賞金首と懸賞金 後編

《戦乙女》ことコントラルトは、気が付いたら懸賞金にされていた。
 見合い相手や求婚者を、片っ端から叩き伏せる娘に業を煮やした両親の仕業だった。オイセルストとかいうどこの馬の骨とも知れない男を、これまたどこの馬の骨とも知れない男が倒し、結婚を迫ってくるかもしれないとなれば、コントラルトも観念して少しは素直に見合いをしてくれるだろう、という魂胆だったようだ。
 しかし、両親のそんな魂胆は最初から分かっていた。そして、分かっているからといってそれに素直に従うような娘ではない。そこで観念するなら、とっくの昔に見合いでも結婚でもしていただろう。
 某家の長男がオイセルストを倒すために《沈黙の森》へ行ったとか、腕に覚えのあるなんとかという剣士がやはり《沈黙の森》へ入ったとか、名前も知らない庶民が何人も《沈黙の森》へ行ったまま帰ってこないとかいう噂は、幾度となく聞いている。
 オイセルストという男の噂は、それより以前から知っていた。若いが彼の右に出る者はいないと言われ、騎士団の中でも何かと話題に上っていた。そんな男をそう簡単に倒せるはずはないと思いながらも、もしも誰かがオイセルストを倒して帰ってきたらと、少しも考えなかったわけではない。どこぞの某が挑戦しに行ったと聞く度、不安は常によぎっていた。
 勝手に懸賞金なんかにしてくれた両親や、自分を景品か何か――事実そのとおりではあるのだが、認めるのは癪(しゃく)だ――と勘違いしている男たちに腹立たしさを感じ、たとえオイセルストを倒して帰ってきたとしても、誰が結婚などするものかと心に堅く決めていた。当然の権利だ。もしもそういう男が現れたら、刺し違えてでも逃げるつもりでいた。
 コントラルトが懸賞金として、オイセルストが賞金首にされた直後は、《沈黙の森》へ行く者が多く、コントラルトは心穏やかではない日々を送っていた。しかし、時間が経つにつれ、冷静に考えるようになったのか、《沈黙の森》へ行く者の数も減っていった。それでも、まったくいなくなったわけではない。
 噂を聞く度、結果の行く末を気にする日々が続くことに嫌気がさし、そして唐突に気付いた。コントラルト自身が、オイセルストを倒せばいい。そうすれば、こんなくだらない懸賞金は解除される。
 そうと決めたからには、一刻も早く《沈黙の森》へ行くことばかりを考えた。ぐずぐずしていては、コントラルトよりも先に誰かがオイセルストを倒してしまうかもしれない。コントラルトは休暇を取ると、準備を整えて誰にも――特に両親には――行き先を告げず《沈黙の森》を目指した。
 《沈黙の森》では魔物に遭遇したが、騎士団の仕事で魔物退治をすることもあるし、多少は腕に覚えがあるので切り抜けることは難しくなかった。目的の男が住む場所へたどり着いたのは、数体の魔物を倒してからだった。
 小さな湖――池と言った方がいいかもしれない――のほとりに、オイセルストが暮らしているらしい小屋が建っていた。一人で建てたのか、いかにも素人が作ったという手作り感にあふれてはいるが、それでも簡単に崩れそうにないくらいにはしっかりとしているように見えた。小屋の周辺の草は刈り込まれ、ご丁寧なことに柵まで設けてあった。こんな森の中に柵を構えることに意味があるのか、不思議である。まさか魔物を避けるためのものではないだろう。
 そんな柵に囲まれた中に、オイセルストがいた。薪割りの最中だったらしく、斧を振り上げていた。《沈黙の森》の中から現れたコントラルトを見て、少し驚いた顔をしていたのが意外だった。オイセルストを倒そうと《沈黙の森》へ入った者は、コントラルトが知っているだけでもかなりの数に上る。コントラルトもまたその一人であり、オイセルストにとっては珍しいことでもないだろうから、きっとまたか、という顔をするのだと思っていた。後で分かったことだが、コントラルトが甲冑を着たうえに面までしていたことに、驚いたらしい。胸当て程度はしていても、兜をかぶり面を着け、完全武装した姿でオイセルストの前に現れた者はいなかったのだ。
 コントラルトが甲冑を着て行ったのは、もちろん護身のためでもある。普段から甲冑を着て仕事をしているから苦にならないし、着ていくことに違和感もなかった。むしろ、着ていく方が当たり前であり、完全武装しないで出掛けることの方が思い付かなかったくらいだ。面も、普段から装備している。とはいえ、オイセルストに女と侮られないたくないという気持ちもあっただろう。
 女というだけで、何かと侮る者が多かったこともあり、コントラルトは騎士団に入団してからいつの間にか、甲冑を着る時は面も装着するようになっていた。見た目で侮られたくないからだった。しかし、結局のところいつでも面を装備していれば、それがコントラルトであることは自明のこととなる。もはや面をしていても意味はなくなってしまっているのだが、もう習慣となってしまっており、今でもコントラルトは面を装備しているのだ。
