挑戦状の理由 第一話05

 母が語る寝物語の中で、エナマーリエは《白刃のガラン》の話を特に好んでいた。
 若いときから頭角を現し、やがて二つ名と共に広く知られるようになった流れの剣士。《白刃》という二つ名の由来は、抜刀してから最初の一撃を加えるまでの動作が非常に速く、まるで最初から鞘をつけていないようだからとも、抜き身の刃のように危険な男だからとも、何人ひとを斬ろうと一向に刃が欠けることもなく白く輝いているからとも云われているが、真偽のほどは定かではなく、そのどれもが真実と思えるほど《白刃のガラン》は強いと聞いている。
 彼については、王都を荒らし回った盗賊団をたったひとりで一網打尽にしたとか、家よりも大きな魔物を剣一本で仕留めたとか、百人の魔術師が束になっても敵わない魔女を倒したとか、とにかく壮大な噂が多く、それらをおもしろおかしく語る母の言葉を、エナマーリエは毎晩ワクワクしながら聞いていた。
 そして、いつか自分も《白刃のガラン》のような流れの剣士になりたいと、幼い少女が夢見るにはあまりにも殺伐にすぎる夢を抱いたのである。

    ◇

 エナマーリエたちが戻ってくると、簡易机の上に昼食が並んでいた。イスはないので、地面に直接座って全員で机を囲む。昼食がてらテギが改めて隊商の面子をエナマーリエに紹介し、今回の仕事の目的を話しはじめた。
 ガランはさっきまではめていた革手袋を外し、セフリトが作ったという干し肉をかじりながら、隣に座るテギの話を聞いている。エナマーリエはガランとほぼ向かい合う位置にいた。雇い主が仕事を話をしているのだから目線はテギに向けるべきなのだけど、うっかりするとすぐにガランの方へそれてしまう。
 なにせ、昔から何度も彼の冒険譚や噂話を聞き、自分もかくありたいと願った人である。まさか一緒に護衛仕事ができるとは、思ってもみなかった。が、そこでエナマーリエははっと正気を取り戻し、慌てて目線をテギに戻して耳もしっかりと傾ける。すぐにまたテギの隣へ向きそうになる目を、エナマーリエは精一杯の力で引き留めていた。
「――そういうわけで、先方もとにかく急いでくれと云っていてね。これを食べ終わって、荷物の積み込みも終わったらダッロへ向かう。了解?」
 一通り話し終えたテギが、ぐるりと全員の顔を見回す。隊の長の言葉に、全員が頷いた。

    ◇

 新しく護衛に加わった少女は、馬車を牽く馬の横で、テギとキルテアに囲まれていた。昼食のときに話しきれなかった、細々したことを伝えているのだろう。
 まだ地面に積まれたままになっている荷物を抱え上げたガランは、それを幌の中にいるハールズに渡す。そのついでに、彼に近付くようにと無言で手招きした。ハールズは受け取った荷物を適当に置くと、なんだと顔を寄せる。ハールズに放置された荷物のその後は、奥にいたセフリトが無言で引き受けていた。彼が荷物を積み上げる様子を見ながら、ガランは念のためと小声で耳打ちする。
「本気か、ハールズ」
「なにが?」
 なんのことを云っているのかわからない、とハールズが眉をひそめる。
「エナマーリエとかいう娘を護衛として雇うことが、だ」
「本気もなにも、テギがすでに昨日の時点で決めたことだ。もうすぐ出発だってのに、今さらなにを云ってるんだ、ガラン」
 それはガランもわかっている。護衛たちの雇い主であるテギが決めたのなら、本来自分が異を唱えることはできない。だがそれでも、今回の道中に待ち構えているであろう事態を思うと、ガランはエナマーリエがこの隊商に加わることにあまり賛成できなかった。
「まだ経験の浅い娘だぞ」
 詳しい話は聞いていないが、流れの剣士となってまだ日も浅いだろう。ガランにしてみれば、エナマーリエは防具を身に付けて帯剣こそしているものの、そこらの町娘と大差ない。
「誰だって経験の浅い時期はある。俺にもあったし、ガランにもあっただろう」
「それはそうだがな、ダッロまでの道中で何が起こるかわからないんだ。それなのに、あんな幼い娘を」
「幼い幼いって……エナは十六だぞ。娘かもしれないが、子どもじゃあない。経験豊富なガランから見たら、エナはあんたの半分しか生きていないひよっこだろうが、彼女も流れの剣士だ。きちんとその自覚はあるし、少ないなりにも経験はある。そこまで否定するのは、エナに失礼じゃないか?」
 ハールズの目は真剣だった。ガランはこめかみを親指で押さえた。ほんのわずかな差だが、ガランよりも彼の方が、エナマーリエのことを知っているのは確実だろう。面接のときに、軽い手合わせもしているのかもしれない。だが、それでも。
「俺は、若い娘がわざわざ流れの剣士なんて仕事に身を投じなくてもいいんじゃないのかと云いたいんだ」
「やだねぇ、ガラン。まるで云うことが年寄りみたいだ」
 真剣な表情をたちまち崩し、ハールズがからかいを含んだ目でガランを見る。
「なにを」
「本当のことだろう。年寄りはいつでも若者のすることを煙たがる。いまのガランみたいに、あれこれ文句をつける」
「年寄り扱いするなよ」
 六人の中で最年長なのは間違いないが、年寄りと呼ばれるにはまだまだ早い。さっき喧嘩をしていた小僧たちにもおっさん呼ばわりされたが、今日はそういう巡り合わせにある日なのだろうか。
「エナから見たら、ガランは彼女の倍の時間を生きてる年寄りだ」
「お前は、ああ云えばこう云う……」
 ガランは呆れた目でハールズを睨むが、彼は気にした様子もなくひょいと肩をすくめた。
「正直な話、出発までの限られた時間でエナ以外の魔術師を見つけるのは無理だ。俺は、仲介屋に頼んでたった二日で見つかったことの方が驚きだよ。キルテアの見立てじゃ、なかなかの腕前らしいし。俺たちは運が良かったんだ、ガラン。だから」
 ハールズがガランの肩に手を置く。
「エナに意地悪をして、追い出したりするなよ」
「誰がするか!」
 ハールズの手を振り払ったガランは、思わず大きな声を上げていた。

〈第二話に続く〉

コメント

タイトルとURLをコピーしました