英雄哀歌
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 おやおや。そんなに大勢で来られたんじゃあ、ありがたいけどうちの酒がすぐに底を突いちまう。
 今日はもう看板だよ。来るなら明日にしとくれ。
 なんだい、飲みに来たわけじゃないのかい。じゃあ何をしに来たのさ、そんな集団で、こんなちっぽけな飲み屋に。
 ふうん、人捜しねぇ。
 女? 女ひとりを、大の男が束になって捜し回ってるってのかい。おやまあ。
 捜してるって女に、あんたらみんな騙されでもしたのかい? それとも、もう一度会いたいようないい女だったのかい。ま、どっちにしたって女ひとり捜すのに、大の男が何人も集まってるってのは情けないけどさ。
 え? 会ったことはないのかい、捜してるっていうのに。じゃあどうして捜すのさ、会ったこともない女を。
 噂? 《獣》を倒した英雄の? 急になんだい。
 聞いたことくらいあるよ。飲み屋じゃ色んな噂が飛び交うからね。その英雄の冒険譚を謡った吟遊詩人も来たよ。へたくそだったけどね。
 で、捜してる女と英雄がどう関係あるのさ。
 ああ、そういえば英雄は男と女の二人なんだっけね。てことは、あんたらが捜してるのはその女ってわけかい。
 はは、なんだいなんだい。《獣》を倒してくれたお礼でも言おうってわけかい。この街の半分も、あいつに『喰われた』からねぇ……。あんな化け物を倒してくれたんだ、たった二人で。ありがたいことだよ。
 おや、ちょっと待っとくれよ。捜してるってことは、英雄の一人がこのあたりにいるってことなのかい?
 そういう噂があるんだね。初めて聞いたよ。
 うちの店に来てくれないかねぇ。こんなしょぼくれた店だけどさ、精一杯の料理と酒でもてなしてやりたいんだよ。《獣》を倒してくれた、せめてものお礼さね。
 ……どうしたのさ、そんな怖い顔して。礼なんてとんでもないってのは、どういうことだい。化け物を倒した英雄だろ、あんたらが捜してるのは。
 馬鹿なことを言うんじゃないよ。英雄のほうこそが化け物だって? そんなはずがないだろう。
 化け物を倒せるのは化け物だけ? だから英雄も化け物扱いかい? あんたら、いよいよ情けないね。彼らは強かった魔術師ってだけだろ。だから《獣》を倒せた。違うかい?
 違う? どう違うのさ。
 ――強すぎる力が人のものとは思えないってのは、あたしらみたいな普通の人間にしてみればそうなのかもしれないさ。でも魔術師はみんなあたしらにはない力を持っているじゃないか。でも彼らも人間だ。英雄もそうさ。
 ……あの娘も、普通の人間さね。ただ強い魔力を持っていて、それで《獣》を倒せただけのこと。誰に頼まれたわけでも命じられたわけないのに、命をかけて《獣》を倒したんだ。
 綺麗な銀色の目をした、普通の娘だった。
 あたしらはあの娘に感謝こそすれ、そんな怖い顔して探し回ることはないんだよ。ついでにその物騒なものも引っ込めたらどうだい。巡邏の兵士に見つかったらなんて言われるか――おや、なんだい。その兵士も一緒にいるじゃないか。
 領主さまの命令? あんたら、領主さまに命じられて英雄のひとりを捜し回ってたのかい。やれやれ、剣呑だねぇ。領主さまはどういうおつもりだい。
 与えた褒賞の返還? おやおや、案外ケチな領主さまだね。それだけじゃない? なんだって、処刑? 英雄を?
 あんたらは本当に、情けないねえ。《獣》のしたことをもう忘れちまったのかい。あいつがいなくなって、どれだけ喜んだのか忘れたのかい。怯えて眠る必要がなくなったのは誰のおかげなのか、もう忘れたのかい。
 忘れてはいないけど、別の不安が芽生えた? あんたらが勝手に不安に思ってるだけさ。あの娘は、あんたらに何をしようとも思っちゃいないよ。
 あんたらがそんなだから、逃げてるだけなんだよ。
 どこへ行ったか? さあ、そんなことは知らないよ。ふらりと現れて、同じように出ていっただけさ。
 何か隠してるだろうって? こんなちっぽけな店のどこに、何を隠すって言うんだい。疑うのなら、探してみるがいいさ。何も見つかりっこないけどね。
 その手はなんだい、お放しよ。どうしてあたしが、領主さまの城に連れてかれなきゃいけないんだい。
 かばっているから? そりゃかばうさ。何もしていないのに、《獣》を倒したのに、追われなきゃならない娘が不憫で仕方がなかったからだよ!
 ――ああ、あんた。どうして戻ってきたんだい。さっさと立ち去れってあれほど言ったのに、どうして。
 そうだ、今からでも遅くないから早くお逃げ。あんたほどの魔術師なら、そんなこと簡単だろう? あたしのことはいいから、逃げるんだよ。
 だめだよ、あたしなんかに構っちゃだめだ。早く逃げなきゃだめだろう。戦わなくっていい。そんなことしなくていいから、早くここから立ち去らないと、明日にはあんたを捕まえようと、もっと大勢の兵士がやって来るんだよ!
 ……頼むから、逃げておくれ。あんたは、あたしの旦那と子供らを喰らった《獣》を倒してくれた。恩人なんだ。
 逃げておくれ、早く――。

〈了〉

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