一弥は、義鷹のようになりたいと思っていたし、彼を目標として修行を続けてきた。
それは、自分の暗い願いが物の怪を引き寄せ、人を殺してしまった、その罪を少しでもあがなうためでもあり、人にあだなす物の怪を世に蔓延らせないためでもあった。
一人前と認められ、義鷹の元から巣立って十年。お互いに旅をしている時間の方が長いので、会うのは年に一度あるかどうかだった。近況報告として書状を交わしていたが、忙しいのか、義鷹からの返事は遅く、ここ数年は途絶えていた。最後に会ったのは二年前。
二年前の義鷹は、一弥が知る彼と変わらなかった。それが何故、鬼の姿をして、一弥の前にいるのか。
「何故です、義鷹さん。退治屋のあなたが、何故、鬼に――」
物の怪は、人にとりつくこともある。大抵は、人の心の隙に物の怪が入り込み、人の心を食らって体を乗っ取るのだ。
だが、義鷹は一弥の名を呼んだ。鬼の姿になっていても、まだ彼の心はあるのだ。――いや、一弥がそう信じたいだけなのかもしれない。
「……物の怪を倒しても倒しても……奴らは現れる……」
義隆の声は、かつての面影はあれども一弥が知る精悍さはなかった。
「武士が戦をやめぬ……戦場に、物の怪は出る……俺は、うんざりして、武士どもを、憎んで……」
大きくせき込み、義鷹はぜえぜえと喉を鳴らすような呼吸をした。
「……憎んで、自ら鬼となって武士を襲ったのですか」
一弥はできる限り感情を抑え、義鷹を見下ろしていた。義鷹の胸は大きく上下しているが、息をするのも苦しそうだった。
「……そ、うだ……」
柄を握る一弥の手に力がこもる。消えていた呪力の青白い光が、刃を包んだ。
「商人も襲いましたね。それは何故です」
「……連中は……農民から、安く、買いたたいて……武士に売って……いた……」
「この刀は人を斬るためのものではないと、俺に言ったのはあなただ!」
その義鷹が何故、ここまで堕ちてしまったのか。
長い沈黙の後、義鷹が声を絞り出した
「……俺は、己を、止められな、かった……」
刀を持つ鬼が出る、という噂を耳にしたのは半年前。ここから遠く離れた城下町だった。
物の怪の中でも、鬼は滅多に現れない。まして刀を持っているなど、一弥は聞いたこともなかった。
これは珍しいと思って噂の出所を探るうち、緑に光る刀を持っている、という話を聞いた。ふつうの刀だと言う者もいた。それが引っかかった。刀を持っているだけでも奇妙だというのに――。
義鷹以外の退治屋にも会ったことはあるし、緑色の呪力を持つ退治屋も知っている。だが、鬼が襲うのは武士や商人と聞いてから、まさかと思ってしまった。嫌な予感は、外れればいいと願っていた。
鬼が持つ刀は、確かに緑色の光を帯びていた。どろりとして濁った緑だったが、それでも、義鷹の呪力の色とよく似ていた。一弥は長くそばで見ていたのだ。見間違えるはずがなかった。
「一弥……おまえ、を待って、いた……」
「え」
「俺を……止めてくれ……」
一弥を見上げる義隆と目が合う。そんな目をする義鷹を未だかつて見たことがない。しかし、他では見覚えのあるものだった。物の怪に襲われ、怯えている人々のそれだった。
退治屋の刀は、物の怪を斬るためのものだ。
一弥は柄を握り直して大上段に構えた。
「……すまない、一弥……」
雄叫びと共に、刀を一気に振り抜いた。その最中の一瞬、義鷹の口元が動くのが見えた。ただ、自分の声と重なって、何を言っているのかは聞き取れなかった。
月明かりを宿した刃が、義鷹の首を正確に捉えて切り落とす。
首だけになった義鷹は、安堵したような表情を浮かべていた。しかしそれもすぐに塵となり、風に吹かれて消えていく。
消えていくそれを、一弥はじっと見つめていた。頬を伝うものがあったが、拭いもせず、最後のひとかけらが消えるまでずっと、見ていた。
残されたのは、義鷹の刀だけだった。
「謝るぐらいなら、鬼に、なるなよ――」
刀を拾い上げ、一弥は呟いた。慰めてくれる掌は、もうどこにもいなかった。
〈了〉
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