18.毛糸

 寒冷化していても、地上には四季があるそうだ。十一月の下旬ともなると、冬が近付き寒さが増してくるという。地下都市では、年間を通して快適な気温になるように調整されているから、寒くなると言われてもぴんとこない。寒いと感じるのは熱が出たとか、体調不良の時だ。
「そういう『寒い』とはちょっと違うんだよ、地上の『寒い』は」
「犬飼君、何でそんなこと知ってるの? 地上に出たことないでしょ」
 そもそも、地上に出られるのは限られた職種の人だけで、許可なしで地上に出るのは禁じられている。
「いや、ほら、従兄弟が空調局の整備士だし、和樹がそう言ってたし」
「ふーん」
 熱が出た時の、ぞくぞくする寒さと違うと言われても、いまいちよく分からない。ただ、このまま季節が進むと更に寒くなり、雪が降ることもあるという。整備士は、そんなときでも地上に出てメンテナンスしなければならないから大変だ。
「和樹君、寒くないのかな」
「冬用の防護服があるんだって。それでも寒いときは寒いって言ってたけど」
 それより、と犬飼君が首を傾げる。
「地上に興味があるのか? ……それとも、和樹に?」
「……別に、友達のことを知りたいと思うのはふつうじゃない?」
「ふーん」
 幸いにも、そこで始業のチャイムが鳴ったのでそれ以上聞かれることはなかった。

 地下都市では、冬でも夏と着るものは変わらない。半袖か薄手の長袖だ。寒がりな人は重ね着をしているけれど、地上時代のようにセーターを着たり、コートを着たりはしない。
 調べたところ、セーターもコートも売っていないことはないようだけど、びっくりするほど高かった。とてもではないが、買えない。
 はるか昔は、毛糸でセーターやマフラーを編んでプレゼントをするという風習があったらしい。
 ならばと思って手芸品店のサイトを見てみたら、毛糸は毛糸で高かった。バイトをかなり頑張れば、合成繊維の毛糸を買えなくはないが、羊やウサギなどの動物の毛糸は、逆立ちしても無理だ。だいたい、編み物をしたことがなかった。
 うなりながらベッドの上を転がる。
 先日遊んだとき、さりげなくシフトを聞き出したので、彼が今頃地上に出ているのは分かっている。
 寒くないだろうか。寒いかもしれない。でも、どれくらい? どうやって、寒さをがまんしているのだろう。
 毛糸のセーターは無理だ。かといって、地下都市では寒さに備えた服はほとんど売っていない。
 いいアイデアが浮かばないまま転がっていたら、いつの間にか眠ってしまった。
 夢の中で、彼とお揃いのセーターを着て地上に立っていた。

〈了〉

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