 しかし、面を装備していたところで、オイセルストには女であることが最初からばれていたのだが……
 声を聞かれた時点でばれると気が付かなかった自分が、うかつすぎて情けなくなってくる。オイセルストを倒すことばかりに気を取られていたせいだろう。
 それにしても、とコントラルトは歯ぎしりした。女だと最初から分かっていたならそう言えばいいものを、いざ戦おうと気合いを入れて、それが頂点に達しようとしていた時に言うなんて。やる気が一気に削がれたうえに、恥ずかしくて仕方がない。やけっぱちになって面をかなぐり捨てた後、やはり取るんじゃなかったと後悔したが遅かった。恥ずかしさで紅潮した顔を、まともに見られてしまった。
 普段であれば、こんなに感情を露わにすることなどないというのに、この男と話していると、どうにもこちらの調子が狂ってしまう。普段通りに振る舞うことができない。コントラルトが今まで見たことのないような、奇妙な男だった。
 オイセルストを妙な男だと思ったのは、彼と言葉を交わしてすぐのことだ。
「やれやれ。人気者も楽ではありませんね」
 この一言で、確信した。そして呆れたことに、オイセルストには、賞金首という自覚がまるで見当たらなかった。
 多分に自信過剰な性格であるようだが、オイセルストにはそれを裏付けるだけのものがある。容姿然り、剣の腕然り、である。品行方正や頭脳明晰については分からないが、自分に自信があり恥じ入るところがないと思っているからこそ、賞金首という自覚がなく、それを遺憾に思っているのだろう。まあ確かに、オイセルストは今のところこれといった悪事は働いていない。強いて言えば、不敬罪である。国王の再三の招きをことごとく断ったことが、賞金首とされた最大の理由だ。
 勝手に賞金首とされたオイセルストと、勝手にその懸賞金とされたコントラルト。
 似たような立場ではある。考えようによっては親近感を持てないこともないが、オイセルストと話していると、こちらの調子は狂わされてしまう。ふざけているのか本気なのか定かではない、つかみ所のない男である。だから、
「あなたと結婚するためです」
 オイセルストから言われた思いもかけないこの言葉を、本気と取るか冗談と取るか、コントラルトは頭の中で素早く判断した。
 この男は冗談を言っている。そうとしか考えられない。
「……わたしはそんな冗談は好まないんだが」
 自分の手を取るオイセルストを見下ろし、コントラルトは言った。
「冗談? それこそ冗談ではありません。俺は本気ですよ」
 オイセルストは至極真面目な顔でコントラルトを見上げた。嘘を言っているようには、確かに見えなかったのでコントラルトはうっと言葉を飲み込んだが、それでも初対面の男にいきなり求婚されたところで、普通は冗談や嘘だと思うではないか。
「今日初めて会ったばかりでそんなこと言われても、冗談としか思えないに決まっているだろう」
 コントラルトはオイセルストの顔から手に視線を移した。いい加減、離してくれないだろうか。手甲も手袋も装着しているから、オイセルストに直接触れられているわけではないが、それでも落ち着かなかった。
「俺は本気ですよ」
 コントラルトは、今感じている居心地の悪さや落ち着きのなさ、オイセルストに対する不信感をない交ぜにした奇妙な表情で彼を見下ろしているだろう。
 オイセルストは、コントラルトがそんな表情を見せるのを不思議がる顔で見上げていた。
「もし本気だというなら、騎士団に入れ。まずはそこからだ」
 口ではいくらでも本気だと言える。しかし、それだけでは信じられない。というか、どうあったって信じられない。オイセルストを昔から知っているのであれば、求婚を受けるかどうかは全くの別問題だが、冗談だとは思わないだろうが。
「騎士団に? 何故です。俺が本気であることは、誰よりも俺自身が保証します」
 それはそうだ。しかし、結局その保証だって当てになるか分かったものではないではないか。オイセルストのそんな物言いが、コントラルトの調子を狂わすのだ。
「貴様自身は本気でも、会ったばかりなのに求婚してくる奴の言葉を、普通は本気と取らない! それに! おまえが騎士団に入れば、懸賞金は取り下げられる!」
 こちらの言葉がまっすぐには通じないもどかしさから、コントラルトは声を荒げていた。
「なるほど、確かにそれはそうですね。騎士団へ入れば俺の元に押し掛けてくる連中を相手にする必要もないし、何より魅力がある」
 オイセルストは声を荒げるコントラルトをぽかんとした顔で見、その次ににやりと笑んでみせた。
「魅力?」
 オイセルストのその笑みに、何かよからぬことを企んでいる気配を感じ取り、コントラルトは荒げていた声の調子を落とす。
