挑戦状の理由 最終話01

「それで、キルテアさんに相談したんです。そしたら、ガランさんのことが気になっているから、そんな気持ちになるんだと云われて」
 自分のことだというのに、エナマーリエはまるで他人事のようである。
「ようやく、わたしはガランさんのことが好きかもしれないっていうことに気が付いたんです」
 どこかがズレている、と思うのは、彼女がそんな調子だからなのだろう。ガランはこめかみを指で押さえながら、エナマーリエの『告白』を聞いていた。
 ダッロに到着した翌日、のどかな昼下がりのことである。テギは早速商談を進めて、午前中には塩の売値が決まった。塩とそのおまけで運んだいくつかの商品を卸し、テギはセフリト共に商品の仕入れに向かっている。ハールズもそれについて行っており、昨夜の野営地で留守番をしているのは、ガランとエナマーリエ、それにキルテアの三人だった。
 そして、昼食に使った火の後始末を終えたところで、やけに真剣な顔をして「話がある」と云ったエナマーリエに挑戦状を叩きつけられ、いまに至っている。
 キルテアは、見物人よろしく少し離れたところでこちらを眺めていた。エナマーリエに余計な入れ知恵をしたのはキルテアかと横目で睨むと、彼女は素知らぬ顔であさっての方を向いた。
「……ひとまず、経緯はわかったが、どうして俺に挑戦することにつながるのか、それがわからんのだが」
 最初から謎であり、いままでのエナマーリエの説明でも、その点についてはさっぱり明らかになっていない。
「気持ちがモヤモヤするときは思い切り体を動かすのがいちばんだって、昔から母さんに云われているから」
 それで、律儀に挑戦状まで書いたというわけか。親の顔が見てみたいとガランは思った。子供の教育の仕方を、どこかで微妙に間違っている。
「……確かにそれは一理あるが、その、なんだ。人を好きかそうじゃないかを確かめる方法としては、俺は間違っていると思うぞ」
 自分がその当事者なので、非常に云いづらい。キルテアがニヤニヤして眺めているのがわかっているだけに、余計に口にしにくかった。
「ガランさん。昔から『当たって砕けろ』と云うことですし、是非相手をしてください」
「砕けるのかよ」
 ガランとエナマーリエの力量差を考えると、彼女の挑戦はまさに「当たって砕けろ」ではあるのだが。自分でそれを口にするのはどうだろうか。
「それにわたし、ガランさんが戦う姿をもっと見てみたいんです。ずっと憧れていた《白刃のガラン》の強さを、もっと間近で見たい。そのためにも、あなたと戦いたい」
 エナマーリエがやる気に充ち満ちていることは、彼女の口調や表情から一目瞭然である。右手など、もう腰の剣に伸びている。説得して引き下がるとは、もはや思えなかった。
 ガランは大きく息をついた。初めてエナマーリエを見たときに、果たして流れの剣士なんてつとまるのかと心配したことが、たった数日前のことだというのに妙に懐かしく感じる。こんなに好戦的な娘だとは、まさか思ってもいなかった。だが、流れの剣士として生きていくのなら、それくらいの気概がないとやっていけないのも事実だ。
「……悪いが、手加減するぞ」
 エナマーリエの顔が輝く。しっかりと剣の柄を握ると、彼女はそれを一気に引き抜いた。
 ガランも自分の剣を引き抜く。抜き身の刃が陽光を受けて輝く。

 そして――。

 十六年の歳の差がぶつかり合う。
 晴れ渡る空の下、甲高く鳴く鳥の声のように、その音は響いた。

〈最終話02に続く〉

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