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夜間飛行

地面があっという間に遠ざかる。耳元で風がうなり、前髪が吹き飛ばされそうだ。 「もっとゆっくりの方がいいよ、ニア! 速すぎる!」  ニアレアの腰にしがみついている黒猫が、悲鳴のような声を上げる。 「無理言わないで、ヘッダ! 初めて飛んだのに、...
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あぶくは願う

山が赤く色付く季節で、海は冷たかった。けれど、水の冷たさなど取るに足らない。  豪奢で幾重もある衣は、海に落ちた瞬間から彼女の体にまとわりつき、水を吸ってますます重くなった。陸であっても動きづらい花嫁衣装は、もはや枷でしかない。その上、手足...
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天体観測

「折り入って頼みがあるんだ」  それまであぐらをかいて談笑していた武利(たけとし)が、急に正座をして、前髪がローテーブルに置かれたコップの縁にあたりそうなほど頭を下げた。
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いつかまた君と、ここで

見上げれば青い空。視線を下げると水平線が横に長く伸びている。海は空よりも青い。  さらに視線を下げると、海岸線が見えた。白い砂浜ではなく、洗濯板のような岩が広がっている。 「『鬼の洗濯板』と呼ばれてたらしいよ」
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かげろうが消えた夏 後編

「黒木!」  頭の中ではなく、間近で声が響いた。  右側には、目を真っ赤にして心配そうな顔をしている愛菜(あいな)がいて、左側にはやはり心配そうな顔の立花君がいた。 「恵里香(えりか)、大丈夫!? ごめんね、ごめんね!」  古びたリクライニ...