「今まで俺が騎士団に入らなかったのは、興味がなかったからです。しかし、今は違います。いいですよ、入りましょう」
 それまで片膝を地に付けてコントラルトを見上げていたオイセルストは、コントラルトの手を相変わらず握ったまま立ち上がった。今までコントラルトが見下ろしていたのに、今度は見下ろされることとなってしまう。頭一つ分は、オイセルストの方が背が高い。
「魅力っていったい……」
 なんのことなのだろうか。
 騎士団の魅力のことなのだろうが、やはりこの国の盾となり剣となり戦うことなのだろうか。コントラルトは剣を握ることとそのあたりに魅力を感じ、騎士団へ入団した。しかし、オイセルストがコントラルトと同じことを魅力的に思っているのなら、この男が懸賞金をかけられることなどなかったはずだ。それではいったいなにがオイセルストの目に魅力として映っているのか、コントラルトにはさっぱり見当がつかない。
「あなたですよ。あなた以外に、いったいどこに魅力があるというんですか。あなたがいるから、俺は騎士団に入ろうと思います。そうすれば、結婚もしてくれるようですし」
 さっぱり見当のつかなかったコントラルトは、オイセルストの答えになるほどと納得しかけ、慌てて頭を振る。今のオイセルストの言葉には、つっこみどころが満載ではなかっただろうか。特に、最後の一言は聞き逃せない。
「いや、ちょっと待て。誰も結婚するとは言ってない」
 そもそも、求婚が本気かどうかすら怪しいのだ。本気だったとしても、受けるかどうかすらコントラルトは答えていない。
「それでは早速王都へ行きましょう」
 しかしオイセルストは、コントラルトの言葉はきっぱりと無視し、コントラルトの手をしっかりと握りしめると《沈黙の森》へ足を向けた。
「待て! 騎士団に入るのと結婚は別問題――」
 オイセルストに手をしっかりと握られて牽引されているし、それに逆らって踏み止まろうものなら抱えられて連れて行かれそうな気がして、コントラルトはオイセルストの後を追いかけるしかなかった。
「大丈夫です。俺ほどの実力があれば、あなたと同じ騎士団長の地位まで登り詰めるのは時間の問題です」
 何がいったいどう大丈夫なのかは知りたくもないが、オイセルストほどの剣士ならばその実力は疑うまでもない。自信過剰な性格に難はあると思うが、この男なら、この国に四つある騎士団の一つを率いる地位にまで行くことはできるだろう。
「騎士団の長となる頃には、俺の本気具合もいい加減分かるでしょうし、あなたとも釣り合いが取れてちょうどいいでしょう」
 オイセルストはずんずんと進む。既に二人は《沈黙の森》に入っていた。オイセルストの家があった湖のほとりとは景色が一変しており、行く手にはうっそうとした森が広がっている。
「つ、釣り合い?」
「身分はともかく、せめて地位が釣り合えば周囲も諸手を挙げて、俺たちの結婚を祝福してくれます」
「だから、わたしは結婚するとは一言も言っていない! するなら一人でしていろ!」
 コントラルトはようやくオイセルストの手を振り払い、再び声を荒げた。
「相手がいないことには、結婚なんてできませんよ?」
 オイセルストが首をかしげる。
「わたしは貴様の結婚相手にはならないぞ」
 当分結婚するつもりなどないから、目の前で首をかしげる男を倒しに来たのだ。調子が狂って仕方がないが本来の目的を思い出したコントラルトは、オイセルストが騎士団に入ることで懸賞金を取り下げようとしているとはいえ、ここで倒した方がいいのではないかと思い始めていた。
「言ったでしょう」
 オイセルストがふっと笑う。
「俺は人に指図されるのは性分に合わないんです」
 他人の意見など寄せ付けない、完璧無比な笑顔。コントラルトは返す言葉もなく呆気にとられ、その顔を見返した。そのコントラルトの手を、オイセルストが再び握る。
「さあ、行きましょう。未来の我が妻」
 再びずんずんと歩き始める。
「ぜ……絶対に結婚なんかしないぞ、わたしは!」
 《沈黙の森》にコントラルトの叫びがこだまする。
 《沈黙の森》という名前の由来は、森に棲む数多(あまた)の魔物に己の存在を悟られないように口を閉ざすためだとも言われている。しかし今のコントラルトには、そんなことはどうでもよかった。身を守らなければならないのだ。魔物からではなく、自分の手を強引に引っ張る男から。
 この男を、倒すしかない。もう懸賞金など関係ない。とにかく倒すしかない。
 しかしコントラルトのそんな決意などをよそに、オイセルストは彼女の手を強く握ったまま、王都を目指して《沈黙の森》を邁進していった。


 稀代の剣士オイセルストが、《戦乙女》コントラルトと共に騎士団の双璧として広く世間に知られるのは、それから数年後のことである――。

〈賞金首と懸賞金:了〉

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