必要としている今は、交易商にとっては稼ぎ時である。しかし、イルクセンやサリミナの話を聞いたところでは、魔石はそうそう簡単に作れる物ではない。そうなると、質のいい魔石をどれだけ手に入れる事ができるか――つまり、質のいい魔石を作れる研磨師をどれだけ取り込めるかが、大きな利益を得る鍵となるだろう。腕のいい研磨師と質のいい魔石を必要としている交易商が、サリミナの姉を連れ去ったと考えられなくもない。
「サリミナ。しつこかった交易商ってのは誰か、覚えているかい?」
「はい。有名な方ですから。でも、まさかそんな人が――」
 魔石が欲しいがために、研磨師を連れ去るなどという馬鹿な事をするのだろうかと、サリミナは半信半疑のようだった。


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